ちちら、ちち、
空の声、
まだ辛い、
春は来ない。
匂い立つ、
畦の土、
また、今朝は、
凍りついてしまった。
【鴛鴦(おしどり)】
冬の日の、オシドリの、
つき放したような様子、
瞳の黒さ。
根が白い葦、蓮の根の、
氷にも、
寄り添う身の。
老いてもなお、美しい、
飾り羽よ、
頼りない陽光よ。
さむざむとした池の面(おも)よ、
行けば行き、
巡ればただ巡りて。
どうしようもない、朱色の薄い、
水かきを、
ちらりと見せて。
つれづれと、頬を並べる、
つがいの鳥、
薄日の中の、オシドリ。
【老鶏(ろうけい)】
さわさわと立つ風の、
音が響けば、
鶏は羽ばたいた。
はたはた、ああ、はたはた、
シラカシの、葉の広いカシの、
かがやく陽を目指して。
鶏冠(とさか)よ、猛々しい、
眼差しの鋭さよ、
尾羽、翼、はららぎぬ、はたはた、ああ、はたはた、
岩の根の、白い羽蟻の、
吹雪と舞う柱を。
力よ、荒ぶる魂よ、
飛び搏(う)つと、
勢いよく蹴るひと空よ、はたはた、ああ、はたはた、
光の、陽のしじまの、
きらめく幅を乱すと。
凄まじい、身は重い、
青い夏を、
朱に古びた鶏よ。
はたはた、ああ、はたはた、
どうしようもない、飛び羽を打つと、
いくらも飛ばずに落ちてゆく。
【冬眠】
眠れよ、やすらかに、
冬の間、
まどろめよ、和魂(にぎみたま)の、
香りに溶けて。
眠れよ、おだやかに、
蛇よ、カエルよ、
まどろめよ、おのれの肉を、
食み足らいて。
眠れよ、このもしく、
夢も欲しがらず、
まどろめよ、土の部屋を、
塗り閉ざして。
眠れよ、命の糸の、
あるかなしかに、
まどろめよ、ゆるぎなく、
酔いしれて。
眠れよ、やわらかに、
日も求めず、
まどろめよ、こごり凍る、
地をいといて。
眠れよ、神の心よ、
冬の間、
まどろめよ、ほろと、ただ、
ああ、とろりと。
【雑木】
雑木(ぞうき)こそ嬉しいものだ、
その紅葉も、
入り混じって、日の光を、
差し交わしつつ。
雑木こそ嬉しいものだ、
その匂いも。
ほのぼのと。
靄(もや)と雨を、
なじませつつ。
雑木こそ嬉しいものだ、
その梢(こずえ)も。
さむざむと、雀などが、
寄り添いつつ。
雑木こそ嬉しいものだ、
その枝も。
ほきほきと、囲炉裏の火に、
折りくべつつ。
【靄かとも】
靄(もや)かとも思う、
白い雪の気配。
枯れ枝に、
露として結んで。
庭石に、
濡れて、にじんで。
たゆたゆと、
空に見えても。
ちらちらと、
雨にしみても。
積もるでも、
光るでもない。
明けるでも、
暮れるでもない。
匂いだけ、
白い夕暮れの影。
ものやわい、
泣くこともない雪。
よいや、ほう。
よいや、ほう。
【小閑(しょうかん)】
眺めが明るい折々に、
ほそりと影は通るのだ。
なにかわびしい日向ぼっこ、
物の穂などもはかなさよ。
【秋の日】
静かさよ、
秋の日向、
なにかしら香りに咲きつつ。
輝きの、
影までも、
浮き彫りの黄色に、新しく。
飛ぶ虫の、
粉にまぎれ、
折々の目に宿れば、
想うこと、
皆親しく、
かかる日の香に咲きつつ。
【花を活けつつ】
世の常の、
花ではない。
この匂いは、
寂びてこの上ない。
しかもなお、
夢に、現(うつつ)に、
いまだ見ぬ、
花は多い。
私は想おう、
壺の丸みの、
幽かな、
いぶし銀の鼠色を。
よく省き、
いよいよ眺めよう。
花ひとつ、
白く明るいものを。
【観想の冬】
飛び散る、
落葉もなく、
庭は早くも、
広く感じられるようになった。
凍りつく、
残りの日の光、
かすりとも、
移る音はない。
