一寸法師が、逃げ回りながら電気のスイッチを押したのです。
「だれか、早くスイッチを……!」
言われるまでもなく、ひとりの店員がスイッチを手探りで見つけ出し、パッと明かりをつけました。
ところが、そのときには、一寸法師の姿はどこにも見えなくなっていたのです。
「へんだなあ、消えてしまったぞ!」
いくら探しても、どこにも見つかりません。
店の表はすっかりしっかりと戸締まりがしてあるので、そちらへ逃げることはできません。
奥の方への通路には二、三人の店員が立っていましたから、あちらへも絶対に逃げられないはずです。
それなのに、店中をくなくま調べても、こびとはどこにもいないではありませんか。
まるで煙のように、すっかり消えうせてしまったのです。
巨人追跡
一寸法師のさわぎを聞きつけて、主人も支配人も、店の人たちがみんなぞろぞろと集まってきました。
あぶない、あぶない、これは怪盗のいつもの手口かもしれません。
どこからか一寸法師を雇ってきて、店の中でこんなお芝居をさせて、みんながそれに気をとられているすきに、何か悪だくみをしようというのではないでしょうか。
そのとき、大賞堂の奥の方にある物置部屋の板戸が、ソーッと音もなく開きました。
そして、その中から若い女の人があらわれたのです。
みんな店のほうへ集まっていたので、そのあたりには誰もいませんでした。
この女は、二、三日前に明智小五郎がやってきて主人と話していたとき、ドアの外でこっそり立ち聞きしていたあの女中です。
物置部屋から出てきたその女中は、古新聞で包んだものをブラウスの下にかくして、抜き足差し足で、そっと勝手口のほうへ歩いていきました。
そして、そこで靴をはくと、そのまま裏通りへ出ていったのです。
ブラウスの下にかした新聞づつみの中には、言うまでもなく、たくさんの宝石類が入っているのです。
女中が裏通りへ出たときに、その町をゆっくりとすすんでいく、一台のからっぽのタクシーがありました。
女中はいそいでそのタクシーを呼びとめると、あたりをキョロキョロと見まわしながら、さっと乗り込んでしまいました。それから三十分ほどたって、女の人が乗った自動車は、白鬚橋(しらひげばし)をわたって、隅田公園(すみだこうえん)の真っ暗な闇の中に止まりました。
女の人はそこで車を降りると、真っ暗な木のすき間へと、ずんずん歩いていきました。
そのとき、女の人が降りたあとの自動車に、ふしぎなことがおこりました。
車のうしろの荷物を入れるトランクのフタが、そっと開いて、その中から、一人の少年がはい出してきたのです。
少年は運転手さんのところへ行って、なにやら一言二言ヒソヒソとささやくと、そのまま女の人のあとを追いかけました。
その少年こそ、名探偵・明智小五郎(あけちこごろう)のすごい助手の小林君(こばやしくん)なのです!
小林少年は、明智先生のめいれいによって、知り合いのタクシーの運転手さんにお願いし、車のかばん置き場(トランク)の中にじっと身をかくしていたのでした。
そして、そのタクシーは、大賞堂の裏の通りを、しずかに行ったり来たりして、女の人がよびとめるのをずっと待っていたというわけなのです。
明智探偵は、あの女中さんが物置部屋から、新聞紙に包んだ宝石をぬすみ出すことを、ちゃんとお見通しでした。
だからこそ、小林少年にそのあとをつけさせて、「灰色の巨人」のかくみ場所をつきとめようとしたのです。
女の人は、真っ暗な木のあいだを、どんどん歩いていきます。
小林君は、あいてに気づかれないように、そっとその後をつけました。
百メートルほど歩くと、女の人はピタッと立ちどまりました。
そして、だれかを待っている様子で、その暗い場所にじっと立っています。
すると、木の枝をガサガサとならす音がして、すぐそばのしげみの中から、何者かがあらわれました。
遠くの街灯の光がかすかに照らしているだけなので、その姿ははっきりとは見えませんが、ふつうの人間の倍もあるような、ものすごく太った大きな男でした。
うすいコート(オーバー)を着て、ソフト帽をかぶっています。
女の人はその大男に、宝石を包んだ新聞紙のつつみをパッと手わたすと、そのまま、自分がやってきたほうへと引きかえしていきました。
小林君は、見つかってしまったら一大事です。いそいで、すぐそばの木のかげに身をかくしました。
そして、これからどうしたらいいか少しだけ考えましたが、女の人はほうっておいて、新聞づつみを受けとった男のほうを尾行することにきめました。
男はむこうのほうへ、大またに歩いていきます。
小林君は、その十メートルほど後ろから、姿を見失わないようについていきました。
少し先の方に、街灯が立っています。
男がその街灯の下を通るとき、小林君は男の姿をはっきり見たのですが……ハッとあることに気づき、思わず息をのみました。
その男が身につけているものは、ソフト帽も、コートも、ズボンも、クツも、なにもかもが全部「灰色」だったのです!
男が横をむいたとき、チラッとその顔が見えたのですが、この男は、顔の皮膚(ひふ)までが灰色がかっていました。
おまけに、おそろしいほどの巨体です。
ふつうのおとなの、なんと倍もあります。
背が高いばかりでなく、横幅(よこはば)もものすごく広いのです。つまり、めちゃくちゃに太っていました。
「灰色の巨人だ……!
こいつこそ、あの『灰色の巨人』のリーダー(首領)にちがいない!」
小林少年がそう考えると、なんだか胸がドキドキして、体中がキューッと引きしまるような気がしました。
ところが、それからすぐあとのことです。じつにびっくりするような出来事がおこりました。
その大男が、とつぜんピタッと立ちどまったのです。
そして、いつまでたっても動きません。
いや、それだけではありません。なんと、大男が口をきいたのです!
「おい、きみも立ちどまってしまったじゃないか。
どうして、ここまでこないんだい?
おれは、きみをちゃーんと待っているんだぜ」
むこうをむいたまま、からだの大きさにぴったりの太くて低い声で、そんなふうに言ったのです。
「きみ」というのは、いったい誰のことでしょう?
まわりには、ほかに人がいるはずもありません。そう、ここで隠れている小林少年のことです!
大男は、自分が尾行されていることに、はじめからちゃーんと気づいていたのです。
小林君はギョッとして、真っ暗な闇の中に、体が石になったように立ちすくんでしまいました。
あいてはあんなおそろしい怪物です。きっと足もものすごく早いはず。
いまさら逃げ出したって、すぐに追いつかれてしまうでしょう。
こうなったら、もう覚悟を決めるほかありません。
小林君は、ぐっと下腹に力をいれて、木のかげから思いきり飛びだし、堂々と大男のほうへ歩いていきました。
「あはははは……、とうとう、自分からあらわれたな!
きさま、あの明智小五郎の助手の小林だな?
タクシーのトランクにかくれていたんだろ?
おおかた、そんなことだろうと思っていたぜ。
きみはこの新聞づつみを取りかえしたいんだろう?
だがな、このおれと、子ども崩れのきみとじゃ、勝負にならないよ。
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