お題目を唱える声の裏では散らかりがちな心をしっかりと収め、禅の修行の合間には和歌を詠むことに思いを馳せ、のんびりと自らを楽しんでいると、ありがたいことに三世の仏様のおぼしめしにも叶ったのだろうか、俗世への執着が日一日と薄れていき、胸の内が水をたたえたかのように穏やかになった。罪や障害が刻一刻と消え去り、両方の肩が風を担いでいるかのように驚くほど軽くなったのを感じる。
振り返ってみれば、過去の生き方はすべて間違いだった。
今となっては、いったい他に何を求める必要があろうか、いや、何もない。贅沢をしようと思えば、クマの足の裏の炙りものだって、食べるにはそれほど美味しく感じられないものだ。しかし、心が満ち足りるのにまかせれば、鳥の足を繕った粗末な衣だって、身にまとうには立派で素晴らしい衣装となる。ましてや、つる草がからまる窓さえも思い切って捨ててしまえば、明るい月が私を慰め、松の木が立つ軒先へとやって来ては、心地よい風が私と戯れてくれる。なんと趣のある、素晴らしい住まいではないか。南無仏、南無仏、あぁ、なんと良い庵なのだろう、あぁ、なんと素晴らしい松の木よ。
長い年月を経て、私の死後の世界を弔ってくれるのはこの松よ――あとを偲んでくれる人もいない、この孤独な私にとっては。
其二
清らかな湧き水のように、私が世に出て再び俗世に戻るなどとは思ってもみないからこそ、見るからに寒々しく澄み切った目をしている私を、なぐさめてくれるかのような一本の松よ。
お前は真冬の季節であってもその色を変えることはないのだから、私も同じように、この仏道を求める心を決して変えることはない。
お前が激しい嵐に揺られて、その鮮やかな緑の光を机の上の経典(黄巻)に散りばめるなら、私もまた風に託して、お香の煙を木々の梢に咲く名もなき花にたなびかせよう。
そもそも、私とお前とは、過ぎ去った遠い過去の世において、いったいどのような深い縁があったのだろうか。こうして互いに心を通わせ、親しく交わっていることも、きっと前世からの深い縁なのだろう。
「草木や国土に至るまで、すべてのものがみな仏になれる」と聞くときは、なおのことこれからの行く末も頼もしく思えるからこそ、私はお前を心からの友としよう。
大いなる悟りの木(菩提樹)の神の昔のことは分からないけれど、わざわざ腕を組み、言葉を交わすことがなくても、松の心というものがあるならば、お前もまた私を友として見ておくれ。
この僧侶が青々とした松の影で眠っていれば、松はまるで老僧の頭を優しく撫でるかのように寄り添う。僧と松とは、なんとぴったりと相応しいことだろう。
私は決してお前を捨てたりはしない。
もしこの場所をも、私が住み飽きてどこかへさまよい出てしまったなら、この松はたった一人ぼっちになってしまうことだろう。
あぁ、心を持たない軒先の松を、寂しい庵のたった一人の友として眺めていたそのうちに、ふと思い出されたのは、松山の美しい波の景色はまぁそれとして、世の中の潮の泡のように跡形もなく消え去ってしまわれた、新院(崇徳上皇)の御事が胸の中にむくむくと浮かんできたのだった。かつてとはまったく異なる、あわれなご身なりになられ、仁和寺の北の院にいらっしゃったその当時、ひそかにおそばに参り、恐れ多くも自らの手でその御髪(おぐし)を落としおろされた時のご立派な御姿を、涙を流しながら、ぼんやりとではあるが拝み奉った、あの夜の月は非常に明るく、その光の影も変わることなく大空に澄み渡っていた、何とも無情であった当時の風情さえも、まるで今まさに目の前で見ているかのようにありありと思い出される。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
本当に、人間の世界のなんと頼りなく移り変わるものよ、どうしようもないことだとは頭では分かっていても、こうして思い申し上げるにつけても、あまりに恐れ多く身震いしてしまう。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏阿弥陀仏。
考えてみれば不思議なことだ、長寛二年の秋、八月二十四日は、あえなくも讃岐の志渡の地でお亡くなりになられた日だと聞いていれば、月こそ違えど、明日はまさにその命日ではないか。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
よし、御陵(お墓)があると聞いている「白峯」という場所へ明日は到着し、御墓の雑草をもきれいに払い、私の心の届く限りの精一杯のご供養を捧げて、ほんのわずかでも来世での御安楽を心からお祈り申そうではないか。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
其三
季節は十月の終わり、場所は人の気配のない荒涼とした山の中なので、見渡す限りの景色はなんとも言いようがなく寂しく、冬の枯れ果てた野原を吹き抜ける風が、物寂しく(蕭々と)衣の裾に当たり、散り積もった落葉は歩いていく細い道をすっぽりと埋め尽くして、足を一歩踏み出すごとに「カサコソ」と、まるで小さな生き物がささやいているかのような音を立てる。そんな中を、足元をしっかり確かめながら進んでいく(※※然として歩む)西行。
「仏たちの中でもっとも尊く、この世のすべての父親であり、あらゆる生きとし生けるものはみな私の子供である。しかし彼らは俗世の楽しみに深く執着し、真理を悟る知恵の心を持っていない……」などと、『法華経』の譬喩品(ひゆほん)の教え(偈)を口の中でブツブツと唱え続けながら、後ろをついてくる自分の影を唯一の友として、ようやく山へと差し掛かり、次第次第に山道を分け登っていく。すると、力のない冬の太陽はいつの間にか光を弱め、時雨が降りそうな空の雲があてもなく行き交い、「後ろの山は晴れるのかな」と見れば、前の山はたちまちのうちに曇り出し、激しい嵐に追われ、濃い霧に遮られながら、九十九折(つづらおり)の険しい崖の道を伝って、自分が歩いてきた道筋さえもわからなくなる頃には、これから進むべき前方の道もおぼつかないほどに黒々と見渡す限りの深い森へと入っていく。樅(もみ)や柏(かしわ)の大樹は枝を交わし合い、葉を何重にも重ねて、杖を持つ私の手首までをも青く染めてしまうほどに鬱蒼と茂り合い、木の梢に引っかかった松蘿(しょうら/苔の一種)は静かに垂れ下がっている。実際に雨が降っているわけではないのだが、空気中の深い緑色(空翠)が凝り固まって、葉の先から冷たい露がポタポタと滴り落ち、着物の袖も、あたりに立ち込める湿った水気でまるで濡れてしまったかのようである。
噂に聞き及んでいた「児が岳(ちがたけ)」とは、今まさに白い雲に侵されている、峨々(がが)と天に向かってそびえ立つあの峰なのだろうか。それならば、このあたりにこそ、あの方の御墓があるはずだと、ひそかに心を配るその瞬間にも、見る見るうちに何千尋(ひろ)もの深い谷底から、霧がもうもうと(漠々と)湧き上がり、風に乱れて激しく渦巻き、崩れ落ちる雲と一体となって、たちまちのうちに大地に白い布を引き渡したかのようにあたり一面が真っ白に包み込まれる。息をするのさえも苦しくなり、四方を見渡しても霧が遮っていて、天地の間はただ白一色、自分の足元さえもはっきりと見えないほどだ。
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