雪景色の中に、黄色いモスクワ大学の建物が美しく映えている。
凍りついた鉄の柵には、古本屋がずらりと本を並べている。
狭い歩道は、たくさんの通行人でいっぱいだ。
電車がガタンゴトンと通り過ぎていく。
自動車もクラクションを鳴らして走っていく。
モスクワ大学のいくつもある門を、出たり入たりしている男女の学生たちは、年齢が本当にさまざまだ。
九年制の統一労働学校(小学校)を出て、そのまままっすぐ入学してきたようなあどけない青年たちもいれば、お姉さんたち、さらには杖をつき、重そうな書類の入ったカバンを下げた、かなり大人びた年齢の男女学生も混じっている。
(彼らは、革命の国内戦やヨーロッパ戦争で負傷した人たちなのだ。
)
みんなは笑い合ったり、おしゃべりをしたり、あるいは誰とも話をせずに片手をポケットにつっこんだまま、ズンズンと歩いていく毛皮の帽子の女学生の姿もある。
ワーニカの父親は旋盤工で、「鎌と鎚」工場に勤続して二十五年になるベテラン労働者だ。
父親は一九一八年に共産党員になった。
ワーニカは、「鎌と鎚」工場の工場学校でずっと勉強を続け、共産党青年同盟の一員だ。
去年、工場委員会が彼を職業組合に推薦してくれて、モスクワ大学で経済と法律の勉強ができるように計らってくれたのだ。
だから、ワーニカはいつも元気いっぱいだ。
そんな元気な息子を見て、ワーニカのおふくろは大喜びし、父親の古い外套(がいとう)をきれいに仕立て直して、ワーニカのためのコートにしてくれた。
これが最高に温かい。
防寒靴はもうかなり古くなっていて、歩くたびにパカパカと口を開けてしまうが、だからなんだって言うんだ! こんな靴が、ソヴェトの偉大な五ヵ年計画の邪魔になるわけでもあるまいし。
――
ワーニカは、ワイワイと騒ぎながら入口で防寒靴を脱いでいる男女学生の群れの中に、見覚えのある丸い緑色の毛糸の帽子を見つけた。
モスクワの街には、あんな緑色の帽子をかぶっている女の子なんてたくさんいるはずなのだが、ワーニカは、たとえそれが五つ並んでいたって、絶対に人違いなんてしない自信があった。
――どうしたんだい、ターニャ!
うしろから、その緑色の帽子の肩に自分の肩をポンとぶつけながら、ワーニカは声をかけた。
――昨夜の君は、なかなかいいスピーチだったな。
党員や学生、労働者たちは、みんなお互いに「お前」と呼び合って対等に話をする。
ターニャはまだ党員ではない。
けれど、自動車工場で働いている誇り高き労働者の娘だ。
モスクワ大学の男女学生たちは、赤色学生連盟から『赤色学生』という雑誌を発行している。
昨夜は、その編集部で、大学の寄宿舎生活についての熱い討論会が開かれた。
いわゆる自己批判の集まりだ。
その時ターニャは、ショートカットのおかっぱ頭を元気よく振りながら、自習時間がいつも騒がしくて集中できないことや、自治のルールに対して皆が無責任すぎると指摘した。
中には、イタズラ目的で人の外套を隠したり、本を隠したりする者さえいる。
(ちなみに大学の寄宿舎は男女が同じ建物に住んでおり、部屋だけがきっちりと分かれている構造だ。
)
我々はいつまで経ってもそんな子供のままなのか? ターニャはそんなふうに、まっすぐな疑問をぶつけたのだ。
ターニャ自身も、学生委員(衛生部)の一人として頑張っている。
――ワーニカには批判能力なんてないくせに。
チリチリとこまかく縮れた髪をしたイリーナが、賢そうなどこか皮肉な笑みを浮かべながら言った。
――ターニャが話したことなんて、もうすっかり陳腐で古くさい話よ。
そんなの誰だって知ってるわ!
――俺はイリーナの意見を支持するね。
――いったいいつまでガーガー文句を言ってるのよ。
のどのあたりまで灰色のセーターをきっちりと着込んだマルーシャが、一歩引いたところから一段高い声で割り込んだ。
――これは規律の問題なんかじゃないわ、むしろ空間の問題なのよ!
マルーシャは、まわりの学生たちよりも少し年上だ。
寄宿舎では自分ひとりの部屋をもらっていて、同じく経・法の学生であるガリツェルという男性と一緒に暮らしている。
――そうだその通り! 完全に空間の問題だ!
誰かがうしろから大きな声で同意した。
――俺たちが一部屋に二十人もしゅうしゅう詰めになっている一方で、ある連中はたった二人だけで部屋を占領しているという事実こそが、まさに空間の不平等を突きつけているんだ!
彼らは声を上げて笑い合いながら、ぞろぞろと二階の教室へと上がっていった。
教授はまだ教室に姿を見せていない。
みんながざわめいていると、
――ちょっと、静かにしてください!
ナデージュダが席からすっくと立ち上がって言った。
――私は壁新聞の責任者として言いますが、このところ、どういうわけかみんなからの投書が減っています。
どうか奮って投稿してください!
――氷滑り(スケート)で忙しくて、そんな時間ないよ。
ドゥーシャが鉛筆を削りながら、大人っぽい声で言い返した。
――氷滑りだって、ちゃんと階級性に関わる問題なんですよ!
ワーニカとターニャは並んで席に腰掛けている。
しかしワーニカは、ターニャとはべつに他愛のないおしゃべりをしたりはしない。
いまペチャクチャとおしゃべりに夢中になっているのは、ターニャと同じ小学校から一緒にやって来たイワンだ。
イワンは技師の息子で、この仲間たちの間でちょっとした有名な「病気」を抱えていた。
それは、学生委員会の会議であれ、昨夜のような集会であれ、自分が少しでも鼻をつっこめる場所があれば、誰か一人がまわりからいつもより多く拍手されたり褒められたりしたとき、次の日には必ずその人のあとを一日中ピタッとくっついて回るという奇妙な習性だった。
もちろん、イワンが喋る内容は決してくだらないものではない。
いまもターニャに対して、アメリカの経済恐慌によってフォード自動車がどれほど生産を縮小させたかという難しい話を熱っぽく語っている。
もっとも、イワンが知っているのは誰もが知っている一般的な情報だけなのだが、なぜか「数字」を覚えることにかけては並外れた頭脳を持っていて、時には教授すら凌駕するほどの記憶力を発揮する、ちょっと変わったおもしろいやつだった。
学生たちは、物心ついた幼稚園のころからずっと共学で一緒に育ってきた。
共に働き、共に遊び、男の子たちは、女の子たちがヒステリーを起こしてバタリと倒れるところから、学生大会の壇上で堂々と素晴らしい弁論をふるうところまで、すべてを目の当たりにしてきているのだ。男の子というものが、普段はしっかりしているのに時々すごく変わった一面を見せることを、女子学生たちだってちゃんと知っている。同じ工場で一緒に働いていた仲間だって、この大学にはいるのだ。
今日は、先週提出された「インドにおける綿花生産の増減とイギリス資本主義との関係」についての、学生たちの研究報告に対する批評の時間だった。
この課題は、学生たちが三つのグループに分かれて、みんなで協力しながら取り組んだものだ。
ワーニカは、ターニャとは別のグループに入っていた。
ターニャは、髪の毛がちりちりと縮れたイリーナや、スケート選手のワーシカなんかと同じ班だったのだ。
初級翻訳・ワーニカとターニャ 第1話
ワーニカとターニャ
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