初級翻訳・火星兵団 第53話

海野 十三

一体、自分を呼んだのは誰なのだろう?
新田先生は、まばゆい光の中に顔を上げた。
目の前に、一人の男が立って先生を見下ろしていた。
黒い長いマントを着て、つばの広い帽子をかぶった長身の男だった。
目には黒い縁の大きなメガネをかけている。
「あっ、丸木か!?」
新田先生はおどろいて、その場にはね起きようとしたが、相手に肩を押さえつけられた。
それはかなりの強い力だったため、新田先生は起き上がることができなかった。
「そうだ。
わしは丸木ですよ」
と、黒マントの男は、へんてこなしわがれた声で言った。
「君は丸木だな。
いつぞやは、私をひどい目にあわせてくれたな。
それはいいとして、君はまた千二少年をさらって、いったいどこへ連れて行ったんだ。
早く返しなさい!」
怪人丸木はそれには答えず、こう言った。
「新田先生。
我々は、あなたに相談があるのです」
穴の中の広間で、めずらしいことに、怪人丸木と新田先生とがにらみ合っている。
その丸木が、いつになくやさしい猫なで声を出して、新田先生に相談があると言ってきたのだ。
「相談とは、いったい何です?」
と、新田先生は少しも油断をしなかった。
すると丸木は、
「まあ、そこへおかけなさい」
と言って、先生に、腰かけにちょうどいいほどの大きな石ころをすすめた。自分はのっそりと突っ立ったままで話をはじめた。
「どうぞ、君もおかけなさい」
と、先生は礼儀正しく丸木にも腰かけるようすすめたが、丸木は「いや、私はこの方がいいのです」と言って、相変わらず突っ立ったままだった。
ほかの火星人たちは、先生と丸木を取り囲むようにして、突っ立っている奴もいれば、無作法にもゴロンと地面に寝そべっている者もいた。
「ところで、新田先生。
相談というのはほでもないが、先生は、この地球がやがてモロー彗星と正面衝突して、バラバラにこわれてしまうのを知っているでしょうね」
「知っていますとも」
と、新田先生はすぐに返事をした。「それが、どうしたのですか」
「いや、どうもしやしませんがね。モロー彗星に衝突されたら、皆さん、地球の人類はみんな死んでしまうわけですが、その対策はもうできているのですか」
「対策というと……」
「つまり、その場合になんとかして助かるための工夫ができているかと、私は聞いているのです」
「さあ、それは……」
 と言ったものの、先生は返事に詰まってしまった。
日本をはじめ、世界各国では、その日のために全工業力をあげてたくさんのロケットを作っていると噂には聞いていたが、それを丸木に話していいものだろうか?
 丸木の目が、黒眼鏡の奥でキラリと光ったような気がした。
怪人丸木の質問に、新田先生はどう答えようかと迷ってしまったのだ。
丸木は先生の困っている様子を見て取り、それを自分の都合のいいように解釈した。
「お困りのようですが、まったくお気の毒に思いますな。
皆さんは、地球の人類が永久に栄え続けるものと思っていられたのでしょうが、モロー彗星なんていうやつが、それを真っ正面から邪魔をするんですからね。
もっとも、モロー彗星が意地悪をたくらんで邪魔をしているわけではなくて、不幸にもモロー彗星の進む道と地球の道がちょうどぶつかることになっているんですから、これはもうどうしようもありませんよ。
その点は、先生にもよくおわかりでしょう?」
「それは、よくわかっています」
「それならよろしい。
やってくるこの大事件は、地球の人類にとって最大の不幸です。
しかしそれは同時に、モロー彗星にとってもまた不幸な出来事なんですよ。そうでしょう?」
 先生はうなずいた。
今まで考えたこともなかったが、モロー彗星にとってもきっと不幸な違いなかった。
しかしモロー彗星の上には、この地球みたいに生き物が住んでいるわけではないだろうから、いくら不幸だと言ったところで、我々の不幸に比べたら比べものにならないと思ったが。
「わしはずっと前から、この不幸な事件について、モロー彗星にも、そして地球の人類にも同情していたのです。
なんとかして外からの力を使って、どちらかの軌道を少しそらす方法はないものかと、研究したこともあったんですよ」
 丸木が突然、立派なことを言い出したので、先生は驚いた。
「だがね、そいつはなかなか難しいことだ。
ちょっと我々の手には負えないことなんですよ。
だからこの上は、せめて皆さん方地球の人類の命を、一人でも多く救ってあげたいと思うようになったのです」
 怪人丸木は、親切そうなことを口にし始めた。
「それは、ご親切に……」
 と、新田先生は怪人丸木にお礼を言った。
本当に親切なのかどうか分からないが、とにかく丸木は熱心な様子を顔に表して、地球の人類をモロー彗星の衝突死から助けてやろうと言うのだから、これには挨拶としてお礼を言わないわけにはいかなかったのである。
「それで、あなたは一体、我々人類をどうやって助けてくださるのですか」
「そのこと、そのことです」
 と、怪人丸木は両足で地面をトントンと踏み鳴らしながら、こう言った。
「ねえ、先生。
わしは、火星に持っている宇宙艇をたくさん地球へ送り込もうと思うのです」
「宇宙艇と言うと……」
「つまり、さっき先生は外で見られたと思いますが、山のてっぺんに火星のボートが斜めに立っていたでしょう」
「ああ、あれが火星のボートですか」
 先生は、初めてそれを知ったような顔をしてうなずいた。
「宇宙艇というのは、あのボートよりも何倍も大きい乗り物なんだ。
この宇宙をどんどん走る代物で、とてもこの地球の上にはどこにも見当たらない、立派な乗り物なんですよ」
 丸木は身振りをまじえ、誇らしげに語った。
「この地球の上だって、ロケットというものがありますぞ」
「ロケット? はて、それは一体どんなものかな」
 丸木はまだロケットを知らないらしいので、先生は地面に図を描いて、こういうものだと説明してやった。
丸木はそれを大変熱心に聞いていたが、
「ははあ、ロケットとはそんなものか」
 と、安心したような声で言った。
「あんなロケットなどというものは、まったくおもちゃみたいなものだね」
 怪人丸木はそう言って笑った。
新田先生は、少しムッとした。
「わが火星にある宇宙艇は、スピードも大変早いし、人を乗せるにしても1せきに千人や二千人は余裕で乗れる。
1万人乗りのものだってあるんだ。
この地球には、そんなにたくさんの人が乗れるロケットはあるまい?」
 丸木は誇らしげにそう言ったのだ。
「火星の宇宙艇には、そんなにたくさんの人が乗れるのですか」
 と、新田先生は思わずため息をついた。
我が地球のロケットでは、せいぜい50人ぐらいの人間が乗れるのがやっとなのだから。
「だから先生、この際地球の人類は、自分たちの力だけでこのピンチを切り抜けようとしても無駄なんですよ」わが火星の力がなくては、地球人類の生命は、助らないのだ。
だから、我々の申出を受けて下さるがいい」
 丸木は、いよいよ得意そうに言った。
「なるほど。
そんなりっぱな火星の宇宙艇を、たくさん借りることが出来れば、我々も大助りです。
政府に話をすれば、きっと喜ぶでしょう」
「そうです。
きっと喜ぶでしょう。

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