初級翻訳・火星旅行 第6話

奥 増夫

トウィールと俺は怪獣が動くまで10分待った。
すると、ギュー、ギュー、ガサ、ガサとまるで堅い紙を丸めるような音を立てて、腕を口の穴に入れ、1個のレンガを取り出した。
慎重に地面に置き、怪獣はまた静かになった。
10分後にまた1個。
まさしく自然のレンガ職人だ。
俺が場を離れて行こうとしたその時、トウィールが物を指差してロックと叫んだ。
俺が、なんだって? と聞き返すと、同じ返事をした。
そして例の鳴き声のあとノ、ノと言って2、3回息をフー、フーと吹いた。
俺は珍しく意味が分かった。
ノーブリーズ? と聞き返し、その恰好をした。
トウィールは有頂天でイエス、イエス、イエス、ノ、ノ、ノーブリートと応えた。
それから、ひとっ飛びして、怪獣の近くに鼻で着地した。
俺はびっくりした。
想像してよ。
腕がレンガを取り出している。
トウィールが捕まってメタメタにされるんじゃないかと思ったが、何も起きない。
トウィールが生物をポン、ポンとたたいても、腕はレンガを取り出し、きちんと最初の横に積み上げた。
トウィールが再び体をたたいてロック。
俺はすっかり落ち着きを取り戻した。
トウィールはまたも正しかった。
この生物は岩だ。
息をしてない」
「どうして分かりますか」
 とリロイが切り出した。
興味で黒目が輝いている。
「俺は化学者だ。
この怪獣はシリカで出来ている。
砂の中に純粋珪素があってそれで生きているに違いない。
わかった? 我々やトウィールやここの植物や、生物塊すら炭素生命だ。
この物は違った化学反応で生きている。
珪素生命だ」
 リロイが叫んだ。
「ラ・ビ・シリシユース。
珪素生命です。
思ってはいたが、遂に証明された。
見に行かなくっちゃ。
イル・フュ・ケ・ジェ」
「わかった、わかった。
見に行けるさ。
とにかく、そこにいる。
生きているとも、生きていないともつかないが、10分毎に動き、塊を取り出すだけ。
この塊が排出物だ。
分かるか? フランス人。
我々は炭素生物で、排出物は2酸化炭素。
これは珪素生物で、排出物は2酸化珪素、シリカだ。
だがシリカは固体、だから塊さ。
中で造り、一杯になったら、移動して新しい場所で始めるのさ。
ぼろぼろになっても不思議じゃない。
50万歳の生き物だもの」
「どうして歳がわかるんですか」
 とリロイは狂わんばかりだ。
「始めからピラミッドをたどって来たんじゃないか。
怪獣がピラミッドの建造者であれば、どこかで終わって、そこで怪獣を見つけるだろう。
ちがうか? そこで終わって、また小物から始める。
これで充分じゃないか。
怪獣は当然繁殖する。
3番目の塊を出す前に、ガサガサ音をたて、透明な小球を次々放出した。
これがやつの胞子か、卵か、種だ。
好きなように呼んでくれ。
うしろのクロニウム海で遭遇したように、ザンサスを飛んで行った。
作用は直感で分かった。
これがリロイへの情報だ。
思うに、シリカの透明な殻は、卵の殻のような保護膜に過ぎず、実体は中の臭いだ。
ある種のガスで、珪素に反応し、この元素が豊富なところで壊れると、何らかの反応が起きて、最終的にはあのような怪獣になる」
 小柄なフランス人のリロイが絶叫して言った。
「試すべきでした。
1つつぶして見なくちゃ」
「ああ、やった。
砂にたたきつけて数個、粉々に砕いた。
1万年後に戻って来たいか? 俺がピラミッド怪獣を植えたかどうか。
その頃ならたぶんわかるぜ」
 ジャービスはちょっと休んで、深いため息をついて言った。
「おお、何という奇妙な生物だ。
想像できるか? 目はない、耳はない、神経は無い、脳もない、まったく機械だ。
