初級翻訳・火星兵団 第16話

海野 十三

でも、どうしてそんな大怪我をしてしまったんですか?」
若い男の人は、目をパチクリさせて驚きました。
「へえ! あなた、何も知らないんですね。そもそも、どうしてこんなにたくさんの人が集まっているのかも知らないんでしょう?」
「ええ、何も知らないんです。ですが、私は千蔵さんに用があって、これからお宅へ伺うところなのです」
「ははーん、なるほど。親戚の方ですね」と、その青年は勝手に納得して言いました。「それなら教えてあげましょう。千蔵さんは昨日の夜、火柱(ひばしら)に巻き込まれて、大怪我をしたんですよ」
「えっ、火柱!? 火柱っていうと……」
「火柱っていうのは、火の柱のことですよ!」
その男の人は、分かったような分からないような、不思議なことを言いました。
「その火柱は、一体どこに立ったのですか?」
「湖の中に『天狗岩(てんぐいわ)』という岩が出ているでしょう。そのすぐそばから、びっくりするほど大きな火柱がドーンと立ち上がって、近くにいた千蔵さんがやられちまったんです」
新田先生は、その話を聞いて飛び上がるほど驚きました。
千二くんのお父さんが、昨日の夜、謎の火柱に襲われたというのです。
「おや……天狗岩……。どこかで聞いたことがある名前だぞ」
先生はお父さんの家へ急ぎながら、道を歩きつつ考えました。
天狗岩とは、一体……?
(そうだ! 千二くんから聞いたんだ!)
先生は、ようやく天狗岩のことを思い出しました。
千二くんが「岩の上に、不思議な光を出す塔みたいなものが立っていた」と言っていた、あの天狗岩です。
それに、千二くんはその岩に登って、そこで怪しい生き物と取っ組み合いのケンカをしたとも言っていました。
その生き物と一緒に、岩から転がり落ちて、湖にドボンとはまってしまったのです。
でも、気がついたときには、あの『丸木』という怪しい男がそばにいて、『これは火星のボートだ』なんて言っていたのです。
つまり天狗岩は、今回の事件と、ものすごく深い関係がある岩なのです。
(実はこの岩、このあと『火星岩』という名前に変わるほど、ものすごく有名になるのですが、それはまた後のお話です)
その天狗岩で、今度はお父さんが大怪我をしたなんて、本当にこの岩とは不思議な縁があります。
「それにしても、お父さんはどうして怪我をしたんだろう?」とあれこれ考えながら歩いているうちに、ついに先生はお父さんの家の前にたどり着きました。
家の前には、信じられないほどたくさんの人が集まっていました。
村の人たちが、大勢詰めかけていたのです。
みんな、とても心配そうな顔をしていました。
新田先生は、人ごみをかき分けて、家の中へと入っていきました。
すると、ツンとした消毒薬のきついにおいが漂ってきました。
部屋の奥では、白い服を着たお医者さんが、看護師さんと一緒に、一生懸命に病人の手当てをしているのが見えました。
「ううむ、これはひどい……」「弱ったなあ、どうしたものか……」
と、千蔵さんを診ていたお医者さんがつぶやきました。
新田先生は玄関に立って、その言葉をじっと聞いていました。
「本当に困りましたわね……」
と、そばに寄り添っていた看護師さんもため息をつきました。
「なんとか意識を取り戻させる方法はないものですかねえ」
そう言ったのは、台所の方から新しい氷まくらを持って戻ってきた、中年のおじさんでした。
どうやら、近所の人たちのようです。
新田先生は、そこで静かにおじぎをして、家の中へと入っていきました。
先生が自分の名前を名乗ると、お医者さんをはじめ、となりの部屋にぎっしり集まっていた人たちまでが、こんなにも親切な先生がわざわざ遠くからやって来てくれたことに、心から感謝しました。
お医者さんが話すには、千蔵さんがここに運び込まれてからというもの、ずっと意識不明のままで、どんなに注射を打っても目を覚ましてくれないので、本当に弱り果てているとのことでした。
「それは、困りましたね……」
新田先生も、お医者さんと同じように困り果てて言いました。
お医者さんは、千蔵さんの手首を押さえてじっと脈をはかりながら、首をひねっていました。
氷まくらを運んだり、身の回りのお世話をあれこれとしていたのは、千蔵さんの家のとなりに住んでいる佐伯(さえき)さんという人でしたが、彼は新田先生に向かってこう話しかけました。
「こちらの千蔵さんはね、あの『天狗岩』の上で、倒れていたんですよ。らんの通りの大怪我で、もう息も絶え絶え、息を引き取りそうな状態だったんです。たくさん血が流れてしまった『出血多量』という状態でしてね、今朝方には血を分けてもらう『輸血』までしたんですが、そろそろ意識を取り戻してくれればいいのですがねえ」
それを聞いた新田先生は、ハッとして尋ねました。
「では、千蔵さんはどうしてそんな大怪我をしてしまったのか、その理由をまだ誰にも話していないのですか?」
「そうなんです。何しろ千蔵さんは、ぐったりと意識のないままここへ運び込まれましたから、詳しいことはさっぱり分からないんですよ。ただ、先生も外でお聞きになったかもしれませんが、どうやら『火柱』に巻き込まれたんじゃないかと、みんな噂しているんです」
そう話していたまさにその時、お医者さんが声を張り上げました。
「あっ、いいぞ! 口をパクパク動かし始めたぞ! 注射の効果が出てきたのかもしれない!」
となりの部屋に集まっていた人たちもこれを聞き、「本当か!」「よかった!」と喜びの声をあげて、一斉に千蔵さんのまわりに集まってきました。
「ああっ……、ああっ……」
千蔵さんは苦しそうな声を漏らし、うっすらと目を開けました。
「さあ、千蔵さん! しっかりするんだ!」
お医者さんは、千蔵さんの手をトントンと優しく叩きました。
「あっ……火柱だ! 湖の中から、火柱が飛び出したぞ! あっ、火柱が飛ぶ! 火柱が飛んでいくーっ!」
千蔵さんは、不思議な言葉を口走りながら、苦しそうに体をよじらせました。
「おい、千蔵どん! しっかり気を保つんだ!」「おい千蔵さん、俺の顔が見えるかい!?」
心優しい近所の人たちは、かわいそうな千蔵さんを囲んで、口々に必死で声をかけました。
するとお医者さんは、みんなを押しとどめてこう言いました。
「ちょっと待ってください。千蔵さんは、かなり興奮して気が立っているようです。心が落ち着くまで、みんな一度となりの部屋へ戻って、しばらく様子を見守ってくれませんか」
そう言われたので、みんなは言われた通りとなりの部屋へと引き返していきました。
新田先生もみんなと一緒に千蔵さんの枕元を離れましたが、「むむ……?」と首をかしげ、じっと腕組みをして深く考え込みました。
先生が悩んでいたのは、さっき千蔵さんが夢中で口走った言葉の謎を、どうやって解き明かすべきか、ということだったのです。
千蔵さんの言った言葉の中にこそ、昨日の夜に遭遇した恐ろしい事件のヒントが、しっかりと隠されているに違いない、と先生は直感したのです。
新田先生は、布団の上で苦しそうにうめく千蔵さんの声を聞きながら、じっくりと思考の海へと潜り込んでいきました。

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