松村と名乗る怪盗は、このまま海におぼれて死んでしまうよりほかに道はないのです。
彼はいったい何を考えて、こんな無茶な冒険をやったのでしょうか。
巨大なゾウの風船がデパートの空へ飛びたち、だんだんと小さくなっていったころ、元刑事のひとりが急いで警視庁の捜査課へ電話をかけ、この事件を報告しました。
その連絡を受けると、警視庁では、捜査一課長を囲んで三人の係長たちが大急ぎで会議を開き、またたく間に捜査方針を決定しました。
警視庁の中庭に待機していた警察のヘリコプターに対し、犯人追撃の命令がくだされたのです。
ヘリコプターには、操縦士と機関士のほかに、銃と双眼鏡を持ったこわもての警部が乗り込みました。
風船の綱が切れてからすでに三十分以上がたっていましたが、風船が風まかせで飛ぶのに対し、ヘリコプターは風とプロペラの力で力強く進むのです。風船に追いつけないはずはありませんでした。ヘリコプターは警視庁の上空五十メートルまでのぼっていくと、風のふくほうこうへむかって、すごいスピードでとび出しました。
のっている警部は、双眼鏡を目のあてて、きょろきょろと空のほうをさがしています。
しばらくすると、ヘリコプターは東京のまちをあとにして、品川の海の上に出ました。
もう、お台場が目のしたに見えています。
「あっ、いたぞ、いたぞ!
あすこを飛んでいるぞ。
千メートルくらいかな?
いや、八百メートルぐらいかな?
ほら、肉眼でもはっきり見えるだろう!
あのほうこうだ!
もっと全速力ですすんでくれ!」
ヘリコプターは、警部がゆびさしたほうへむかって、さっきよりももっとスピードをあげてとんでいきました。
空の上の豆粒(まめつぶ)のような小さかった点が、だんだんりんごほどの大きさになり、それから、おもちゃみたいにかわいらしいゾウの形にかわり、そのゾウがみるみる大きくなって、いまはヘリコプターから百メートルほどのところを、ユラユラとゆれながら飛んでいました。
ゾウのおなかのしたにあるハンモックの上に、のんきそうにゴロゴロと寝そべっている、ドロボウのすがたも、すぐ目の前にあるようにはっきりと見えます。
そのとき、警部は双眼鏡をむすうしろの海面へと向けました。
すると、ヘリコプターのうしろ三百メートルほどのところに、一そうのボート(ランチ)が、白い波をものすごいたてながら、ものすごいきおいて走ってくるのが見えました。
じつは、警視庁から水上署(すいじょうしょ)へ電話をして、いちばんスピードのはやい大きなボートに、ヘリコプターを追いかけるようにお願いしてあったのです。
「よし、あれが近くまでくれば、もう、いま打ち落としてもだいじょうぶだ!」
警部はそうつぶやくと、銃(じゅう)を手に取り、前方の空をいく巨大なゾウにめいろをさだめました。
どこでもいいから、たまが当たればそれでいいのです。
そして、ゾウの風船のなかのガスがぬけて、海へおちていけば大成功です。
そうすれば、水上署の大きなボートが、ドロボウをすくいあげてくれるという作戦でした。
一発、二発、三発……!
警部の銃は、目の前をいく巨大なゾウのせなかをめがけて、続けてパンパンと火をふきました。
なにしろ相手はとっても大きなまとですから、たまは百発百中です。
たまがあたるたびに、ゾウの風船はユラユラとゆれましたが、やがて、たまがあいた穴からガスがプシューッともれる量がだんだん多くなり、風船ゾウのからだは、みるみるうちに小さくしぼんでいきました。
そして、海にむかって、ぐんぐんとまっさかさまにおちていくのです。
「やったぞ! しめた!
もうこれでだいじょうぶだ!」
ヘリコプターも、すーっと下に下がりはじめました。
水上署のボートは、海面すれすれにただよっている風船ゾウのほうへ、どんどん近づいていきました。
そして、風船が海の水面についたときには、ボートはもうすぐそばまで来ていたので、ドロボウをひっぱりあげるのは、とってもカンタンなことでした。
ボートが風船のすぐよこでピタッととまると、のっていた水上署のおまわりさんが、長いカギのついた棒(とび口)をしぼんだゾウの足にひっかけて、ぐっとこちらへひきよせました。
ゾウのしぼんだおなかがこちらをむくと、ちょうどそのハンモックの中に、ドロボウのすがたが見えました。
カギがハンモックにしっかりとかかりました。
そのままぐいっとひきよせて、何人ものおまわりさんの手が、ドロボウをボートのうえへだきあげようとしましたが、そのとき、みんなのくちから「あっ!」とおどろきのこえがもれました。
「なんだあ……!
これは、ただのゴムの人形じゃないか!」
ドロボウだと思っていたのは、なんと、ただの人形だったのです。
プカプカと浮かぶ浮きぶくろのように、空気をパンパンにふきこむと、人間の形になるようなゴムの人形だったのです。
しかも、その人形には、あの松村が着ていた黒いせびろがきちんときせてありました。
しかし、デパートの屋上から、風船の綱をのぼっていったのは、まちがいなく本物の松村でした。
あの生きた人間が、空を飛んでいるあいだに、どうしていつのまにかゴムの人形にかわってしまったのでしょうか?
これを読んでいるみんな、この秘密がわかるかな?
じつは、それは次の章でわかるのですが、そこへたどりつくまでに、みんなもちょっと、このなぞをといてみてはどうでしょう?
(ヒント:パラシュート)
水上警察のおまわりさんたちが、ゴムの人形をしらべているうちに、人形の手に白い洋風の封筒(ふうとう)がしっかりとにぎらせてあるのに気がつきました。
「なんだろう?」と思ってそれをひらいてみると、中にはこんな手紙が入っていました。
警察のかたがた、ごくろうさま。
つかまえてみたら人形だったなんて、お気の毒だったね。
真珠塔(しんじゅとう)はたしかにいただいていったよ。
おれの美術館に、だいじにかざっておくことにするよ。
これからもまだまだ、世界じゅうのきれいな宝石をあついくつもりだ。
そして、世界一の「宝石美術館」をつくるつもりさ。
それじゃあ、またな。さようなら。
灰色の巨人
手紙を読み終わると、おまわりさんたちは「くそっ!」と歯ぎしりをして、くやしがりました。
それにしても、「灰色の巨人」っていいったいなんだろう?
宝石の職人(しょくにん)に化けていたあのドロボウは、「灰色」でもなければ「巨人」でもありませんでした。
黒い服をきた、ごくふつうの男だったからです。
では、あの男はドロボウの手下にすぎなくて、ほかに「巨人」みたいなものすごくて大きなボス(首領)がいるのでしょうか?
それにしても、「灰色」って、いったいどういうことなのでしょう?
もしかして、顔が灰色をした人間なのでしょうか?
おまわりさんたちは、いろいろと頭をひねって考えてみましたが、どうしてもそのなぞはとけませんでした。大きな灰色の人間なんて、なんだかばけものみたいで、じつにきみがわるいのです。
それから三十分ほどして、モーターボートのおまわりさんたちが、水上警察署へ帰りますと、すこしまえにひとりの男が、じぶんの見たふしぎなできごとを、知らせにきたことがわかりました。
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