初級翻訳・潜航艇「鷹の城」 第5話

小栗 虫太郎

それから、旋回したにもかかわらず、二発目は船首の突梁(バウスプリット)に命中したのです。
船長、本船は翻弄されているんですよ」
そう言ってヴィデの蒼白な顔が砲栓から離れようとしたとき、三発目が船尾の旗竿に轟音とともに命中しました。

「よろしい、抵抗を中止して君の意見に従おう」
同時に機関の音が止み、石割一等運転手が舵機室から出てきました。
彼はそれまで、あわよくば衝角(ラム)で体当たりを狙おうと操舵していたのですが、船長の決意により、全員の安否を気遣って白旗の信号を送ることになりました。
ところがその瞬間、四発目が舷側を貫いて機関室に命中しました。
そうして停止した船に、敵艇から次の信号が送られてきました。
「幹部船員四名、書類を持って艇に来たれ」
こうして八住船長以下、犬射事務長、ヴィデ砲手、石割一等運転手の四人が、全員に別れを告げて船を離れることになったのです。
その直後に全員が小舟で四散していく様子も、また哀れなものでした。
しかし、まもなく室戸丸に最後の瞬間が訪れました……。

燃料や食料を積み込めるだけ艇に移したあと、室戸丸は五発の砲弾を食らい、そのまま海の藻屑と消えてしまったのです。
室戸丸はみるみるうちに悲惨な傾斜を見せ、海面に緑色の船腹が半分以上も露出しました。
やがて鈍い、遠雷のような音がしたかと思うと、いきなり船首から真っ逆さまに水へと突き刺さっていったのです。そして、背の高い山のような大きな波が、潜航艇を恐ろしいほど激しく揺さぶりはじめました。
しかし、艇の中に収容されて最初におどろいたのは、この船が単なる潜航艇ではなく、オーストリアの潜水艇だったということです。
「驚いたな。
だが光栄なことに、我々はフォン・エッセンという指揮官が率いる潜水艇に乗り込んでしまったんだ。
あの人はオーストリアの、いやヨーロッパきっての名将だよ。
鬼神、あるいは海神とまで呼ばれていて――いつかウィーンに記念像が建つとしたら、この人以外にはいないと言われているほどだからね」
ヴィデはすぐに、こんな話を一同の耳にささやきはじめました。
乗組員は二十名。艇は一九〇六年の刻印どおりの旧型の沿岸用潜水艇です。
遠くまで旅をする巡航タイプではありません。
それにもかかわらず、七つの海を荒れまわるその度胸には驚嘆するほかありませんでした。
しかも、艇内の四人は手厚くもてなされていました。
どこでも自由に歩き回ることができ、ときには艇長と冗談を言い合うことさえありました。
そうして艇は、女王シャーロット島をあとにして北へ向かい、まもなく艇首をカムチャツカへと向けました。
その間も、時速十三から十四ノット(約25キロ)ほどで、たいていは海面を進んでいきました。
実際に水中に潜ったのは、数えるほどしかありません。
一度だけ、五十尋(約90メートル)近くまで深く潜ったことがありましたが、それは駆逐艦に守られた日本の商船隊を見つけたときのことでした。
「艇長、あなたはあの駆逐艦が怖いのですか?」
事務長の犬射は、ときどきドイツ語で詩を書いて見せるなどしていたので、艇長とは打ち解けた仲でした。
「いや、怖くはないさ。
君も知ってのとおり、本艇には魚雷があと一本しか残っていない。
だから、できるだけ大物を狙おうと思ってね」
そう言って艇長は、蓄音機のハンドルを回し、「美しく青きドナウ」をかけました。
シャンパンの栓を抜く音や、機関室からは兵員たちの合唱が漏れてきます。
しかし、こうして語るその光景を、皆さんの目に浮かべてみてください。
霧が立ちこめた夜の、波がたかく騒ぐ海。駆逐艦からは爆雷が投げ込まれ、艇の中の鋲(びょう)がブルブルと震えています。
それなのに、そのまっ暗な、水面下三百フィート(約90メートル)の深さでは、シュトラウスのワルツが響き、シャンパンの栓がポンと飛んでいるのです。
四人は、食べかけのウィーン風ソーセージを飲み込むこともできず、しばらくの間、奇妙でロマンチックな悪夢の中をさまよっているようでした。
ここまでを、犬射は言葉少なに語り終えました。そして見えない目を海上にじっと向け、そこを墓場とする武人の姿をしのんでいるようでした。
やがて彼は、怪奇という言葉では足りないほどの「鷹の城」の遭難について触れました。
「そんなわけで、我々が過ごした艇内の生活は、意外にも運の良いものでした。
そして翌日、アメリカの巡洋艦『提督デューイ号』とコマンドルスキイ沖で遭遇するまでは、航路はまったくの無風状態でした。
ところがその時、生まれて初めて海戦というものを目撃した――そんな我々に、一週間後になって悲劇が訪れようなどと、誰が信じられたでしょうか。
それは忘れもしない六月二日の朝、濃い霧の晴れ間に、日本国の駆逐艦の影を見つけたので、とにかく船体を突かれることだけは避けようと、急いで潜水をはじめたのです。
ところが、そうして潜って二、三十メートルのあたりで、どうしたことか、突然艇体に激しい衝撃を受けました。
そのまま艇体は四十五度も傾いたまま、動けなくなってしまったのです。
そのはずみで、機関室からは有毒な塩素ガスが発生し、艇長以外の乗組員は全員その場で倒れてしまいました。
そうして五人の生存者には、その時から悲惨な海底牢獄での生活が始まり、刻一刻と死に向かい、暗闇の中を歩みはじめたのです。
しかし、万が一の希望を繋いでいたとはいえ、あの夢魔のように襲いかかってくる『死にたい』という衝動と闘うのが、どれほど困難だったことか。
ところが、その日の真夜中、突然の艇長の急死が我々を驚かせました。
艇長は士官室のベッドの上で、左手をだらりと垂らしたまま、脈も消え、氷のように冷たくなって横たわっていたのです。
それは、明らかな自然死でした。
誓ってそうであったことだけは、固く断言いたします。
なぜなら……まず、我々は艇長に対し、ほんのわずかな敵意さえも抱いていなかったからです。
それに我々は、万が一助かる時のことも考えねばなりません。
そうなった時、艇長の指示なしに、どうして我々の手でこの迷路のような装置を操り、脱出できましょうか。
ところが、続いて驚くべきことが起きました。
それはその後、四時間ほど経ったか経たないかの間に、あろうことか、艇長の死体が煙のように消え失せてしまったのです。
もちろん、もし蘇生して閉鎖扉を開けて機関室に入ったのだとすれば、我々もろとも塩素ガスで倒れなければなりませんし……たとえ発射管から脱出するにしても、肝心の圧縮空気で操作する装置を、我々無能な四人を差し置いて、他に誰が動かせましょうか。」また、夜中に艇から外へ逃げ出すことは凍えて死ぬ危険があり、あまりに無謀であることは言うまでもありません。現に、引き揚げたあとに救命具を調べてみたところ、数は元のまま一つも欠けてはいませんでした。
ですから私たちは、ただただ恐ろしい現実に言葉を失うばかりで、ああした状況下でも、何かしら悪夢のような不思議な力に心をつかまれているような気がしてなりませんでした。
ああ、艇長の遺体を艇の外へ運び出したのは、昔から伝説に聞く海の魔物の仕業でしょうか、それとも、言葉通りの奇跡だったのでしょうか。

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