初級翻訳・火星兵団 第74話

海野 十三

火星のやつは、ありゃ動物ではないんだ!」
 火星の人間は動物でない――と、へんなことを言出した。
「おお、あれは佐々刑事の声に違いない!」
 と、新田先生は、すっかり興奮してしまった。
「何じゃ、佐々刑事? この、しおから声を出している人間は、あのがむしゃら刑事じゃったか」
 博士はちょっと驚いた様子だ。
そうして、「ふん、おもしろくもない」とスイッチをぷつんと切ってしまった。
とたんに、佐々の声は聞えなくなった。
「あっ、スイッチを切っちゃいけません。
もっと私に、その先を聞かせて下さい」
 新田先生は、博士に迫って行った。
「こんなものを、聞くことはないよ。
今さらこんな世まよいごとを聞いて、何のたしになる! モロー彗星は、もう間近に迫っているのじゃ」
 博士の口ぶりから考えると、佐々刑事の電話を新田先生に聞かせたくないらしい。
博士は、切ってしまったスイッチを、再び入れようとはしないのだった。
新田先生は、老いたる師の博士をつきのけてまでも、佐々刑事の宇宙電話を聞く気にはなれなかった。
次の機会を待つよりほか仕方がないであろう。
だが、このまま引っこんでしまうのは、たいへん惜しかったものだから、
「博士、今の電話は、火星から伝わって来たもののように思いますが、違いますか」
 博士は、そうだとは言わなかった。
が、そうでないとも言わないところをみると、たしかに火星からの通信に違いないと、先生はさとってしまった。
「博士。
火星人が動物でないと言うのは、ほんとうですか。
動物でなければ、一体、何ですか」
 「ふうん、そのことだ。
が、人間には、とてもむずかしすぎる問題で、言ってもわかるまい」

45 おそろしい仮定

 実に奇怪な話ではある。
火星人は、動物でない――と、佐々刑事は言うのだった。
蟻田博士は、それについて、いくら新田先生に説明してもわかるまいと言って、話をしようと言わない。
新田先生は、ぜひともこの重大な、なぞの言葉を解いてしまいたいと思うのだった。
これは博士の力を借らずに、自分の力で解いて、博士にぶっつけるより外はない。
そこで新田先生は、自分で、このなぞの言葉にぶっつかった。
(火星人は動物でない――と言う。
では、いったい何であろうか)
 動物でない――と言うと、植物か鉱物か二つのうちの一つであろう。
しかしそれはあまりに変なことだ。
なぜと言って、人間は動物であり、犬や猫も動物である。
動物は、文字で書いても、動くものと書く。
だから動物は、動けるのである。
植物や鉱物は動けない。
そうなると、佐々刑事の宇宙電話も、とりとめのないことをしゃべったとしか考えられない。
動物でなければ動くことが出来ないのだから……。
だが、待てよ。
ここに一つ考えのこしたことがある。
鉱物が全く動かないことはわかっているが、植物の方は、全く動かないものばかりとも言えない。
たとえば、蟻地獄と言われる草や、蠅取草のようなものは、自分で動いて、蟻とか蠅とかを捕えるという話である。
アミーバという下等植物は、自分で体の形をかえて水中を泳ぐ。
またいつだか見た文化映画で、『植物の生長』というのがあったが、植物の蔓が、まるで蛸の脚のようにぐらぐらと動きまわって、どこかにまきつく棒とか縄とかないかと、しきりにさがしもとめている有様がうつっていた。
その映画を見ると、植物がまるで動物とおなじように見えた。
そんなことをだんだん考えて来ると、植物は全く動かないものだとは言いきれなくなる。
さあ、問題はそこだ!
(アミーバも動く、蠅取草も動く!)
 火星人の正体を、ほり出そうとして、新田先生の推理はつづく。
動物でない火星人!
(では、火星人が、アミーバや蠅取草のような動く植物であったとしたら、どうであろうか?)
 先生は、考えをそこまで持って来た。
そこには、恐しい大驚異の世界が開かれていた。
そうだ! 動く植物! 火星人なるものは、進化した動く植物だと考えては、どうであろう!
「ああ、驚くべきことだ。
ああ、恐しい世界だ」
 と、新田先生は、思わず口に出して叫んだ。
そばで蟻田博士は眠れるロロとルルを見まもっていたが、とつぜん新田先生が声を出したので、後を向いて先生をにらみつけた。
「おい、静かにせんか」
 新田先生は顔をまっ青にして、興奮のためにふるえていた。
(わかる、わかる。
火星人を、進化した動く植物だと仮定して考えると、これまでに疑問だったことが、大分うまく解ける!)
 蟻田博士は、火星人は動物でないと言った。
だから植物であるというのは、答えになるではないか。それからまた、そこの檻(おり)の中で病気のために弱っている火星人のルルは、博士が日本アルプスの山奥から掘ってきたという草の根を、傷んだ体に塗ってもらったところ、すごく調子がよくなったと言っていた。でも、この薬は普通の動物にはまったく効かないものなのだ。
 火星人は植物だからこそ、この薬がよく効いたのではないだろうか?
 それだけではない。まだあるぞ、あの火星人の恐ろしいほどの残忍さが!
 火星人には、「思いやり」や「情け」という心がまったくないように見える。
 情けの心というのは動物にだけあるもので、植物にはないものだからだ。
 思い出してほしい、この前だって火星人の丸木(まるき)が、銀座の街で平気で人間を殺したではないか!

(火星人は、植物にちがいない!)

 新田先生は、深いため息をついた。
(まったく、情けの心なんてものを一切持ち合わせていない植物だからこそ、火星人にあんなにも残酷なことができるんだ! ああ、なんて恐ろしいことだろう!)

 新田先生は、とてつもない結論にたどり着いたのだった。
 火星はなんと、植物の世界なのだ! 植物が、あの火星という星を支配しているのである。
 ちょうど、いま私たち人間がこの地球を治めているように! 植物がいばりちらしている星! 植物がものすごい高い文化をもっている星! それが火星の正体なのだ。
 新田先生は、実際に火星に行ったこともなければ、火星の世界についてくわしく研究したわけでもなかった。
しかし、火星の表面で植物がすべての生き物を支配している世界を、頭の中で想像することはできた。
 ああ、それはなんと風変わりで、好奇心をそそられながらも、同時にぞっとするほど恐ろしい世界なのだろう!

(油断してはならない! 火星は植物が支配していて、わたしたちの地球は人間が支配している。
この二つの世界は、絶対に仲良く手をつないで付き合っていくことなどできないはずだ。
火星人はすでに「火星兵団」を送り込んで、地球へと攻撃をはじめているのだ。
油断してはならないぞ!)

 油断してはならない――。
 それは、佐々刑事(ささけいじ)が宇宙電話を通じて、地球に住むすべての人間たちへ警告してくれた言葉だった。
 おそらく佐々刑事は、実際に火星に上陸するか何かして、火星人たちがむごたらしいことを平気でする現場を目撃し、心の底から驚いたにちがいない! あの普段は肝が据(す)わっていてめったなことでは動じない佐々刑事があんなに驚くとは、よほど目に余るすさまじい出来事が火星で行われている証拠なのだ。

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