初級翻訳・いさましい ちびの仕立屋さん 第1話

いさましい ちびの仕立屋さん

ある夏の朝のことです。
ちびの仕立屋さんが、窓ぎわの仕立台に向かって、ごきげんよく一生懸命に縫い物をしていました。
すると、ひとりのお百姓さんのおかみさんが通りを通りかかり、
「おいしいジャムはいらないかい、おいしいジャムはいらないかい」
と、声を張り上げて売っていました。
この声が、ちびの仕立屋さんの耳にとびきり心地よく響いたのです。
そこで仕立屋さんは小さな頭を窓からひょいと突き出し、呼びとめました。
「こっちへ上がっておくれよ、おかみさん。そうすれば、その荷物もからっぽになるぜ」
おかみさんは重いかごを抱え、階段を三段のぼって仕立屋言のところへやってきました。
そして言われるままに、ジャムのつぼをのこらずあけて見せました。
仕立屋さんはそのつぼをひとつ残らず調べ、いちいち持ち上げては鼻を近づけて匂いをかぎました。
そのあげく、こう言ったのです。
「なかなかよさそうなジャムじゃないか、おかみさん。
とりあえず四ロート(一ポンドの約三十分の一)ほど量ってくれよ。
いや、四分の一ポンドくらいあったってかまいやしないさ」
たくさん買ってもらえるとばかり思っていたおかみさんは、仕立屋さんが注文した分だけ量って渡しましたが、すっかりご機嫌ななめで、ぶつぶつ文句を言いながら去っていきました。
「このジャムは、神さまがオレにくださった恵みだ」
と、仕立屋さんは大きな声で言いました。
「これで生きる力が湧き出てくるぞ」
仕立屋さんは戸だなからパンを取り出し、大きなパンのかたまりからひときれ切り取ると、その上にジャムをたっぷり塗りつけました。
「こいつは最高に美味いはずだ。
だが、食べるまえに、このジャケットを仕上げちまおう」
と仕立屋さんは言いました。
そこで、仕立屋さんはパンを自分のわきに置いて、再び縫い始めました。
けれども、嬉しさのあまり、つい針を進める手がだんだん荒くなってきました。
そのうちに、ジャムの甘いにおいが、ハエがたくさんたかっている壁をつたいっていきました。
ハエたちはそのにおいに誘われて、パンの上にわらわらと集まってきたのです。
「おいおい、いったい誰がお前たちに来てくれって頼んだよ」
仕立屋さんはこう言って、呼ばれてもいないのにやってきたお客さんたちを追い払おうとしました。
けれども、ハエたちにはドイツ語なんてわかりません。
ですから、追い払われるどころか、かえって仲間の数を増やしては、何度も何度ももどってくるのでした。
こうしているうちに、とうとう仕立屋さんの我慢の緒がプツンと切れました。
仕立屋さんは仕立台の端から布きれをひっつかみ、
「待ってろ、お前らにとびきりのやつをくれてやる!」
と叫ぶが早いか、その布きれで思いきりハエたちを叩きつけました。
仕立屋さんは布きれをそっと持ち上げて数えてみました。なんと、ちょうど七ひきのハエが目の前で息絶え、手足をピーンと伸ばしていました。
「へっ、なんて弱虫なやつらなんだ!」
と仕立屋さんは鼻を鳴らし、自分のあまりの勇敢さに、われながらすっかり感心してしまいました。
「よし、この大偉業を町じゅうに知らせてやろう!」
そこで仕立屋さんは大急ぎで布の帯を一本裁ち、しっかり縫い上げました。
そしてその帯に、大きな文字で「ひと打ちで七つ」と刺繍をしたのです。
ところが、仕立屋さんはふとこう思い直しました。
「ふん、町なんかで満足してどうするんだ。世界じゅうに知らせてやるんだ!」
仕立屋さんの心臓は、嬉しさのあまり、まるで子ヒツジのしっぽみたいにピクピクと小刻みに動いていました。
仕立屋さんはその帯をきゅっと腰に巻きつけました。
さあ、いよいよ広い世の中へ出かけていくのです。
だって、こんな小さな仕事場じゃ、自分の計り知れない勇敢さに比べたら、あまりにも狭すぎますもの!
出かけるまえに、仕立屋さんはほかに持って行けるものはないかと家の中を探してみましたが、あいにく古いチーズがひときれ見つかっただけでした。
そこで、そのチーズをポケットにポンと突っ込みました。
町はずれの門のところまで来ると、一羽の鳥がやばの中に引っかかって、出られなくなっているのを見つけました。
仕立屋さんはその鳥もチーズといっしょにポケットにつっこみました。
それから、仕立屋さんは勇敢に、大股でスタスタと歩き出しました。
体が軽くてすばしこいので、ちっとも疲れません。
そのうちに、道は険しい山へとさしかかりました。
てっぺんまで登ってみると、そこには雲にもとどきそうな大男がどっしりと座り込んで、いかにものんびりとあたりを眺めていました。
仕立屋さんは勇気を振り絞ってその大男のほうへズンズン歩いていき、気さくに声をかけました。
「やあ、調子はどうだい、きょうだい!
お前さんはそこにどっかり座り込んで、広い世間をのんびり眺めているってわけかい。
オレもちょうど、その広い世の中へ飛び出していくところなのさ。
ひとつ、運試しでもしようと思ってね」おまえさん、いっしょにいく気はないかい。
」
 大男は、ばかにしたように、仕立屋さんをじろっとながめて、
「きさま、どこの馬のほねだ。
みっともない野郎だな。
」
と、いいました。
「なんだと。
」
 仕立屋さんはこういって、上着のボタンをはずして、大男にあの帯を見せました。
「こいつを読めば、おれがどんな男か、わからあ。
」
 大男は「ひと打ちで七つ」と書いてあるのを読んで、仕立屋さんがうち殺したのは、てっきり人間だと思いました。
それで、このちびすけをちっとはうやまう気持ちになりましたが、でもまあ、とにかくためしてやれ、と腹のなかで思いました。
そこで、大男は石をひとつ手にとって、ぎゅうっとにぎりしめました。
すると、その石からしずくがぽたぽたとおちました。
「きさまに力があるんなら、このまねをしてみろ。
」
と、大男がいいました。
「なんだ、たったそれっきりかい。
おれにとっちゃ、そんなこたあ、お茶の子だ。
」
 仕立屋さんはこういって、ポケットに手をつっこんで、あのやわらかいチーズをとりだしました。
そして、それをぐいとにぎりしめましたので、しるがだらだらとながれだしました。
「どうだい、ちと、おれのほうがうわてだろう。
」
と、仕立屋さんはいいました。
大男は、なんとこたえていいのか、わかりません。
このちびすけに、こんなことができようとは、どうしても信じることができません。
そこで、こんどは、石をひとつひろって、目ではほとんど見えないくらい高いところまでほうりあげました。
「さあ、ひよっこ野郎、おれのまねをしてみな。
」
「うまくほうったな。
」
と、仕立屋さんがいいました。
「だが、あの石は地面へおっこってきたじゃあないか。
おれがいまほうってみせるのはな、二度ともどってこやしないんだぞ。
」
 仕立屋さんはポケットに手をつっこんで、あの鳥をつかむと、いきなりそいつを空へほうりあげました。
鳥は自由になったのをよろこんで、空へのぼっていきました。
そして、どこともなくとびさって、二度ともどってはきませんでした。
「おい、きょうだい、こんなことでいいのかい。
」
と、仕立屋さんがたずねました。

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