すると、やっとのことで男は目を覚まし、ぼんやりした顔で辺りを見回しています。
「おいッ、どうしたんだ。正一の姿が見えないぞ。きみはなんのためにここで番をしていたんだ。」
「アッ、団長さんですか。ぼく、どうしたんだろう。変だな。どうして眠ってしまったのか、さっぱりわけがわかりません。正ちゃんがいませんか。」
「何を言っているんだ。きみだけじゃない。下でもみんな眠りこんでいる。いったいこれは……。」
笠原さんは腹が立って、口もきけないほどです。
「アッ、そうか。それじゃあ、あれがそうだったんだな。」
団員がとんきょうな声を上げました。
「エッ、あれって何のことだね?」
「眠り薬です。」「あのコーヒーに入っていたのです。あれほど苦いコーヒーでしたから」
「眠り薬か。なるほど、そうか。では、誰がそれを入れたんだ?」
「わかりません。運んできたのは女中でした。ですが、女中が目を離したすきに、誰かがこっそり入れたのかもしれません」
「誰かって、戸締まりはどうなっていたんだ? 外部の人間が侵入できる隙はあったのか?」
「いいえ、戸締まりは厳重にしてありました。みんなで見回って確認しましたから、間違いありません。外から侵入することは絶対に不可能なはずです」
それでは、一体どうやってコーヒーに眠り薬が混入したのでしょう。そして、なぜ正一君はいなくなってしまったのでしょうか。
「よし、それならすぐにみんなを叩き起こして、正一を捜し出すんだ。ひょっとしたら、家の中のどこかに隠れているのかもしれない」
みんなが起こされ、西洋館の中はもちろん、庭から塀の外までくまなく調べましたが、正一君の姿はどこにも見当たりませんでした。
さて、翌日の朝早くのことです。前日に来た運送屋の男二人が再びやってきて、「あのじゅうたんは配達ミスだった」と言いました。玄関の隅に転がっていた、棒のように巻かれたじゅうたんを受け取ると、外のトラックに積み込んで走り去ってしまいました。
屋敷の側では、誰も注文した覚えがなかった荷物ですから、回収しに来たのは当然のことだと思っていました。そのじゅうたんの中に正一君が閉じ込められているなどと、誰一人として疑う者はいなかったのです。
骸骨男のトリックは、まんまと成功しました。それにしても、かわいそうな正一君は、これからどんな目に遭わされるのでしょうか? あのおどろおどろしい手紙に書かれていたように、お父さんの手によって殺されるというような、とほうもない悲劇が起こるのではないのでしょうか?
名探偵明智小五郎
明智探偵事務所の書斎で、明智小五郎と小林少年が話し合っていました。小林君は、笠原正一少年が行方不明になったことを報告していたのです。
全員が眠り薬で眠らされていたこと。正一君はその間に連れ出されたらしいこと。しかし、誰がどこから連れ出したのか、まったく見当がつかないこと。家じゅうの戸にはすべて鍵がかかっていて、どこにも出入り口はなかったこと。正一君はまるで煙のように、戸のわずかな隙間からでも消え去ったとしか考えられません。
犯人はもちろん、あの骸骨男です。あいつがまた、魔法のような悪事を働いたのです。明智探偵なら、この謎を解明してくれるに違いない――小林君はそう信じて、先生の顔をじっと見つめていました。
「あいつは、笠原さんが自分の手で正一君を殺すのだ、と言ったんだね?」
「はい。それが何よりも恐ろしいのです」
明智探偵はしばらく考え込んでいましたが、ふと思いついたように尋ねました。
「昨日は引っ越しで、まだいろいろな荷物が運び込まれていたわけだね。何か大きな荷物が一度持ち込まれて、またそのまま持ち出されたようなことはなかっただろうか?」
小林君はそれを聞くと、ハッとしたように目を大きく見開きました。
「そういえば、変なことがありました。正一君たちの見張り番をするためにあそこにとまっているサーカス団員が、こんな話をしていたのです。昨日、運送屋がじゅうたんの巻き物を持ってきたのだそうです。こちらは注文した覚えがないと言ったのですが、代金は支払い済みだと言われて無理やり置いていかれたそうです。ところが、今朝になってその運送屋がまたやってきて、『昨日のじゅうたんは宛先を間違えた』と言って引き取っていった、というのです」
「それじゃあ、君はそのじゅうたんを直接見たわけではないんだね?」
「ええ、僕があそこへ行ったときには、もう運送屋が持ち去ったあとでした」
明智探偵はそれを聞くと、すぐにデスクの上の電話の受話器を取り、笠原さんの家へ電話をかけました。
「こちらは明智探偵事務所ですが、笠原さんはおいでですか……。え、お出かけになった? ……あなたは? ああ、サーカス団の方ですね。今、小林君から聞いたのですが、昨日じゅうたんが持ち込まれたそうですね。あなたはそれをご覧になりましたか。ああ、あなたが受け取ったのですか。じゅうたんは巻いてありましたね。その大きさを知りたいのですが、長さは? ……二メートルくらいですね。太さは? ……五十センチ? そんなに太かったのですか。ああ、三部屋分ですね。わかりました……。ところで笠原さんは、いつ頃出かけられたのですか……今しがた? サーカスへ行かれたのですか」え? そうじゃない? どこです? 射撃場ですって? 銃の射撃を練習しておられるのですか。
その射撃場はどこにあるのです? 世田谷区の烏山町。
芦花公園の向こうですね。
烏山射撃場というのですね。
その射撃場の電話番号はわかりませんか。
え? 三二一の五四九〇ですね。
いや、ありがとう。
明智探偵はいちど受話器を置くと、すぐにまた外して、いま聞いたばかりの番号を呼び出しました。
「烏山射撃場ですか? あなたは? ……ああ、射撃場の主任さんですね。
射撃の練習はもう始まっていますか。
え、まだですって。
そこへ、グランド=サーカスの笠原さんが行っておられますか。
え? まだ来ておられない? 今日は何人ほど、練習に来られるのですか。
……三人ですか。
笠原さんもそのひとりですね。
わかりました。
ぼくは私立探偵の明智小五郎です。
いまからすぐに自動車でそちらへ行きます。
三十分はかかるでしょう。
ぼくが行くまで、射撃の練習を始めないでください。
絶対に射撃をやってはいけません。
わかりましたか。
人の命にかかわることです。
殺人事件が起こるかもしれないのです。
必ず、ぼくが行くまで待ってください。
わかりましたね」
明智探偵は、くどいほど念を押して電話を切りました。
「先生、お出かけになるのですか」
小林君が、面食らったように尋ねました。
小林君には、明智先生が何を考えているのか、少しもわからないのです。
「うん、大急ぎで自動車を呼んでくれたまえ。
そして、きみも一緒に行くのだ。
ぼくの考え違いかもしれない。
しかし、行って確かめてみるまでは、安心ができない。
ひょっとしたら、正一君がお父さんの笠原さんに殺されるかもしれないのだ」
「エッ? 正一君が? それじゃあ、骸骨男の言ったとおりになるかもしれないのですね」
「そうだよ。
だから大急ぎだ。
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