そのひらけた道をどこまでも進んでいくと、やがてその奥にあるお城に到着しました。
ところが、すこしびっくりしたことには、ふと後ろをふりかえると、いっしょに来ていた家来たちがだれひとりついてきていないのでした。なぜというに、王子が入っていくと同時に、すぐ森の入り口がピタッと閉まってしまったからです。
けれども、王子はそんなことは気にせずに、どんどん中へ進んでいきました。
若くてやさしく、そして炎のように熱い心を持った王子様というのは、いつだってとても勇気があるものなのです。
王子はやがて、大きな広い庭に出ました。
そこでまず目にしたものは、どんなに恐いもの知らずの人であっても、ぞっとして骨まで凍りつくような光景でした。
なにもかもが、気味の悪いほどシーンと静まりかえっていたのです。
あちらにもこちらにも、目に入るのは人間や動物たちが、まるでみんな死んでしまったかのように、ぐんにゃりと手足を投げ出している姿でした。
けれども、そこに立っているお雇いスイス兵の鼻息はプンとお酒くさいし、頬はぽおっと赤く染まっているのを見ると、この人たちはみんな死んでいるのではなく、ただ眠っているのだということがすぐに分かりました。
しかも、その手に持った茶わんにはまだブドウ酒のしずくが残っていたので、仲間たちとお酒を飲んでいる真っ最中に眠ってしまったのだということまでわかりました。
王子はそれから、大理石をしきつめた大きなろうかを通って階段の上まで行き、番兵たちがつめている部屋に入りました。すると番兵たちは、鉄砲を肩にのせたまま、ありったけの高いイビキをかいてぐっすり眠っていました。
そこからさらに進んで、いくつかの部屋を通っていくと、どの部屋でも紳士たちや貴婦人たちが、立っているものも、腰をかけているものも、みんなたわいなく眠りこけていました。
とうとう最後に入ったのは、すべてが金ずくめでキラキラと輝く美しい部屋でした。
そこには立派な寝台(ねだい)がすえてあり、まわりにめぐらされた四方のとばり(カーテン)がすべて巻き上げられた中から、まさにこの世にふたつとない美しい姿があらわれました。
おそらく十五、六歳くらいの年ごろのお姫さまが、高貴で神々しく光りかがやく姿で眠っていたのです。
あっと驚きながら、王子はふるえる足をしっかりとふみしめ、そのお姫さまの前にひざまづきました。
さあ、これで魔法の力もいよいよおしまいになったのでしょう、お姫さまはふっと目をさましました。
そして、なんともいえないやさしい目で、じいっと王子のほうを見つめました。
「王子さま、あなたでいらっしゃったのね」
とお姫さまはそう言って、にっこりとほほえみました。
「ずいぶん長いあいだ、お待ちしていましたのよ」
王子はこの言葉を聞くと、どう言って自分のこの大きな喜びをあらわしていいか、分かりませんでした。
王子は、自分自身のことよりも、どんなに強くお姫さまのことを思っていたかしれないと伝えました。
ふたりの会話は、何かを話すというよりも、まるで泣いているかのように、ただもうしどろもどろなものでした。
言葉こそ詰りがちでしたが、ふたりのやさしい心の泉からは、かえって勢いよくあふれ出るように気持ちが流れ出していきました。
それに、王子のほうは恥ずかしさできまりが悪いし、ただ驚いているばかりなのに、お姫さまのほうは、なにしろこの百年のあいだ妖女が次から次へと楽しい夢を見せつづけてくれていたので、いくら話しても話しても、話題が尽きるということがなかったのでした。
ですからふたりは、かれこれ四時間ものあいだぶっとおしでお話しを続けましたが、それなのに話したいことの半分もまだ話しきれていませんでした。
そうこうしているうちに、お姫さまといっしょに、お城のあちらでもこちらでも、みんなが目をさましました。
だれもかれもが、自分の仕事の役割を思い出したのです。
ところでみんなは、当面のあいだ他に苦労も心配事もなかったので、まずまっさきにおなかがすいて倒れそうに感じました。
女官長(にょかんちょう)は、ほかの人たちとおなじようにひどくおなかがすいて我慢できなかったので、だしぬけに大きな声で、「お姫さま、お夕飯のしたくができましたよ!」と申し出ました。
王子は、お姫さまの手をとって助け起こしました。
お姫さまはとても立派な格好をしていましたが、なにしろそれは百年まえにはやった、王子のひいおばあさんの着物とおなじようなものだということを、さすがにお姫さまに向かって面と向かって言うのは遠慮していました。
いくら流行おくれの格好をしていたとしても、だからといって王女さまの美しさや可愛らしさが少しもかわるわけではなかったからです。
さて、ふたりは「鏡の間」へと出ていきました。
そこで夕飯の食卓につき、お姫さまお付きの女官たちが給仕に立ちました。
そのあいだ、バイオリンや木笛(もくてき)が、百年まえの古い曲をかなでました。
それはたしかに百年まえの古い曲にちがいありませんでしたが、立派な美しい音楽であることにはかわりありませんでした。
食事がすむと、時をうつさず、大僧正(だいそうじょう)がふたりをお城の礼拝堂へ案内し、ご婚礼の儀式をすませました。
女官長は、ふたりのために寝台のとばりをおろしました。
四
ふたりのその晩の睡眠は、ほんのわずかなものでしかありませんでした。王子は、あくる朝、お姫さまに別れを告げて町へ帰りました。
心配して待ちこがれていたお父さまの王様のもとへ、戻っていったのでございます。
王子は、狩をしているうちに森の中で道に迷ってしまい、一軒の炭焼き小屋にとまって、チーズや黒パンをごちそうになったことなどを話しました。
お父さまの王様は人のいい方でしたから、王子の言うことをそのまま本当のことだと思いこみました。
けれど、お母さまのお妃さまは、もうさっそく、王子にはすでに素敵なお嫁さんができていることにお気づきになりました。
それから二年がたちました。
お姫さまの間には、ふたりの子どもが生まれました。
上の子は女の子で、名前を「朝(あさ)」と言いました。
下の子は男の子で、名前を「昼(ひる)」と言いました。
そのわけは、弟の男の子のほうが、お姉さんよりもずっと立派で美しかったからでございます。
それからさらに二年がたって、王様がお亡くなりになり、王子が新しい王様の位につくことになりました。
そのときにはじめて、堂々と天下に向けて、お姫さまと結婚したいきさつを国じゅうに知らせたのです。
そして、立派な儀式をととのえ、あらためて、あの眠る森からお姫さまをお迎えになりました。
お姫さまはふたりの子どもを両わきに抱え、美しい行列の馬車をそろえて、王様のお城へとやってきました。
美しく立派で、心のやさしい相手をずっと待ち続けるということは、たしかにむずかしいことです。
でも、そうして耐えて待つことによって、のちの幸福は増すこそすれ、減るようなことはけっしてないのでございます。
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