山木と河合がそのほうを見上げると、ネッドはいつの間に着替えたのか、頭には赤いターバンをぐるぐると巻き、体にはぞろりと長く引きずるカーテンのような衣装を着て、やけにもったいぶった顔をしていました。けれど、山木たちがいつまでもじっと見つめているものだから、だんだん恥ずかしくなってきて、とうとうプッと吹き出してしまいました。
「さあ、ぼんやりしていないで、一刻も早くこのふしぎな箱車を走らせてくれよ、出発進行!」
「おい、本当に大丈夫なのかよ?」
山木と河合は運転席にとびのると、さっそくエンジンをかけて車を動かしました。
たまげたのは、そのエリス町の人々でした。
天から降ったか地から湧いたか、見たこともない奇妙な箱自動車がガタガタと音を立ててやってきて、顔の真っ黒な、子どもなのか大人なのか区別もつかない従者(ネッド)が、高い腰掛けの上から占いのお告げを宣伝しているのですから、みんな目をパチクリさせてびっくり仰天しました。
ネッドたちの方から言わせれば、宣伝の効果はパーフェクト、百点満点でした。
そのため、この箱車が元の町はずれの野原へ戻ってきたときには、町のヒマ人たちが後ろからぞろぞろと大行列を作ってついてきたほどでした。
「ふふん、大成功だ。これなら明日一日分の食料くらいはラクに集まりそうだぞ」
ネッドは猿の腰掛けの上で頭の中で計算をして、ニヤリと笑いました。
いよいよ占いが始まりました。
占ってほしい人たちは一列に並んで、自分の順番を待ちます。
若い男女もいれば、お年寄りもたくさんいました。
箱の中では、張がケガの痛みをグッとこたえながら、大車輪の勢いで、すごみのある声を出し続けていました。
「牛頭大仙人(ごずだいせんにん)さま。
この前っからどこかへいっちまったわしのクワは、いったいどこにあるだかねえ」
「お前は家に帰り、裏の門から入りなさい。そこから三十歩以内の場所をよーく探してごらん」
「へへへ、どうもありがとうございました!」
若者とかわって、足の悪いおじいさんが穴をのぞき込みます。
「お伺いするだが、今年のわしのリウマチは、左の足に出るだか、それとも右の足に出るだかね」
「今年の冬は、はじめは左の足に、あとからカミナリが鳴るように右の足にかわるだろう」
「へへへへ、これはおそれいりました!」
ものすごい大繁盛ぶりです。
笑い声と感心する声が入り交じって、その賑わいといったらありませんでした。
張もネッドも汗びっしょりです。
山木も河合もすっかり興奮して、顔がまるで赤鬼のように真っ赤になっていました。
そのとき、向こうから走ってきた立派な自動車がピタリと止まり、中から一人の老紳士が降りてきました。
その服装や態度から見て、かなりお勉強のでいそうな、えらい人のようです。
それもそのはず、この人こそデニー博士といって、「火星探険協会」の会長その人だったのです。
そのデニー博士は、何を思ったのか、スタスタと群衆の方へ近づいていきました。
博士の噂
デニー博士は、もじゃもじゃの頬ヒゲや顎ヒゲの奥から、なんだかとても疲れた顔をのぞかせていました。
背の高い、少し猫背になった体を丸め、右手ににぎったステッキをつきながら歩いています。
これこそが、あの有名な火星探険協会の会長、デニー博士の姿そのものでした。
「おや、火星会長のデニー博士じゃないか。いったいどうしてこんなところへやって来たんだ?」
牛頭大仙人が鎮座する、けばけばしく飾り立てられた箱車を、少し離れた場所から見物していた町の中年の男が、まゆをひそめて言いました。
そのそばに山木と河合が立っていました。
二人はこの言葉を聞き逃しませんでした。
「えっ、火星会長、火星会長って、どういう意味なんですか?」
その男はジグスといって、エリスの町に住む靴屋の親方でしたが、この手の世間話なら何でも知っているのが自慢でした。
「お前、火星会長を知らないのかい? 詳しく言ってやると、火星探険協会の会長さ。あのヨボヨボのジイさんがまだわしのように若かった頃――そうさね、今から三十年前のことだがね、その頃からあの博士は火星にとりつかれていて、火星探険のことばかり夢中になっているのさ」
「わしのように若い」と言ったジグス自身は、決して若くはなく、頭のてっぺんがツルツルにハゲあがっていました。
「へえ、そうなんですか。それで、デニー博士は今までに火星へ何回くらい行ってきたんですか?」
山木が真面目な顔をして尋ねました。
「バカを言っちゃいかんよ、いくら子どもだってそんな……」とジグスはあきれ返った顔をして言いました。「あのヨボヨボの博士はもちろんのこと、地球上のどんなえらい人間だって、火星へ旅行したことのある者なんて一人だってたまるもんか。火星は月よりもずっと遠いんだからな。その月にだって、いったい誰が行ったって言うんだ、一人もいないじゃないか」
「なるほど、そうでしたね」
山木は自分の頭をポリポリとかきました。
すると、今度は河合がかわってジグスに質問しました。「で、今でも博士は火星探険協会長の仕事をしているのですか」
「それは、懲りずにやっているよ」とジグスは河合の顔をのぞきこみ、「今から三十年前に、隣村の森の中に塔を建てて、そこを研究所にして、しきりに大空をのぞいていたがね。塔の屋根が丸くて、中で機械を回すとパカッと割れ目ができて、そこからでっかい望遠鏡がにゅっと飛び出すのさ。ところが、そこの研究所は今はもうからっぽさ」
「へえっ、どうしたんですか?」
「引っ越したんだよ。引っ越し先はなんでもアリゾナ州のほうだという話だがな。とにかく引っ越してくれてこっちは助かるよ、この近所で火星のオバケなんかと付き合われては村の迷惑だからね」
ジグスは、首をすくめてみせました。
「どうして引っ越したんでしょう?」
「それはお前、こういうわけさ。つまりアリゾナのほうが、ここよりは土地が高いから、それだけ火星に近いという便利があるからよ」
「はははは!」
「笑うやつがあるか、本当のことだぜ! おまけに三十年も使った塔だから、もうボロボロになって、あの仙人の自動車みたいにガタガタになったのさ。それでアリゾナに新しい塔を建てたというわけだ」
「お金持ちなんですね、そんなに塔を建てかえるなんて……」
「それはあるさ。火星探険なんて変わった仕事だからな。そういう変わった仕事には、なぜかふしぎとポンと大金を出す人間がいるものなのさ」
「本当に博士は火星探険に出かけるつもりなんでしょうか?」
「出かけるつもりはあるらしい。だが、あんなヨボヨボのおじいさんでは、火星まで行き着く前に寿命がきてしまうだろうさ。なにしろ火星までたどり着くには十年や二十年はかかるからな」
「そうでしょうねえ。それで、一体何に乗っていくんですか?」
「それが、さっぱりわからないのさ。だから、『博士の火星探険なんてただのお芝居で、どうせ行けないうちに博士が死んで、協会はジ・エンドになるのさ』と言っているやつもいる。だが、わしはそうは思わないね。博士は何か深い考えがあって、秘密の乗り物を用意していると思うんだ。
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