初級翻訳・いたずら小僧日記 第3話

いたずら小僧日記

するとお姉さんはまるで電気にでも打たれたみたいに跳ね起き、森川さんも人の真似をするようにボールみたいに飛び上がって、二人はテーブルを挟んですまし顔で向かい合い、「お入りなさい」と言った。
まったく、次から次へといろんな芸をするやつらだ。
ほとんどそれと同時にドアが開いて、大勢の人がドヤドヤと入ってきた。
お母さんを先頭にして、「これは失礼、太郎はここへ来ていませんでしたか?」と尋ねている。
森川さんは「はい、まったく」と答えた。
はい、まったくだってさ。
ぼくはさっきからほんの半間(約九十センチ)も離れていないところにいるっていうのにさ!
今日はぼくが死にかけたから、たった今見舞い客の人たちが来てくれたんだけど、肝腎の主役であるぼくの姿が見当たらないものだから、お母さんが探しに来たというわけだ。
それなのに「はい、まったくないもんだ。
これ以上お母さんに心配をかけては申し訳ないと思ったから、ぼくは窓のカーテンの中から飛び出して、いきなりその場に四つんばいになり、「ウーッ」と一つうなってやった。
「まあ太郎、お前っていったいどうしてそんなことばかりするんだねえ!」
とお母さんはものすごく呆れ返った様子で、「ねえ」と声を張り上げ、てんてこ舞いをし始める。
「まあ太郎さん、お前はさっきからこの中にいたのかい?」
とお春お姉さんは自慢の大目をさらに丸くする。
「ええ、いましたよ。十六世紀頃からずっとここにいました。
ねえ、お姉さん、秘密は最良の政略ですねえ!
半歳は六ヶ月でございますねえ!
ヘッヘヘヘヘ!」
とぼくは一歩進んで、お医者さんの前でわざと赤ん目をしてみせた。
お春さんは顔を真っ赤にしてぼくを捕まえた。
そして、
「さあ、あっちへ行きなさい!
お母さんにそんなにご心配をかけてばかりで」
と、すべてをお母さんのせいにして、ぼくをその場から追い払おうとした。
「行きますよ、行きますよ!
そんなにひどいことを言わなくたって行きますよ。
だけどお姉さん、お姉さんと森川さんは……」
女という生き物は理性がなくて本当に困ってしまう。
お姉さんは矢継ぎ早にぼくの口を手で押さえつけ、ずるずると引きずり出して戸を閉めてしまった。
ぼくは再び毛布グルグル巻きにされて、身動き一つできない。
今度はお島がしっかり番人をしているから、到底逃げ出すわけにはいかない。
「ダメですよぉ」とお島が泣きそうになるのもお構いなしに、ぼくは体を起こしてこの日記を書いている。
いくら体を起こしたって、今度はもう川へ落ちっこないさ。
そのあいだにお島はまるで死にかけた魚みたいに大きな欠伸(あくび)ばかりしている。
そのあくびがだんだんぼくにもうつってきて、ぼくもかなり眠くなってきた。
それから二週間というもの、日記どころの騒ぎではなかった。
川に落ちて水をガブ飲みした上に、汗が一気に出たところを冷やしてしまったのが悪かったらしい。
森川さんは一日に二回も様子を見にきてくれる。
本当に親切な人だ。
この間、赤ん目なんかするんじゃなかったな。
それにしても、お春お姉さんは図太い女だ。
今朝もお花お姉さんに、「これからは支度で忙しくなるんだから、太郎当分寝ててくれたほうがいいわ」なんて言っていた。
何の支度だか知らないけれど、一体人間のどこを押せばそんな図々しい音が出るんだろう。
呆れてものも言えないや。
ぼくは元気なときには一日に三回も郵便を出しに行ってあげたというのにさ。
もっとも、途中で手紙を三四回もなくしちゃったことがあるけれど、そういうときだってぼくは土鼠(もぐら)みたいに黙っていたからバレっこなかったはずだ。