だが死なない。珪素と酸素がある限り、レンガを作り、ピラミッドを建て続ける運命だ。
しかもそのあと休止するだけ。
死なない。
もし偶然百万年後にふたたび食料の珪素を与えれば、また動き始めるだろうが、知能や文明はない。
まったく奇妙な怪獣だ。
だが俺はもっと変なやつに出会ったんだ」
「だとしたら、夢でも見たんだろ」
 とハリソン隊長がかみついた。
ジャービスはまじめに答えた。
「その通り。
ある意味では正しいです。
夢怪獣(ゆめかいじゅう)、まさにぴったりの名前だ。
しかも、考えられる中で最も悪魔的で恐ろしい生物だよ。
ライオンよりも危険で、ヘビよりもずる賢い」
「教えてよ! 見に行かなくっちゃ」
 とリロイがねだった。
ジャービスはふたたび言葉を区切ってから、話を続けた。
「このピラミッドの悪魔の話じゃないよ。
ともかく、トウィールと俺はピラミッドの生き物をあとにして、ザンサス砂漠をとぼとぼと歩いた。
俺は疲れていたし、プッツは迎えに来てくれないしですごく気落ちしていたし、トウィールが鳴くのも、あちこちの穴に鼻を突っ込むのも、なんだかしゃくに障った。
だから俺は黙ったまま、何時間も単調な砂漠を歩き続けたんだ。
昼下がり頃だったか、水平線のあたりに低い黒い線が見えた。
正体はすぐにわかった。
運河だ。
前にロケットで横断したことがあるから、これでザンサス砂漠のちょうど三分の一ほど来たことになる。
うれしかったねえ。
しかも、予定通りのペースだ。
俺たちはゆっくりと運河に近づいていった。
俺の記憶によれば、その運河はたくさんの植物で大きく区切られていて、まわりには泥でできた町があったはずだ。
さっきも言ったが、俺はとにかく疲れていた。
頭の中は、うまくて温かい食事のことでいっぱいだったよ。
それから、いろんな昔の思い出にひたっていた。
こんなへんてこりんな惑星にいるよりは、地球のボルネオ島にでもいたほうがよっぽどくつろげるってなもんだ。
そして、なつかしいニューヨークのことや、そこで知り合った女性――ファンシー・ロングのことを考えていた。みんな、彼女を知っているかい?」
 ハリソン隊長が割り込んできた。
「テレビの歌手だろ。
俺も彼女の番組を見たことがあるぞ。
すてきな金髪で、踊りも歌もいける、『ヤーバ・マテ・アワー』のな」
 ジャービスは顔をほころばせて言った。
「そう、その娘さ。
俺の知り合いなのさ。
ただの友達だけど、はたして俺のことを覚えてくれているかな? 出発のとき、エアリーズ号のところまで見送りに来てくれたんだよ。
とにかく、ひどく寂しくなって、ずっと彼女のことを考え続けていたんだ。
そうこうするうちに、ゴム植物の生い茂る地帯へと近づいていった。
そのときだった。
目を凝らして前を見た瞬間、我が目を疑ったね。
なんとそこに彼女がいたんだ、あのファンシー・ロングがさ。
まぶしい真昼の太陽の下、奇妙な木の下にすっくと立ち、こっちに笑いかけながら手招きしている。まるで、地球を出発したあの日のようにね」
「さてはお前も気がおかしくなったんだな」
「いやあ、俺自身もそう思いかけたさ。
じっと見つめて自分のほっぺたをつねり、両目をぎゅっと閉じてから、ふたたび開いてもっかい見直してみた。
何度見ても、ファンシー・ロングが優しく微笑んで手招きしているんだ。
トウィールも何か変なものを見たらしい。
『クワッ、クワッ』と鳴きながら空へ飛び立ったが、そんなのほとんど耳に入らなかった。

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