初級翻訳・かけっこ 第1話

かけっこ

ごほうびの賞が、一つ出ました。
いいえ、ほんとうは二つです。
小さい賞と大きい賞の二つです。
いちばん速く走ったものが、この賞をもらえることになりました。
といっても、たった一回の競走で、そのとき早かった人がもらえるというわけではありません。
一年という長い期間をとおして、いちばん速く走った人がもらえるのです。

「ぼくが、一等賞をもらったよ」と、ウサギが言いました。
「審判官の中に、親戚や親しい友だちがまじっているときには、よくよく注意して、正しく決めなきゃいけないよ。
カタツムリくんが二等賞をもらったけど、ぼくに言わせれば、これはなんだかバカにされているみたいで、おもしろくないね」

「いや、そんなことはないよ」と、さくのくいがキッパリと言いました。
このくいは、賞を決める現場にいた一人です。
「熱心さや、親切な心というものも、考えに入れなくちゃいけないからね。
尊敬すべき、何人かの人たちもそう言っていたよ。
もちろん、ぼくも同じ意見だった。
たしかに、カタツムリくんは、戸のしきいをこえるのに半年もかかった。
だけど、彼なりに精一杯いそいだ結果だし、そのせいで、ももの骨まで折ってしまったんだ。
カタツムリくんは、ただただ走ることだけを考えて生きてきた。
しかも、自分の家をせおったまま走ったんだよ。
――じつに、感心なことじゃないか。
だからこそ、彼は二等賞をもらったんだ」

「ぼくのことも、考えてほしかったですね」と、ツバメが口をはさみました。
「まず、飛ぶことと、空中でくるりと回ることについては、ぼくより速いものはいないはずですからね。
それに、ぼくはどんなところへも飛んで行っているんですよ。
遠い、遠いところまで!」

「そのとおり。それがかえって、きみの不幸なんだよ」と、さくのくいが言いました。
「きみは、あんまり飛び回りすぎる。
寒くなりはじめると、いつも決まってこの国からどこかへ行ってしまうだろう。
きみは、自分の生まれた国を愛するという気持ちを持っていない。
だから、審査の対象には入れなかったんだよ」

「じゃあ、もしぼくが沼の中に一冬じゅうじっとしていて、ずっと眠っていたとしたら、そのときは考えてもらえるんですか?」と、ツバメはたずねました。

「もし、沼のおかみさんが、『たしかに、きみは一冬の半分を、この生まれた国で眠って過ごした』と証明してくれるなら、考えてもらえるよ」

「ぼくには、一等賞をもらう価値があったんだ。二等賞なんかじゃ納得できない」と、カタツムリが言い出しました。
「ぼくは知ってるよ。ウサギくんが速く走るのは、ただの臆病だからだ。
あの人は、危険が近づいたと思うと、夢中で走りだすだけさ。
ぼくはちがう。
ぼくは走ることを、一生の仕事にしてきた。
あんまり仕事に夢中になりすぎて、このとおり、体まで壊してしまったくらいだ。
もし、だれかが一等賞をもらうとすれば、それはこのぼくのほかにはいない。
――しかし、そんなことでケンカはしたくない。そういうことは大嫌いだからね」
そう言って、カタツムリはつばをペッと吐きました。

「賞はどちらも公平に考えられて、贈られたものだ。すくなくとも、それを決めたときのわたしの投票は公平だった。これだけははっきりと言える」と、年老いた森の測量標が言いました。
この人も、審判官の一人だったのです。
「わしは仕事をするとき、いつも順序正しく、計算したうえでよく考えて行う。
名誉なことに、わしはこれまで七回も、賞を決める場に立ち会ってきた。
だが、一度もわしの考えどおりになったことはない。
わしはものを割り当てるとき、ある決まったところから始めることにしている。
この場合、一等賞に対してはアルファベットの最初から数え、二等賞には反対に、終わりのほうから数えるのだ。
さて、よいかな。よく注意して聞いていてくれたまえ。
アルファベットの最初Aから数えて八番目の文字はHとなる。
つまり、ウサギ(Hare)くんの頭文字のHだ。
そこで、わしはウサギくんを一等賞と決めたのだ。
次に、終わりのほうから数える。八番目の文字はSだ。
そこで、カタツムリ(Snegl)くんを二等賞と決めたのだ。
こういうわけだから、この次は、一等賞はI、二等賞はRということになる。
なんにしても、ものごとには順序というものがなくてはいかん。
かならず、よりどころになるものが必要なのだ」

「ぼくがもし審判官でなかったら、自分自身に投票していたよ」と、ラバが言い出しました。この人も、審判官の一人だったのです。

「ただ、速く走るということだけでなく、ほかのことも考えに入れなければいけません。たとえば、どのくらいの荷物を引っぱることができるか、といったふうに、どんな性質を持っているかという点も考慮すべきでしょう。……とはいえ、今回はそれを強く主張したわけではありません。ウサギくんの、あの賢い逃げかたについてもね。なにしろウサギくんときたら、さっと脇に飛び込んで、見事に人間をあざむき、自分のかくれている場所から、まったく別の方向へ彼らを走らせてしまうのですから。

いや、そうではなくて、大勢の人が注目しているあるものがある。しかもそれは、決して見逃してはならないものなのです。つまり『美しさ』とよばれるものさ。そこに、わたしは目を向けた。わたしは、かっこうよく伸びたウサギくんの美しい耳を見たのです。じつに長くて、見ているうちに心から楽しくなりました。まるで、小さいころの自分自身を見ているような気持ちさえした。そこで、わたしはウサギくんに投票したのですよ」

「まあ、お静かに」と、ハエが言いました。

「いやいや、わたしはなにも、おしゃべりをしようというのではありません。ただ、ちょっとお耳に入れておきたいことがあるのです。いいですか。わたしは一度や二度ではなく、ウサギさんを追い越したことがあるんですよ。ついこのあいだも、いちばん若いウサギさんの後ろ足を折ってしまったのです。そのとき、わたしは汽車の先頭を走る機関車の上に乗っかっていました。じつはときどきそうするんですがね。だって、自分の速さを知るのには、そうするのがいちばんですから。

だいぶ前から若いウサギさんが機関車の前を走っていました。ウサギさんのほうでは、わたしがいるのには気づいていなかったようです。とうとうしまいには、ウサギさんは脇へ避けなければならなくなりました。ところがその拍子に、機関車のために後ろ足を折られてしまったのです。もちろん、わたしが機関車の上にいたからですがね。ウサギさんはそこに倒れたままでいました。わたしはそのまま先へ走っていきました。これだけ言えば、わたしがウサギさんに勝ったことははっきりしているでしょう。だからといって、わたしは賞をくれとは言いませんがね」

「あたしはこう思うわ」と、野バラは心の中で考えました。でも、口に出しては言いませんでした。野バラの性格上、思っていることを何でも言ってしまうのは嫌だったのです。でも、この場合は言ったほうがよかったかもしれません。

「あたしはこう思うわ。お日さまの光こそ、名誉の一等賞をもらうべきだわ。それから二等賞も一緒にね。

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