そのあたりは冬になると風が激しく、砂がじゃりじゃりと家々の窓や、通りかかる人の顔に吹き付けてきます。
「おお、ひどい砂だ」
そう言いながら、肉屋さんは犬の後を追って、その砂地を斜めに突っ切って駆けました。
犬は、肉屋さんたちが追いかけてきていることには気づいていないようです。
そして、その辺りのある小さな家のところまで来ると、まるで自分の家に帰り着いたかのように、その家の裏手へと、のそのそと入っていきました。
肉屋さんたちは二人で、そっと近づいて覗いてみました。
家の裏はちょっとした空き地になっていて、真ん中には何かを建てようとした足場のようなものが、崩れかけたまま放り出されており、周囲にはゴミくずや、いろんな汚いものがごちゃごちゃと捨ててあります。
犬は、その空き地の片隅に転がっている、底も天井も抜けた古ぼけた穀物樽の入り口に座り込みました。
樽の中には、かんなくずや砂などがくしゃくしゃに入っています。
そのかんなくずの上に、何だかシュロの繊維で編んだ、ぼろぼろの靴拭きマットを丸めたような、そんな色と形をしたものが転がっています。
犬は、その変なものの前にくわえてきた肉の塊を置き、くんくんと鳴き続けました。
しかし、その変なものは動き出しもしないので、犬はたまりかねたように前足を上げて、「おい、起きろよ、起きろよ」と言わんばかりにつつきました。
すると、靴拭きマットのようなものがむくむくと半分立ち上がり、よろよろと肉の塊のそばへ来て、倒れるように腹ばいになりました。
それは、栗色をした、よぼよぼの犬でした。
病気でひどく弱っているらしく、痩せ犬がくれた肉の塊をものうそうに二、三度なめ回しましたが、それを食べる力もないのか、そのままぐったりと顔を下げてしまいました。
こちらの犬は、「さあ、早くお上がりよ、ほら、ほら」と言い聞かせるようにくんくん鳴いていましたが、それでも相手が食べようとしないので、相手の食欲をそそろうとするように、その肉の塊の端を小さく噛み切り、ぺちゃぺちゃと美味しそうに食べて見せました。
それでも病気の犬は、じっとしたまま動きません。
こちらの犬は仕方なしに、今度は肉の塊を二、三尺後ろの方へ引きずって行き、それを前足の間に置いて座り、まるで病気の犬を誘い出すように、口先で肉をつつきながらじっと待っています。
「さあ、来て食べてごらん。おいしいよ。ねえ、ほら。うまそうだろう?」「食べないのかい? きみが食べないなら、わたしが全部食べちゃうよ。いいかい、本当に食べていいんだね?」
そんなふうに言わんばかりに、犬はしきりにクンクンと鳴き続けました。
しかし、どんなにやり方を変えて勧めてみても、うまくいきません。
病気の犬は途中で一度、よろよろと外へ出てきて肉の端を少しだけ噛んでみましたが、またのそのそとカンナくずの中へ戻ってうずくまり、目を閉じてうとうとと眠り込んでしまいました。
すると健康な方の犬は、肉の切れ端をくわえて病気の犬の口元へ運び、自分も中に入って、砂だらけのカンナくずをかき回したり平らにならしたりして、病気の犬のそばに一緒に寝そべりました。
肉屋さんとお店の者は、その様子をじっと見守っていました。
「おい、もう帰ろう。すっかり暗くなったな。……本当に感心なことだよ。われわれ人間の中だって、あんなに情け深くて、気の利くやつはそうそういないぜ。毎日朝から俺の店で働いて、夕方になると肉を持ってきて、あの犬に食べさせているんだからな。見上げたものじゃないか」
肉屋さんは、しみじみとそう言いました。
「本当にそうですね。ですが旦那、あの犬は、お腹が空いているよりも、喉が渇いているのではないでしょうか。水が飲みたくても、あれじゃあ探し歩くこともできませんから」
と、お店の者が言いました。
「ふん、なるほど。そいつはよく気がついたな。どこかに水はないかな。おや、あそこの変なちっぽけな家に、誰か住んでいるようだ」
肉屋さんは空き地の向こうにある家の戸口へ行って、「もしもし、ちょっと。どなたかいらっしゃいませんか」と言って戸を叩きました。
すると中から、薄汚れた女の人が戸を開けて出てきました。
肉屋さんが今見た病気の犬の話をして、「かわいそうですから、水を飲ませてやりたいのですが」と頼むと、女の人は小さな空き缶に水を入れて持ってきてくれました。
肉屋さんがそれを病気の犬の口元へ差し出すと、犬はすぐに首を伸ばして、ペチャペチャと一気に半分ほど飲み干しました。そして、とても嬉しそうに首を振ってみせました。
もう一匹の犬も口をつけて、同じようにピチャピチャと飲みました。水を飲んだおかげか、病気の犬は少し元気がついたように見えました。
肉屋さんは、骨と皮ばかりになったその体を優しくなでてやり、「じゃあ、よくおやすみ。明日また見に来てやるからな。おやおや、かわいそうに。……お前も明日またおいで」と、もう一匹の犬の頭もなでてから、帰っていきました。
二
あくる朝、肉屋さんがいつもの時間に店を開けると、犬はもうちゃんと来て待っていて、クンクン言いながら尻尾を振りました。
肉屋さんは町中の人々や買い物に来たお客さんたちに、一人ずつその犬の話をして聞かせました。
すると、誰もが「へえ、それはすごい」と感心して、犬をじっと見つめたり、首をなでたりしていきました。
犬は、その日も夕方まで店番を続けました。
肉屋さんは、今日は肉の分量を少し多くしてやりました。犬は相変わらずそれをくわえて帰っていきました。
肉屋さんはそのあとを追うために、水差しに水を入れて持って出かけました。
「どれ、俺も行ってみよう」と、話を聞いた隣の人も一緒に出かけました。
それからいく週間も経ちました。感心な犬の話はあちこちに伝わって町中の大評判となり、わざわざ肉を買いがてら見に来る人も増えたので、肉屋さんは大繁盛しました。
そのうちに夏が来ました。
ある朝のことです。これまではいつも一匹で来ていた犬が、その日はもう一匹の犬を連れて二人で店先にやって来ました。
犬は、連れてきた仲間を肉屋さんに引き合わせるように、クンクン鳴きながら尻尾を振りました。
片方の犬は、骨が浮き出るほど痩せていて、よろよろしています。それが恐る恐る肉屋さんの足元へ来て、顔を見上げました。
例の病気の犬が歩けるようになって、一緒にやって来たのです。
肉屋さんは「おお、よく来たね」と病気の犬をなでて、上等の肉を切り分けて投げてやると、犬はすぐにガツガツと食べました。
先から来ていた犬はそれを見て、とても満足そうに尻尾を振りました。
それからは、毎朝二匹でやって来るようになりました。
二匹とも店の中へはめったに入らず、石畳の上に座っていたり、その辺りを歩き回ったりして過ごします。
二匹が喧嘩をしたことは、一度もありませんでした。
夕方になるといつも肉の切れ端をもらって食べ、二人で町外れの寝場所へ帰っていきます。
町の野良犬たちも、この二匹が肉屋さんの前にいるのを当たり前のことだと思って、決して争うこともなく、さっさと通り過ぎていきます。
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