初級翻訳・レモンの花の咲く丘へ 第4話

レモンの花の咲く丘へ

(ちょっと間を置いて)
かと思うと、また最近になって、あの女の方をご自分のお屋敷に迎え入れてからは、昔とは打って変わって活動的になられましたが、家来たちのことには昔ほど優しくしてくださらなくなり、何をするにもあの女の方の都合ばかりを考えて、お屋敷の中がめちゃめちゃに乱れていくのもおかまいなしでいらっしゃる――そう、あんなに賢いお殿様でさえ、そんなふうに心を奪われて間違った道を進んでしまう世の中なのですから、私のような身分の低い者が、何か考え違いをしたって、それは仕方のないことでございます。」
領主「そんなふうに、ムキになって熱くなるなよ。
じゃあ何か、近頃俺がみんなに対して優しくなくなったから、それが気に食わないとでも言うのか。」
従者「そればかりではございません。
近頃は、なんだかとても落ち着きがなく、ソワソワとなさっておいでです。
まるで十七、八の若い男の子が、初めて恋を知ったときのようにな。」
領主(苦笑しながら)「それが何かお気に召さないとでも?」
従者「そればかりではございません。
近頃は、あれやこれやとなんでも疑い深くなられました。
これもすべて、あの女の方のせいじゃございましょう。」
領主「あの女、あの女とよく言うがね、彼女は決して悪い人間じゃない。
ほんのりと無邪気な性格で、例えて言うなら、空を自由に気ままに駆けまわりたいと願う、あの白い雲のようなものなのだから。」(少し考えて)もっとも、あまりにも空を飛びたがるものだから、少しばかりフワフワしてはいるけれど、それが彼女の美しい顔立ちや、まっすぐな心の素晴らしさを傷つけるわけじゃないさ。
従者「それはよく存じておりまする。」
領主「それならもういいじゃないか(と言ってまた窓の方へ向かおうとするのを、従者が再び引きとめます)」
従者「たとえ、あの女子の性格がよいといたしましても、お殿様の気性やご様子を、最近のようにすっかり変えてしまわれるようでは、何のためにもなりませぬ。
むしろ、たとえ少しぐらい性格の悪い女性だったとしても、お殿様の心を狂わせないお方であるなら、その女性のほうが、お殿様のためにも、私共家臣のためにもよろしいかと存じます。
……一体、あの女性は、どこからお連れになられたのでございますか?」
領主「海の向こうの、寂しい浜辺からさ。(と言って窓から離れ、丸テーブルのそばのベッドのふちに腰をかけます)海の向こうの寂しい浜辺で、遠くへ消えていく帆船の影を、泣きながら見送っていた――あの女が見送っていたんだ。
――それを俺が連れて来たのさ。
(ちょっと間を置いて)あの日は、夕方の涙みたいな光が、浜辺に散らばる貝殻と、水に濡れた大きな岩と、そして女性の頬を伝う二筋の涙を、白く照らし出していた。
彼女はシクシクと泣きながら、片手に赤いバラの花を持ち、それを高く振りかざして、地平線のほうへ消えていく帆船を見送っていたんだ。
荒れ果てた海岸の、それはそれは寂しい午後だったよ。」
従者「(領主に向かい合って椅子に腰をかけ)どうしてそんな女性をお連れになられたのですか?」
領主「(恋しそうに)昔の妻に似ていたからさ。」
従者「(思わず立ち上がり)昔の妻! と申しますと、若様のお母さまであられる……。」
領主「(興奮して)そうだ、あの不貞な妻に似ていたからさ。」
従者「お殿様……!」
領主「不貞な妻さ、だが、愛しい女だった。
あの女のことを思い出すと、身も心も消えてしまいそうになるんだ。
(愛しい人を慕う気持ちにどうしても耐えられない様子で)」
従者「お殿様……。」
領主「(その当時を思い出して、声にも瞳にも力がみなぎります)以前の妻と一緒に暮らしていた頃は、俺もお前も若かったなぁ。」
従者「(なつかしそうに)もう十年前でございますね。」
領主「俺にはまるで昨日のことのようだ。
だけど同時に、この世のことではなく、まるで遠い天国からの便りのようにも思える。
ああ、いくら思い返してみたところで、二度とあんな幸せな日々は戻ってこないと思えば、あの頃の暮らしが、後ろから追いすがってきて『行かないでくれ』と引き止めたくなるんだ。」
従者「私も、まったく同じように感じます。」
領主「十年前と言えば、俺もこんなにやつれてはいなかったし、お前もそこまで年をとっていなかった。
(ちょっと間を置いて)彼女と俺とはね(と言って窓から向こうの音楽堂を見つめながら)今、音楽堂が建っている対岸の岩の上に、小さなお城のような家を建てて住んでいたんだ。
そこには水晶のようなきれいな水を吹き上げる噴水も、レモンバラの花が咲き乱れる素敵なお庭もあった。
毎晩、お庭にはしっとりと露が降りて、虫たちがその草むらで鳴いていた。
毎朝、小鳥たちがさえずり、柑子(こうじ)レモンの花が、小鳥が羽ばたくたびにハラハラと散り乱れていたものさ。
そして、音がしないようにそっと窓にとまると、妻はその花のérme(花びら)を自分の唇にふくんで、俺の唇へと口移しで移してくれたんだ。
そのとき、妻の黄金色の髪は恋しさでふるえ、妻の目は一瞬たりとも離さずに、まっすぐ俺の瞳を見つめていたものだよ。」
従者「奥様は、バイオリンの達人でございましたね。」
領主「そうだ! それが何よりも俺の心に残っている。
彼女は素晴らしいバイオリンの弾き手だった。
ルビーやペリドット(貴橄欖石)がちりばめられたバイオリンを、いつも大事そうに腕に抱えていたな。」
従者「(なつかしげに)奥様は、お庭を見下ろす窓にもたれかかって、いつもいつも、どこか切なくて哀しい歌をお弾きになられておりました。
(ちょっと間を置いて)お庭の向こうは底の知れない青い海で、奥様は『人魚が波間に見える、見えるのよ』と、よくおっしゃっておりましたな。」
領主「彼女が歌う歌はどれもこれも哀しいものばかりだったが、その中でも『死にゆく人魚』の歌が、いちばん切ないメロディの歌だった。
彼女がこの歌を歌いながらバイオリンを弾くときは、決まって潤んだ目で海を眺めていた。
その様子はまるで、海の中に歌の主である人魚がいて、その人魚に向けて歌を届けてあげているかのように見えたものだ。
(ちょっと間を置いて)そして、あの歌を弾きながら歌う彼女の声は、ちょうど潮の満ち引きが、深い深い洞穴の奥へ奥へと、こっそり忍び込むように、かすかに、そしてふるえて響いていた。
(ちょっと間を置いて)俺は、あの歌をうたう彼女を見るたびに、『この女は、どうしようもなく儚い運命を背負った女性なんだ』と思わずにはいられなかったよ。」
(長く深い溜息をつきながら)その予感は間違っていなかった。
従者「お殿様、そんな昔のことを思い出されては、お体によくございません。
そんな無残な思い出はなさらずに、あの頃の楽しかったことだけをお思いになるのが一番でございます。
思い出というものは、いつだって美しく見えるものでございます。
ちょうど、ピンク色の霧に包まれた、縞めのうの丸柱を眺めるように――(ちょっと間を置いて)お殿様、奥様は、草花にたまった露でお化粧をするのがお好きでございましたな。

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