初級翻訳・かもめ 第13話

かもめ

新しいスタイルのものだって、古いスタイルのものだって、――お互いに席を奪い合ったりする必要なんてないんだからさ。
マーシャ それに、嫉妬心も混ざっているのよ。
でも、そんなの私の知ったことじゃないけれど。
(間)
ヤーコフが、トランクを左手から右手へと持ち替えながら通り過ぎていく。
ニーナがやって来て、窓のそばで立ち止まる。
マーシャ わたしのあの結婚相手の先生は、すごく頭がいいわけじゃないけれど、とってもいい人だし、おまけに貧乏だけど、心の底からわたしを愛してくれるの。
なんだか健気でいじらしくなっちゃうわ。
それに、年老いたお母さんのこともかわいそうだしね。じゃあ、お元気で。
どうか悪く思わないでちょうだいね。
(しっかりと固い握手をかわす)ご親切にしてくださって、ほんとうにありがとうございました。
あなたのご本が出版されたら、ぜひ送ってくださいね。もちろん、ちゃんとサインを入れて!
ただ、「わが敬愛する――」なんて堅苦しいのはなしにして、こう書いてちょうだい。「行く先もわからず、なんのためにこの世に生きているのかも分からないマリヤへ」ってね。
それじゃあ、さようなら!(出ていく)
ニーナ (ぎゅっと握りしめた片手をトリゴーリンの方へ差し出しながら)さあ、どっちでしょう? 偶数? それとも奇数?
トリゴーリン 偶数かな。
ニーナ (小さくため息をついて)残念、ハズレ。
手の中には、豆が一つしか入っていないの。
わたし、自分で占ってみたのよ。女優になろうかどうか、なるべきか、ならないべきかってね。
誰かが、「こうしなさい」って教えてくれたらいいのになあ。
トリゴーリン そんな大事なこと、簡単に口出しできる人なんているわけないさ。
(間)
ニーナ これで本当にお別れですね……。きっともう二度とお会いすることもないでしょう。
どうか記念に、この小さなロケットを受け取ってください。
あなたのイニシャルを彫ってもらったの……そして反対側には、『昼と夜』っていう、あなたのご本のタイトルをね。
トリゴーリン なんと上品ですてきなデザインなんだ!(ロケットにそっとキスをする)こんなに嬉しい贈り物はないよ!
ニーナ ときどきは、わたしのことも思い出してくれますか?
トリゴーリン もちろん、思い出すとも。
きみを思い出すとき、それはきっと、あの晴れた日のきみの姿だろうね――覚えているかい?――一週間前、きみが淡い色のドレスを着ていたときのことを……いろんなおしゃべりをしたよね……それにあのとき、ベンチの上に一羽の白いカモメが置いてあったっけ。
ニーナ (物思いにふけりながら)ええ、カモメが……。(間)もうお話ししていられないわ、誰か来るわ。
……ここを発つ前に、ほんの二分だけでいいから時間をちょうだい、お願い!
(左手のドアから出ていく。
と同時に、右手のドアからアルカージナ、燕尾服を着て胸に勲章をつけたソーリン、そして荷造りで大忙しのヤーコフが登場する)
アルカージナ おじい様は、そこにじっと座っていらっしゃいよ。
そんなリウマチの痛む体で、お見送りになんて出歩くものじゃないわよ。(トリゴーリンに向かって)いま出て行ったのは誰? もしかしてニーナかしら?
トリゴーリン そうだよ。
アルカージナ あら、失礼、お邪魔しちゃったわね……。(腰を下ろす)ふう、どうにかこうにか、荷造りもすっかり終わったわ。
もうへとへとよ。
トリゴーリン (ロケットに刻まれた文字を読みながら)『昼と夜』、第百二十一ページ、上から十一行目と十二行目、か……。
ヤーコフ (テーブルの上を片付けながら)あの釣り竿も、やっぱりトランクに入れますか?
トリゴーリン うん、あれはまだ使うからね。
本は誰か欲しい人にあげておくれ。
ヤーコフ かしこまりました。
トリゴーリン (ひとりごとをつぶやくように)百二十一ページ、十一行目と十二行目……。
一体あすこには、何が書いてあったっけな?(アルカージナに)このお家の中に、ぼくの本があったはずだけど、どこかにあるかい?
アルカージナ お兄様の書斎の、隅っこの本棚にあるわよ。
トリゴーリン 百二十一ページと、それから……(その場から退場する)
アルカージナねえ、お願いだからペトルーシャ、そこにじっと座っていてちょうだいね……。
ソーリン お前たちがみんな出かけて行ってしまったあと、一人きりでポツンと取り残されるのは、やっぱり寂しくてこたえるんだよ。
アルカージナ だったら、一緒に街へ行けばいいじゃないの!
ソーリン まあ、行ったところで特別何かあるわけでもないんだがね、それでもやっぱりさ……(笑いながら)県会の建物の棟上げ式もあるし、まあ、そういうわけさ。
……せめて一時間や二時間だけでも、この穴ぐもりに閉じこもったカマスみたいな生活から抜け出したいんだよ。
そうでもしないと、まるで古いパイプみたいに、本棚の隅ですっかり埃だらけになって腐きちまってしまうからね。
馬車はすぐ回すように言いつけてあるから、一緒に出かけよう。
アルカージナ (少し間を置いて)じゃあ、ここで暮らすのね。退屈しないで、風邪をひかないように気をつけるのよ。
あの子(コンスタンチン)のこともしっかり見てあげてちょうだいね。
目を配って、ちゃんと導いてやってよ。
(間)こうやってわたしが出発してしまうと、コンスタンチンがどうしてあんなピストル自殺なんかしようとしたのか、その本当の理由も分からないままになっちゃうのね。
わたしにはどうも、一番の原因はやっぱり嫉妬だったんじゃないかって気がするわ。
だからこそ、一刻も早くトリゴーリンをここから連れ出してしまったほうがいいのよ。
ソーリン さあねえ、どうだろうな? きっと、それ以外の理由もあったはずさ。若い盛りの男が、草の生い茂る田舎で暮らしていて、お金もなければ肩書もなく、未来の希望もないなんて状況なんだから――それにほら、これじゃあ何をするわけでもない。
そんなぶらぶらした毎日が、本人にとっても恥ずかしく、そして心の底から恐ろしく感じられるんだよ。
わたしはあの子が可愛くてたまらないし、あの子もわたしを慕ってくれているけれど、でも結局のところ、あの子は自分がこの家にとって余計な存在で、ただの居候で、食客にすぎないと感じているんだ。
それもこれも、何よりあの子のプライドが傷つくからさ……。
アルカージナ あの子には、ほんとに泣かされるわ!(考え込みながら)いっそどこかにお勤めに出てみたらどうかしら……。
ソーリン (口笛を鳴らし、やがてためらいがちに)わたしが思うにね、一番いい方法は、もしお前が……あの子に少しばかりお金を持たせてやることじゃないかと思うんだ。
何はともあれ、あの子だって人並みの格好はしなきゃいけないし、そういうわけさ。
見てごらんあの、着たきり雀のボロボロのフロックコートを。もう三年ごしで同じものを引きずって、冬用の外套(がいとう)すらない始末じゃないか。
……(笑いながら)それに、若い者には少し気晴らしをさせてやるのもいいもんだろ。
……いっそ、外国へでも連れ出してみるかな。
……なあに、そんなに大金はかからないさ。
アルカージナ でもねえ……。

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