初級翻訳・神州天馬侠 第47話

吉川 英治

戦国の世ほど、移り変わりが激しいものはない。ついこの夏までは、右大臣織田信長の居城として、この山の緑の中に素晴らしい金殿玉楼が見えたものさ。金の鯱(しゃちほこ)や七重の天守が、日本中を支配しているかのようにそびえていた安土城だ。それがたった一日でこのありさま。思えば明智光秀という野郎も、恐ろしい魔火を放ったものだなあ……」
燕作でなくとも、一度ここに立ってこの一夜にして幻と化した光景を見れば、本能寺の変以来の天下の狂乱を目の当たりにして、誰が惟任日向守(明智光秀)の大逆を憎まずにいられるでしょうか。
けれど、その光秀自身も、悪因悪果、土民の竹槍によって無残な最期を遂げてしまったのです。で、いまではこの安土城のあとへ、信長の孫である三法師丸さまが清洲から移されてきて、焼け残った本丸を修理し、故・右大臣信長公のあとを継いでいます。
ですが、三法師さまはまだとても幼かったため、信長公のあとの仕事を取り仕切り、後見人となっているのは、この人、にわかに大鵬(大きな鳥)のように勢力をあらわしてきた左少将・羽柴秀吉です。
――つまり、早足の燕作が、はるばる訪ねてきたのはこの人のことなのです。
「おっと、見物は帰りにすることにして、まずは役目を果たさないうちは気が気じゃない……」
燕作は、ふたたび笠のふちをおさえると、一気に石段を駆け上がっていきました。すると、
「こらッ」
いきなり合羽の襟をつかまれました。
「へ、へい」
びっくりして振り返ると、鎧を着た強そうな侍が立っていました。
侍は槍の先を地面にトンと突き立てて、
「どこへ行く? 貴様のような町人が来るところじゃない。戻れッ」
と、にらみつけました。
すると、焼け崩れた土塀のかげから、さらに立派な武将が四、五人の足軽を連れて見回りにやってきました。その様子を見ると、武将はすたすたと歩み寄ってきて、
「才蔵、それは何者だ」
とあごでしゃくりました。
「ただいま取り調べているところでございます」
「ふむ。お城の工事中につけこんで、怪しい奴が紛れ込む様子だな。厳しく締め上げて白状させろ」
燕作は驚きました。
その厳しい取り調べが始まる前にと、あわてて密書を取り出し、
「もしもし、わたくしは決して怪しい人間ではございません。この通り、秀吉さまへ大事な書面を持ってまいりましたので、どうぞお取り次ぎをお願いいたします。へい、これでございます」
「どれ」
武将はそれを受け取ると、あちらこちらと眺め、やがてうなずいて懐に入れてしまいました。
「よろしい。帰っても大丈夫だ」
「へい……」
燕作はもじもじしながら、
「ですが、失礼でございますが、あなたさまはいったいどなたでいらっしゃいますか。お名前だけでも伺っておきませんと、その……」
「わしは秀吉公の家臣、福島市松(ふくしまいちまつ)だ」
「あ、正則(まさのり)さま!」
燕作は飛び上がって喜びました。
「それなら大安心。これでわたくしの荷も降りました。では皆さん、ごめんくださいまし。さようなら!」
先ほどまでそこにいたかと思えば、あっという間に燕作の姿は松の木かげに小さくなり、琵琶湖のほうへスタコラと歩いていってしまいました。
「おそろしい足の速い男もいるものだ――」
福島正則は、家来の可児才蔵(かにさいぞう)と顔を見合わせて、しばらくあきれたように竹の子笠の背中を見送っていました。

吹針の蚕婆(ふきばりのさんば)

一

羽織は紺地の錦に華やかな桐の模様、太刀は黄金作り、草色の革足袋をはき、茶筅髷(ちゃせんまげ)は紫の糸で結んでいます。
何でも派手好きな秀吉が、今、その姿を本丸の一室にあらわしました。
そこで彼は、腰に手をまわし、少し背中を丸めて、しきりに壁をにらみつけています。
まるで達磨大師のように、いつまでも飽きることなく、一心に壁と向き合っているのです。
普段は食事を噛む間さえ惜しむほど忙しい秀吉が、それほどまでににらみつけている壁は、ただの壁ではありません。
縦六尺あまり、横三間あまりの壁一面に、日本全国の群雄割拠の様子を、青、赤、白、黄などで一目瞭然に示した大地図が描かれているのです。
――これは、最近になって絵師たちを総動員して描かせたものです。
「あるある。安土などよりずっとよい地形がある。もし秀吉が住むとなれば、この摂津の大坂だな……」
この地図を見ていると、秀吉はいつも夢中になります。
青も赤も黄色も目に入らず、彼の目にはもう「天下」という一色しか映っていません。
「関東には一ヵ所、よい場所があるな。しかし、西国の猛者どもをおさえるには少し遠いぞ。――お、これが富士か。神州(日本)の真ん中に位置しているが、裾野一帯から甲信越の境にかけて、無人の平野や山地の広さはどうだ。うむ……なかなか荒々しい場所が多いわ」
ひとり言をもらしながら、若いのか老人なのか分からないような顔をちょっとしかめていると、
「秀吉殿――」
と、軽く背中を叩いた人がいました。
「おお」
我に返って振り返ると、いつの間に来たのか、そこには右少将・徳川家康が立っていました。
「だいぶご熱心な様子とお見受けいたしますぞ」
「はっはっは、いやいや、ほんの退屈しのぎですよ。それより家康殿、近ごろは珍しいご登城ですね」
「ひさしく三法師さまにもお目にかかっておりませんので、ただいまご機嫌伺いを済ませ、お暇をいただいて帰るところです。時に、話は変わりますが、先ごろ秀吉殿は、世にも珍しい品を手に入れられたそうですね」
「はて? 何か茶道具の類のお話でしょうかかな」
「いやいや。……」武田家に伝わる天下の名宝、御旗と楯無の二品を手に入れたということではございませぬか」

「ああ、あれでござるか。いや、例の悪い癖で、求めたことは求めましたが、さて、何に使うということもできない品で、とんだ背負い物でござる。あはははははは」

と、秀吉は、なんでもないことのように笑い飛ばしましたが、家康にとっては痛い皮肉です。穴山梅雪に命じて、自分の手に入れようとした品を、いわば不意に横からさらわれたような形だからです。

しかし、秀吉はそんな小さな皮肉のために、黄金千枚を積んで買い求めたわけでもなく、また決して、御旗と楯無そのものへの所有欲にそそられたわけでもありません。要は、和田呂宋兵衛(わだろそべえ)という野武士の隠れた勢力を買ったのです。

「清濁あわせ呑む」という手法で、蜂須賀小六の一族をもその手で利用した秀吉が、呂宋兵衛に目をつけたのも当然のこと。彼を手なずけておいて、甲斐・駿河・三河・遠江の四ヵ国を治める大敵、現に目の前にいる徳川家康を絶えずおびやかし、時によれば背後をつかせ、常に間諜の役目をさせておこう――というのが、秀吉の心の底にある計画なのです。

と、折からそこへ、

「右少将さまに申し上げます。ただいま、ご家臣の本多さまがお国もとからお越しあそばしました」

と、ひとりの小侍が取り次いできました。すると、入れ替わりにまたすぐ、別の侍が両手をついて、

「左少将さま。福島正則さまが、ちと別室で御意を得たいと先刻からお待ちかねでござります」

二人は、大地図の前を離れて目礼を交わしました。

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