せめても、
沙羅(さら)の梢に、
霜と咲け、
白き我が冬。
【ひなた】
石の面に、
ほのかに温もって。
菊の香りや、
保たれる日向よ。
この上なく、
冬はなごむ。
なにか倦(う)む、
子供心。
【冬の夜】
波の音だ。
まさしく、
ざざんさと寄せてくる。
眠れよ、眠れよと。
眠れよ、息づかいも、
毛帽子をかぶった幼子、
耳たぶの赤さを見せて。
深めよ、日の幻を、
冬はただ寂びるもの、
また、風よ光よと。ああ、それに月の蟹、
茶の花も白かったのに、
父と子とが眺めていたのに。
潮の香りのする霧が
さむざむと満ちてくる、これから、
しじみ色をした沖にも。
過ぎ去ったよ、星の座に、
照り映えた火の渦、
昨夜のうつくしい野火も。
眠れよ、まるい足首、
ちいさな毛のくつした、
腕椅子のゆりかご。
波の音だ。
まさしく、
ざざんざと寄せている。
眠れよ、眠れよと。
(注:西の国では、月面の影をカニと見る習わしがある。)
【月光の谷】
【緑ヶ丘の夜景】
角のような月、
黄色に染まる横雲のうえに、
まばゆく打ち上がる青い傘。
花火だ、
また赤く広がった。
宝石の投げ網のように、
すぐ近くで、みずみずしく、溶け散っていく。
闇はいいものだ、
何度も目に新しく、
フクロウとコノハズクが声を交わしている。
本当によく見てごらん、
あの森と、丘の萌黄色と、
輝く時の間にも夜は更けていく。
透かして見て、
キリの穂に咲くつぼみや、
窓に近い木の幹の濃い色あいを。
夜空だ、
うつくしく、輝きやすく、
明けやすい光だ、この真夏の夜は。
聴くんだ、ただ、
数えきれないほどの露に満ち満ちて、
嘆くんだ、また、あざやかな色の現実に。
角のような月、
黄色に染まる横雲のうえに、
まばゆく打ち上がる青い傘。
【月映(つきはえ)】
雲はいま
白いクジャクが、
月をはらんでいる。
かがやき、卵のようなものを抱き、
影は透きとおる、
雛(ひな)のクジャクの。
こうこうと照るものは
うるわしいことだ。
尾羽を広げ、
雲はいま、
羽ばたいている。
【月光の谷】
夜の月の光に流れるのは
すずしい秋の淡い青雲。
(月こそ神よ、
まどかにて。)
ヒマラヤスギの葉は細く、
とすればそよぐその梢。
(月こそ神よ、
まどかにて。)
現実ではないのか、観るものの
青みやすらぐ寂びと光沢。
(月こそ神よ、
まどかにて。)
灯芯の蕊(しべ)が黄色に燃えて、
すべてを濡らす谷の戸よ。
(月こそ神よ、
まどかにて。)
子供よ眠れ。
虫の音が
降るように集う、その安らぎを。
(月こそ神よ、
まどかにて。)
湧き来る狭霧、むらさきの
地球は香る、土の息。
(月こそ神よ、
まどかにて。)
あの月の光に流れるのは
豊かな秋の淡い青雲。
(月こそ神よ、
まどかにて。)
【夜ごろ】
紫の
靄(もや)と雲、
月はあり、居場所だけがある。
ほのぼのと
また開く、
雨あがりの、わが家の戸口。
見えてきては、
また消える
声と色、影と艶。
この夜どき。
あわあわしく、
花と葉と、ハナウルシ。
【庭さき】
月の光はシイの葉と
ヤマノイモの葉に宿る。
想え、ほのかにかかる夜を、
目には見えなくても咲く花を。
夕立の雲は雨を降らさず
土に蒸し暑さが満ちるしずけさよ。
ちらつく谷のあかりも、
木の間がくれに線を引いた。
【沼】
歩き回る腰の蓑(みの)、
霞はわびしい、金の粉。
隠れて赤い月のせいで
光は立った、雲のうえに。
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