初級翻訳・からすの唄うたい 第2話

からすの唄うたい

カラスは、その音を待っていましたと言わばかりに、
「あめの中から、キンタさんと、オツタさんと飛び出たよ……」
という唄を、頭を上下にパコパコと振りながら歌い始めたのでした。
みんなは「おもしろいなぁ!」と声をあげて笑いました。
これを見たり聞いたりしていた一人の男が、おじいさんに近づいてこう言いました。
「カラスにこれほど見事な芸を仕込むなんて、簡単なことじゃないぞ。
もっとたくさんの人で賑わう『都(みやこ)』へ連れていったら、どれほど大金持ちになれるかしれないのに」
おじいさんは、この男の言ったことをすっかり信じ込んでしまいました。
「どうにかして、都へ行ってみたいものだ。そんなにたくさんの大金をもうけなくとも、にぎやかなところを一度見てきたいものだなあ」と思ったのです。
おじいさんは、カラスを連れて、ついに都をめざして旅立ちました。
何日か過ぎたある日、おじいさんの姿は、ひと際(きわ)にぎやかで華やかな都の中にありました。
おじいさんの古びた屋台は、大きくて活気あふれる街の中では、ほんのちっぽけで、少しも目立ちませんでした。
誰も、青や赤や黄色の小さな旗に目を留める人はいません。
おじいさんはあっちの町、こっちの町へとチャルメラを吹きながら歩きましたが、田舎にいたときのように、子どもたちが目をきらきらさせて寄ってくることはありませんでした。
都の子どもたちは、もっとほかに珍しいおもちゃや楽しいものが、山ほどあったからです。
しかし、カラスが人間の言葉で唄をうたうことだけは、みんなにとても珍しがられました。
おじいさんはそのおかげで、あめもそこそこ売れて宿代(やどだい)には困らずにすみました。
しかし、都会は田舎と違って空気が悪いうえに、のんびりと心穏やかに暮らすこともできず、そうしたさまざまな苦労が重なって、ついに病気になってしまいました。
おじいさんはお金を持っていなかったので、お医者さんに診てもらうことも、薬を買って飲むこともすぐにはできず、すっかり困ってしまいました。
「いったい、どうしたらいいんだろう……」
おじいさんは青白い顔をして、みすぼらしい宿屋の部屋で思い悩んでいました。
すると、宿屋の主人がおじいさんに近づいてきて、こう言いました。
「おじいさん、人の言葉で唄をうたうカラスなんてものは、めったにいるもんじゃありません。
きっとこれを売ったら、ものすごい高値がつきますよ。
あなたは、そのお金でお医者にかかって、体を治したらどうですか?
幸い、私はカラスが大好きな大きなお金持ちを知っていますから、話をつけてあげてもいいですよ」
おじいさんは、「どうすべきだろうか……」と深く考え込みました。
あの田舎をいっしょに旅立ち、今日まで自分を支え、自分のために一生懸命働いてくれたカラスを手放すなんて、つらくて仕方がなかったからです。
けれど、こうして旅先で病に倒れてしまっては、もうどうすることもできませんでした。
「あの鳥が大好きな金持ちが、カラスをうんと大事にかわいがってくれるなら、カラスも私といっしょにこうしているよりは、ずっと幸せになれるかもしれない……」と考えました。
おじいさんは、もう外へ働きに出ることができず、カラスに美味しいものを買って食べさせてやることもできなかったのです。
おじいさんはさんざん悩み、困り果てた末に、ついにカラスに悲しいお別れを告げ、宿屋の主人を通して、お金持ちに買ってもらうことに決めたのでした。
「さあ、これがお別れだ……」「しかし、またどんな不思議な縁で、この世であわないともかぎらない。
達者でいてくれよ」
と、おじいさんはカラスに向かって言いました。
カラスは、宿屋の主人の手からお金持ちへと売られていきました。
そのお金持ちというのは、ある大きな工場のオーナーでした。
家にはオウムやインコなどが、きれいな鳥かごに入れられて飼われていました。
「このカラスが、唄をうたうというのだな」
と、主人は宿屋の主人に尋ねました。
「さようでございます。おじいさんに連れられて街々を歩き、唄をうたったカラスはこれでございます」
と、宿屋の主人は答えました。
工場の主人は、カラスをやっぱりきれいなかごに入れて、ほかのオウムやインコたちと並べて、縁側に吊るしました。
そして、カラスが唄をうたうのを聞くのを楽しみにしていました。
ほかの鳥たちは羽が美しく、まるで上等な織物や、あざやかに彩られた絵を見るように華やかでした。でもカラスは真っ黒で、その体には珍しい色も美しい飾りもついていませんでした。
この家のお嬢さんや坊ちゃんは、
「なんだい、こんな黒いカラスなんて、全然つまらないなあ!」
と言って、かごの前に立っては悪口を言いましたけれど、主人はそんなことに気にもとめず、ただカラスが唄をうたうのを聞くのを楽しみにしていました。
日は過ぎていきましたが、カラスはちっとも唄をうたいませんでした。
カラスは毎日、とまり木に止まったままじっとしていました。
そして、まるでびっくりしているみたいに、山椒(さんしょう)の実のように丸い目をくるくると動かしていました。
「場所が変わったから、それで鳴かないのだろう。なにしろ、この機械の音がしたり、いろいろな物音がしたりしては、新しい場所に慣れるまで鳴かないのも無理はない」
と、主人は思いました。
オウムやインコは、カラスの知らないような人間の言葉を上手にまねして、みんなを楽しませたり笑わせたりしていましたが、カラスはひとりぼっちでさびしそうにしていました。
この家にやってきたお客さまたちは、カラスの前へとやって来ました。
「これが唄をうたうカラスというのですか。ひとつ唄を聞かせてもらいたいものですなあ」
と言いました。
しかし、だれもまだ、カラスが唄をうたうところを聞いたことがありませんでした。
「お父さん、このカラス、いっそのこと殺しちゃおうか?」
と、坊ちゃんは乱暴なことを言いました。
「お父さん、つまらないじゃない! こんな鳴かないカラスなんて、逃がしちゃえばいいのに」
とお嬢さんも言いました。
でも工場の主人は、「まあ、もう少し様子を見てみよう」と言って、そのままにしておきました。
ほかの鳥たちは、朝から晩までおしゃべりをしていました。
そして、無口で芸のないカラスのことをあざ笑っていたのです。
ある日のことでした。街のあちらから、あのチャルメラの音が聞こえてきました。
カラスは首をかしげて、じっとその音を聞いていましたが、とつぜん、
「あめの中から、キンタさんと、オツタさんと飛び出たよ……」
と、唄をうたい始めたのです。
これを聞いた人たちはみんな、手をたたいて大喜びで笑いました。
主人は、すっかり感心した様子で、じっとかごの中のカラスを見つめていました。
またしばらくして、別の場所でチャルメラの音がすると、カラスはふたたび、
「あめの中から、キンタさんと、オツタさんと飛び出たよ……」
と、唄をうたったのでした。
主人は、「あのチャルメラを吹いているのは、もしかすると、このカラスをもともと飼っていたあめ売りのおじいさんかもしれないぞ」と思い、人をやって、もしおじいさん本人だったらここに連れてくるようにと頼みました。

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