初級翻訳・きつねめさんのはなし 第3話

きつねめさんのはなし

三十分もすると、森の上にも月がのぼってきました。
さえざえとしたまんまるお月さまの光が、おうちの屋根にも、岩場にも、台所の窓にもさしこみます。
なのに、なのに、子ウサギの姿はまったく見えません。
月明かりできらめく切り分けナイフやパイざら、そしてよごれた床のむこうに向かって、光の道ができていました。
そこで明るみに出たのは、火元のそば、かべぞいにある小さなとびらです――小さな鉄のとびらがついていたのは、レンガでできた古い形のオーヴンで、それは薪を燃やしてつかうものでした。
そして、ほどなくピーターとベンジャミンはふたりしてはっと息をのみます。
窓をゆするたびに、いつもむこうにあるその小さなとびらから、ガタガタとお返事があるのです。
子どもたちは生きている、オーヴンにとじこめられているんだ!
あんなにベンジャミンがはしゃいだのに、あなぐまトミーが起きなかったのは、よっぽど運が強かったとしか言えません。
きつねめさんのベッドから聞こえるぶっといびきは、そのまま続いていました。
とはいえ、見つけてもまだまだ安心はできません。
ふたりには窓が開けられないのです。
子どもたちも無事とはいえ、子ウサギでは自力で出るのもままなりません。
まだハイハイもろくにできない年なのですから。
ひとしきりひそひそ話をしたあとで、ピーターとベンジャミンは、地下に穴を通すことにしました。
土手を一、二メートル下がったところから掘りはじめます。
おうちの地下、岩の間をぬっていけばうまくいくのでは、という考えでした。
台所の下はきたなすぎるので、土の地面なのか石の床なのかはわかりませんが。
何時間もほりまくるふたり。
石のせいでまっすぐ穴は通せませんが、夜明けまでには台所のゆか下までたどりつけました。
ベンジャミンはあおむけになって上をひっかきます。
ピーターはツメがボロボロでしたので、穴の外で足をつかって土をかき出していました。
ふと、声をはりあげます。朝だ――日の出だ、と。
さらに、カケスが下の森で大さわぎしている、とも。
ばにばにベンジャミンは耳から土をはらいつつ、まっくらな穴から出てきまして。
手で顔をごしごしとぬぐいます。
こくいっこくとあたたかくなるお日さまの光が、丘のてっぺんをてらしていました。
谷ぞこには一面かすみが広がり、木のてっぺんがキラキラかがやいて見えます。
かすみをかむった野原から、今ふたたびのカケスのけたたましい鳴き声、続いてキツネのコーンという遠ぼえ。
そうなるとふたりしてあわてふためく、このウサギたち。
いちばんやってはいけないことをしでかしてしまいます。
なんと、掘ったばかりの短いぬけ穴にとびこんでしまい、きつねめさんの台所のゆか下、穴の奥に身をひそめたのでした。
おうし土手へとむかうきつねめさん、しかもきげんはさいあくです。
まずお皿をわってしまってイラッと来ました。
まあ自分のせいなのですが、なにしろ陶器のお皿で、きつねめヴィクスンおばあちゃんがくれたディナーセットは、もうこれしかのこっていなかったのです。
それに、小虫もうまくいきません。
キジのメスもとりのがしました。
巣にはほんの五つタマゴがありましたが、そのうち二つがくさっておりまして。
きつねめさんにはさんざんな夜でした。
へそをまげたときには、お引っこしにかぎります。まずは、ずんぎりやなぎのほうへ行ってみたものの、地面はジメジメしているばかりか、近くにはカワウソたちが魚の食べかすをほったらかしにしていました。
きつねめさんは、自分以外のやつがやり残しをするのが大きらいなのです。
つぎにおかの道を登っていくと、そこにはアナグマが通った足あとがハッキリと残っていて、きつねめさんの気分はますますおそろしく不機嫌になりました。
あなぐまトミーほど、地面のコケを根こそぎぐちゃぐちゃにするやつはほかにいません。
きつねめさんは、イライラしながら杖で地面をペシペシとたたきます。あなぐまトミーの向かった先に、なにかイヤなめくばせを感じていたからです。
しつこく後をつけてくるカケスにも、はらが立ってしかたありません。
そいつは木から木へと飛び移っては、「みんな聞け、ウサギたち、ネコかキツネがやぶにやってきたぞ、気をつけろ!」と、大声であたりじゅうに言いふらすのです。
あるときなんか、きつねめさんの頭の上にとんできて、わざと聞こえよがしに鳴いたものだから、きつねめさんが直接どなりつけたちょうどいいくらいでした。
そうして自分のうちへとそろりそろりと近づきながら、手にぎりしめていたのは、さびた大きなカギでした。
「フンッ」とならした鼻の下で、いかりにひげがさかだちます。
おうちの戸締まりはきちんとしてありましたが、きつねめさんは「どうせ中にだれか入り込んでいるぞ」とにらんでいました。
さびたカギをカギ穴に差し込んでグルリとまわすと、そのカギの音が、床の下にかくれているウサギたちの耳にもしっかりと聞こえました。
きつねめさんは、そーろっとドアを開けて、中に入っていきました。
さて、自分の台所を見たきつねめさんは、目の前の光景にカッカと怒り心頭です。
なんと、きつねめさんのいすに、きつねめさんのパイざら、ナイフにフォーク、からしに塩のビン、おまけに戸だなの奥にきちんとたたんでしまってあったはずのテーブルクロスまでが出っばりていたのです――まるでこれから夜ごはん(あるいは朝ごはん)のしたくをするといわくわんばかりに。――これはもう、あのむかつくあなぐまトミーのしわざにちがいありませんでした。
ただ、持ちこまれたばかりの土のにおいや、アナグマ特有のきつい悪臭がぷんぷんしていたおかげで、思いがけずウサギたちのにおいはすっかりかき消されてごまかされていました。
そのかわり、きつねめさんの注意を一気にひきつけたのは、別の物音でした。自分の寝室のほうから聞こえてくる、ゆっくり、きっちりとくり返される、ぐーぐーという太い、大きないびきです。
半分ひらいたドアのかげ、ちょうつがいのすきまから、きつねめさんはそっと寝室をのぞき見ました。
そのあと、あわてて背中をむけて、おうちの外へと飛び出していきました。
怒りで頭がまっ白になり、ひげはピーンとさか立ち、上着のえりもまっすぐ逆立っています。
それからというもの、二十分ものあいだ、きつねめさんはおうちにコソコソと忍び込んでは、あわてて外へ飛び出るということを何度もくり返しました。
しだいにその出入りははげしくなり、ついには寝室の部屋のほうにもズカズカと立ち入ります。
外にいるときには、はら立ちまぎれに庭の地面をガリガリとひっかきました。
ところが、部屋の中をのぞくと――あなぐまトミーのいかにもふてぶてしい顔が見えるので、思わず顔をそむけてしまいます。
トミーは口をあんぐりと大きくあけて、あおむけに寝転がり、口のはしが耳までとどきそうなほどのニヤケ顔。
いかにもきもちよさそうに、一定のリズムでグーグーいびきをかいています。
だけど、よーく見ると片目がほんのり半びらきでした。
きつねめさんは寝室を行ったり来たり。
杖をとってくること2回、石炭の入ったバケツを持ち込むこと1回。

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