もともと素材はスカンディナヴィア神話にあり、ヴィベルンゲンの伝説やニーベルンゲン伝説など、いくつかの断片をまとめたものに過ぎません。
ところが、ワーグナーによって壮大な楽劇になると、初めて新しい、生々しい息吹が吹き込まれました。それは三部作の楽劇「ニーベルンゲンの指環」の中で、ワーグナーが「この古くからの物語の構想を、寓話として解釈せよ」と叫んだからに他なりません。すなわち、倫理観を語り、人生観をあらわし、社会組織を批判して、自身の理想をこの大曲の中に示したのですから……。
まさに作者もまた、ワーグナーに倣い、あえてその手法を追いかけながら、この一篇を編み上げようというのです。しかし、この物語には、権力を象徴する魔法の指環もなければ、法と力の大神も、愛の英雄ジーグフリードも、さらには英雄の魂を戦場から運び去る戦乙女も登場しません。
事実、この物語において、私たちが知っているような世界で活躍するものは、一つとして存在しないのです。
けれども、物語のどこかには、奇怪な小人や、鳥たちが姿を現します。
そこには鍛冶の音楽、呪い、運命、憎悪、そして魔法の兜が存在します。
時折、森のささやきが聞こえ、「恐れを知らぬジーグフリード」の導きに従って、美しい勇士の面影が、緑の野を踊る陽光のように浮かび上がります。
しかしそれは、物語の中に微妙な影を落とし、極めて不思議な変容を遂げた姿として描かれているのです。
手繰り合う運命の糸――それは、いつの時代も変わらぬものです。
時や情勢に応じて自在に変形し、展開されていくとはいえ、その底を流れる無音の旋律は常に同じなのです。
読者諸君も、これからの概説の中にある黒字の箇所に注意していただければ、決して古典の香気に酔いしれてしまうことはないでしょう。
それどころか、物語を紡ぎ出す謎の一つひとつに対して、冷静な視線を向けることができると信じています。
ライン川のほとりにあるウォルムスの城には、クリームヒルトという、この上なく美しい姫君が住んでいました。
彼女はブルガンディーの王、グンテルの妹です。
また、その川下にある低地にも一つの城があり、そこにはジーグフリードという名の抜きん出た勇士がいました。
ジーグフリードは、ニーベルンゲン族と戦って莫大な宝を手に入れましたが、それ以前に一匹の巨竜を倒したため、「竜殺しの騎士」という異名で呼ばれていました。
しかし彼は、その際に泉に滴り落ちた巨竜の血を全身に浴びたため、菩提樹の葉が張り付いていた肩の一箇所を除いて、全身が刃を跳ね返す鋼鉄のように硬くなっていたのです。
ところが、旅人たちの噂話が伝わり、クリームヒルトの評判がジーグフリードの耳にも届きました。
そこでジーグフリードは、まだ見ぬ恋に憧れる身となり、はるばるウォルムスの城へと向かったのです。
その出発に際して、不吉な予言があるとして引き止められましたが、思えばそれは、やがて起こる悲劇の兆しだったのでしょう。
さて、ジーグフリードはウォルムスの城内で大いに歓迎され、特に武芸の腕前を披露したことで、クリームヒルトの称賛を浴びました。
しかし姫は、それから一年もの間、ジーグフリードと直接会うことはなく、ただ居室の高い窓から微笑みを送るだけでした。
そうして時が経ち、姫とジーグフリードを結びつける機会が訪れました。
それは、グンテル王が密かに想いを寄せていたブルンヒルデ女王の存在です。ブルンヒルデはアイゼンシュタイン川を隔てた洋上に砦を築き、「自分に勝る勇士がいれば嫁ごう」と宣言していました。
すなわちブルンヒルデ女王こそは、北方の精神そのものとも言える、鬼神のような女王だったのです。
だからこそ、グンテル王は自分の力では及ばないことを悟り、それまで女王に近づこうとはしませんでした。
しかし、今や私にはジーグフリードがいる。
王は奇策を胸に秘めて、アイゼンシュタインの城へと赴きました。
そこでジーグフリードは、かねてニーベルンゲン族から奪っていた「隠れみの」を使い、王に化けて女王のプライドを打ち砕いたのです。
こうして、王はブルンヒルデと、ジーグフリードはクリームヒルトと結婚することができました。
しかし、負かされたグンテルに対して愛を感じることができなかったブルンヒルデは、ジーグフリードを慕うようになり、やがて彼が身代わりであったことを知ると、その感情は一転して憎悪へと変わりました。
また一方、ジーグフリードの名声を妬むハーゲンという男がおり、二人はいつの間にか接近していきました。
ある日、二人の親密な様子に耐えかねた女王は、こっそりとハーゲンの耳に恐ろしい偽りをささやきました。
「ハーゲンよ、かつて私は、ジーグフリードのために言いようのない屈辱を受けた。
王はそれを隠し続けているけれど、あなたなら私に打ち明けてくれるでしょうね。
アイゼンシュタインの城内で、私を打ち負かしたグンテルは本当は誰だったのか。
また、その後も王のふりをして、たびたび私の寝所を訪れたのは誰なのか。
ほほほ、ハーゲン、あなたは顔色を変えてどうしたの。
そうでしょう。
ジーグフリード……。
私はずっと前から、それを知っていたのですよ」
ハーゲンはそれを聞いて、殺害の意志をますます固くしました。
また、女王とクリームヒルトの仲も、不仲というよりは公然と反目し合うようになりました。
そしてやがて、ハーゲンは一つの悪知恵を思いついたのです。
それは、どんな剣も通さないというジーグフリードの身体にも、どこか一箇所だけ、生身のままの弱点があるはずだということでした。
それを聞き出そうと、ハーゲンはクリームヒルトを巧みにたぶらかし、ついに秘密を暴き出しました。
隣国との戦の噂に心を乱され、姫の心は怪しくも揺らいでしまったのです。「それでは、私、目印をつけておきますわ。綺麗な絹糸で、十字の形をその上に縫いつけておきましょう。ですから、もしものとき、激しい戦いのなかでも、それを目印にして夫を護ってくださいましね」
そうして、殺害の計画が恐ろしい音を立てて動きはじめたころ、勇士の運命を決める猪狩りがはじまりました。しかしクリームヒルトは、その朝、前夜に見た夢を夫に語り聞かせたのです。
「あなた、昨夜は恐ろしい夢を二つも見てしまったの。まだ、胸が破れるほど動悸がして……。どうしても、あなたを狩りに行かせるのが心配でたまらないのですわ」
そう言って夫にすがりつき、引き止めようとしましたが、ジーグフリードは聞き入れませんでした。それでもクリームヒルトは、胸の苦しみに耐えながらこう言いました。
「では、お話しいたしますね。ひとつめは、あなたが二匹の猪に襲われて、みるみるうちに野原の草の上に血が滴り落ちていく夢でした」
「そんなこと、何でもないじゃないか。いいから、次の夢を話してごらん」
「その次は、夜明け前の眠りの浅いときでした。あなたが谷間を歩いていると、突然二つの山が崩れて、あなたの上に落ちてくるのです。あなた、それでもこれがただの悪夢だと言うのですか。こんな夢を見ても、きょうの狩りに行くのですか」
しかし、ジーグフリードは妻の手を振り払って、猪狩りへと出かけていきました。
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