それをまるで道の落ち葉か何かのように、「一月(ひとつき)くらい寝ていればいい」だなんて、いったいどういうことなんだろう!
今朝はなんだかすごく気分が良くて、起き出したいほどだった。
お島が朝ご飯を運んできたとき、ぼくはこっそりベッドを抜け出して、ドアの裏側に隠れていた。
お母さんの黒い肩かけを頭からすっぽり被って、ドアが開くか開かないかのうちに、ぼくはお島の足にガブリと噛みついた。
お島め、ぼくを野良犬のポチか何かと勘違いしたのか、お盆を投げ出して、それはもう大げさにものすごい悲鳴を上げた。
なんて馬鹿なやつなんだ。
家中の人たちがまるで井戸の泥さらいでも始まったのかと思うくらい、わらわらと寄ってきた。
茶碗もご飯も粉々になってしまった。
ここまで考えなしだとは思わなかったよ。
普段はおっとりした相撲取りみたいな女だと思っていたのにさ。
それでもお島は怒られもしないで、結局叱られたのはぼくばかりだ。
もうぼくは固く決心したぞ。
元気になりしだい、家を抜け出して電車の車掌になってやるんだ。
これほど割に合わない話はないからね!今日からは起きてもいいことになった。
しかし歩いちゃいけないんだ。
ぼくは毛布にぐるぐる巻きにされて肘掛け椅子の上に座っていたが、おびんずる様のようでどうにも始末に負えない。
退屈で仕方がない。
寝ているよりかよっぽどしんどいものだ。
喉が渇いたからお湯を一杯持ってこいとお島を追い払って、ぼくはお歌お姉さんの部屋へ行った。
引き出しの中に写真がたくさんあった。
富子さんが来ているのでみんなは客間にいる。
お島はぼくを探しに来たが、ぼくが戸棚の中に隠れているのを知らないから、「おや、ここにもいなさらぬ」と嘘をついて行ってしまった。
あとはぼくの天下である。
写真はたくさんあった。
ぼくのことを悪戯だの腕白だのと言うが、お姉さんたちこそお転婆だ。
写真の裏にいろんな落書きがしてある。
中にはぼくの読めないものもあるが、「うぬぼれ鏡」というのは髭をピンと跳ねさせて鼻眼鏡をかけている。
「これでも申し込んだのよ」と書いてあるものがある。
情けない顔をしている。
「驢馬の肖像」は耳だけ人並みでまるで驢馬がフロックコートを着たようだ。
「なんという口だろう」君は口がやたらに大きい。
「珍世界」というのは荒々しい仁王のように怖い顔だ。
ほかにもいろいろあったが、いちいち書いていた日には夜が明けてしまう。
とにかくぼくは大きくなっても、決して女の子に写真をやるまい。
獣扱いされたり鉛筆を塗られたりして堪るものか。
今日は久しぶりに階下へ下りて、みんなと一緒に食事をした。
「太郎さん、お前は何をポケットに入れているの? すごく膨らんでいるじゃないか。
まるで通(かよい)の懐のようだよ」
とお歌さんが言った。
通というのは、毎日のようにこの界隈を歩く狂人の乞食で、茶碗の破片でも下駄の捨てたものでも、何でも彼でも手当たり次第に拾って懐へ入れる。
それが病気なのだそうだ。
そして「通は馬鹿だよ」と妙な調子で謡って歩く。
桶屋の酒飲み親爺は、彼の乞食は乞食でも愛嬌があると言って褒めていた。
それはともかくぼくはドキッとしたが、
「ええ、いろんな大事なものが入っているんです」
お歌さんは笑いながら、
「私はまた太郎さんが逃げる支度をしているのだと思った。
本や着物をポケットに入れて」
ぼくは黙って笑っていた。
みんなも笑っている。
危ないところだった。
昼頃、隙を見てぼくは家を脱出した。

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