初級翻訳・二日物語 第4話

二日物語

それでもなお、お経を小さな声でブツブツと途切れなく唱え続けていくと、自分の声は意味不明な暗闇の中に吸い込まれて消えていくようでもあり、かと思えばしっかりと存在しているようでもあり、空の彼方に隠れたかと思えば、またふたたび何処ともなくぽっかりと暗闇から湧き出てくるかのようであった。それが自分の声なのか、それとも他の誰かの声なのかも分からないままぼんやりと聞きながら、「濁悪な世の中では、多くの様々な恐ろしいことがあり、悪鬼がその身に入り込んで、罵ったり悪口を言ったりして私を辱めるだろう……」と、ちょうど今、『勧持品』の偈(教えの詩)を唱えている時、夢の中でもなく、自分の声の反響でもなく、はっきりと「円位(西行のこと)」と自分の名を呼ぶ声が聞こえたのであった。

其五

 西行がかすかに目を動かして、声が聞こえたほうの暗闇をじっと覗き込んでみると、真っ黒な闇の中を、まるで朽ち木が光っているかのような、霧なのか雲なのか分からないものがぼんやりと白く立ち込めているその上に、何とも普通ではない、ひどく背が高くて痩せ衰え、見るからに恐ろしく骨ばった姿の人が、こちらに向かって静かにたたずんでいた。

 西行はもともと、人間の生と死の境目において数々の修行を積んできた僧侶であるため、そんなものを見ても恐ろしいとは思わなかった。そこで、「『円位』と私を呼んだのは、いったいどなた様でいらっしゃるのですか?」と尋ねてみた。
すると、「嬉しいことに、わざわざこうして訪ねてきてくれたものだな。私が誰であるのかなどと今さら尋ねる必要はあるまい。枝の先を吹き抜ける激しい嵐の風のせいで、庭に生える竹の葉から露がこぼれ落ちるように、私もまた儚い露のような命の身なのだ。よくぞ私を訪ねてきてくれたものだ」と、そのお方はお答えになられた。

「あぁ、なんと情けないことか、なんと恐れ多いことか……。それでは、院の御霊(みたま)が今だにこの世を捨てきれず、未練や執着の暗闇の中で彷徨い歩き、こうしてそのお姿を現されたというのですか。あぁ、あまりにも悲しすぎる……!」
そう叫ぶと、西行はたまらずその場に崩れ落ちるように伏せ、あふれ出る涙をどうしても抑えることができなかった。「それにしても、どうしてそこまで思い迷っていらっしゃるのですか。この汚れきった世界をきっぱりとお捨てになられたことは、本当に尊くありがたいことだと感動し、ささやかながら仏の教えをこめてご供養してさしあげたというのに、欲望のあふれるこの世に再びお姿を現されるとは、あまりにももったいなく、そして残念なお心持ちでございます。仮の世にいらした頃には、お上のご心労が安らまないこともおありでしたが、泡のように儚いお体を地・水・火・風の四大元素にお返しになられた今となっては、車輪のようにぐるぐると巡る迷いのお心で、この世の執着に心を動かされたりすることなく、生まれ変われば前世の記憶も忘れ、煩悩のちりが消えればたちまち清らかになり、汚れのない仏の国にお帰りになられることこそが、私たちが心から願うことでございます。やがてはこの愚かな僧も、肉体が滅び骨が散るその時を迎えましたなら、広大な仏の誓いを頼りにして彼岸へと渡り、楽しい御許(おもと)に参って仕えまつるつもりでございます。どうか迷わないでください、迷わないでください。そもそもすべての出来事は夢や幻のようなものであり、この世で権力を握り栄え誇ることも、空中に飛び散る水滴が、太陽の光を受けてわずかな間だけ七色の輝きを放つようなものと何ら変わりません。また、身を縮こまらせて苦しみもだえることも、暗い夜道を歩く子どもが、木の影を妖怪の姿だと見間違えて急に叫び声をあげるようなものです。ですから、調子が良い時も現実ではなく、落ち込んでいる時も現実ではなく、喜ぶことすらはかないものなのに、どうして世の中の出来事に本当の実体などあるでしょうか。このように聞き及んでおります。『恨みや親しいという思いを超越し、あらゆる悪しき世界から永遠に抜け出し』、結局のところは一瞬にしてお心を切り替え、『常に生きる喜びと満足の心を抱き、尽きることのない楽しみを受け』、仏の教えの味わいを永遠にお楽しみください――と、心を込めていさめたてまつりますと、院の御霊は雲の合間に響くような御声で、からからと異様に笑われておっしゃいました。
『愚かだな、悟りの教えを説いたところで、仏も今やわが敵だ。涅槃(ねはん)も煩悩のない境地も、認めるものか。かつて人間たちはわが光を奪い、我を地獄の暗闇へと突き落とした。今や我は、人間たちを涙の底に沈め、わが冷笑の一声の響きのもとに葬り去ろうとしているのだ。よく見てみるがよい、お前よ。徐々に姿を現しつつあるこの世の乱れは、いったい誰の仕業だと思うのか。沢のホタルが天に舞い、暗闇の中の執念がこの世に燃え盛るのだ。私は暗闇の中で動き、暗闇の中で行動し、暗闇の中で笑い、暗闇の中でくつろぐ、地底の岩根にある常闇(とこやみ)の国の大王なのだ。正しい教えの水があるうちは、魔道の波もいつかは途絶えるかもしれないが、仏に五百の弟子がいるならば、我にも六天八部の配下がいる。過去・現在・未来のすべての仏や菩薩たちの力など、この世のどこにあろうか。ただむなしく人の舌から人の耳へと飛び移り、またいたずらに耳から舌へと現れ出てさまよい歩くだけのことだ。わが眷属(けんぞく)である、闇から闇へと伝い歩く悪鬼どもは、人間の肺腑(はいふ)に潜り込み、人の心や肝や骨髄にかじりついて、絶えず血を求めて飽きることはない。見よ、見よ!魔界の神通力をもって毒の炎をあの者の胸にあおり立て、激しい炎をこの者の目からほとばしらせ、弱い者には恨みを抱かせ、強い者には怒りを爆発させ、やがて東に西に黒雲が狂い立つような世の中にし、北に南に鋭い鋼(はがね)の光が交差する時を呼び寄せ、憎らしいと思う人間どもに、かつて我が味わったつらさを思い知らせてやるまでだ。朝廷にすさまじい祟りをなして、この天下をめちゃくちゃにかき乱してくれようぞ。』
そうおごそかに、そして威厳をもって言い放たれると、西行はあまりの恐ろしさに、滝のように流れ落ちる熱い涙をぐっとこらえ、恐れおののきながら、わずかに顔をもたげたのでした。」その六

「それはあまりにもお気の毒で、見当違いなお言葉でございます。もったいないとは存じますが、世俗を離れた身であるがゆえに、あえて包み隠さずにお気持ちを申し上げましても、わずかばかりは罪も軽かろうとお許しいただけるのではないでしょうか。そこで言葉を遮り、私の思うところを試みに申し上げます。

お怒りになお気持ちは本当によくわかりますが、若き修行者が怒りに任せて手を出さないように、私たちはどうやって忍耐の心を修めればよいのでしょうか。身の程をわきまえずに申し上げますと、この世にとどまって暮らす場所もないほどに、つらいお立場に遭遇されたのですから、それを世の中を捨てて仏の道に入る絶好のチャンスとなさってください。いよいよ深い仏の教えの海へ、浅瀬で騒ぐような心を注ぎ込み、遠い彼岸へ向かって、この世の岸辺からなかなか離れられない迷いの船を出発させてください。

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