初級翻訳・二日物語 第9話

二日物語

同じ悟りを目指す大切な友、浄土へ向かう旅の仲間、仏縁をこの世で結ぶなら今しかない、声をかけるなら今だ!と思い切って、数珠を擦る音に似せた声で、ふと自分の抑えきれない涙があふれ出てきて詠んだ歌の調子はいいかどうか分からないけれど、西行は思わず急いでこう詠みかけました。
「おや、相手は初めて自分以外の人がいることに気づき、思いがけないことにびっくりして、「なんと仰ったのですか? もう一度お願いします」と、心を落ち着かせて問い返しました。
私の声が聞き取りにくかったのだろうと思ったので、「思わず入り込んで擦る数珠の音のその声がとても澄んでいたので」と再び同じ歌の続きを言うと、相手はそれ以上言わせず、
「あなた様でいらっしゃったのですか! ああ、どうしてこんなところに……」と、涙で震えたおろおろとした声で、言葉もめちゃくちゃになりながら、わっと身を投げ出してしがみついてきたのは、声を聞き間違えようはずもない、その昔「おじいさんやおばあさんになってもずっと一緒にいようね」と深く誓い合った、私の最愛の妻でした。
嫌になって別れた仲ではなく、子どもまで産み育てて語り合った仲ですから、男である西行でさえ心が揺さぶられます。ましてや女性にとっては胸がいっぱいになり、何か話そうとしても言葉が出てこない様子でした。まるで冷たい大岩に寄り添う、香り高い蘭(らん)の花のようになかなか離れがたく、ただただ涙で濡れた姿で見えるばかりでした。西行は、ぐっと気持ちをしっかり持って心を張りつめさせ、そっと女の手をやさしく振りほどきました。そして、このように言い聞かせました。
「おおい、仏様の御前でそんなに声を荒らげて泣くものではないよ。私はすでにこの世への未練を断ち切った、痩せ衰えたお坊さんなのだ。そんなふうにしがみついて、いったい何を嘆いているというのかね。もっと心を落ち着かせて、ゆっくり話しておくれ。昔のことは昔のこと、今のことは今のことであり、いつまでも終わった昔のことをグチグチと繰り返して言うものではないよ。どんなことだって、すっかり仏様にお任せしなさい。私たちがいつまでも心をとらわれて引き止めたりするような、そんな世の中じゃあもうないのだからね」
そうやって西行が諭すと、女は涙を流しながら、こう答えました。
「それではあなたは、今の今まで、私がまだ世俗の世界に残って普通に暮らしているとお思いでいらっしゃったのですか? 灯りの光が暗くてよく見えないとはいえ、大体の姿形くらいは見当がつくでしょうに。あなた様が保延の時代に家を出てお坊さんの道に入られてからというもの、夜の鐘の音も、朝の鳥の鳴き声も、聞くたびに悲しさが胸を締めつけました。春の花も秋の月も、風流に眺める気になど到底なれませんでした。片親のいない子どもが賢く育っていくのを見るにつけても、私は胸を痛め、心を深く傷つけておりました。けれども、どうせ終わりがない無駄な嘆きをいつまでも続けるくらいなら、この世のことはすっぱりと諦めて、来世こそは必ずや仏様に救っていただこうと決意したのです。そして、娘を九条の叔母にお願いして預け、あなた様の後を追いかけさせていただきました。あなた様と同じ仏の道に入り、高野山の麓にある『天野(あまの)』という場所で、これまでずっと仏道修行を続けてきたのでございます。
それにしても、あなた様を心置きなく送り出し、お心のままに家を出て行かせてさしあげたあの昔から、愛しい我が子を他人に預けて世間を捨てた今の今まで、世の常として悲しくないことなど一体どれ一つあったでしょうか。あなた様と別れました年は、私の年齢もまだほんの二十歳を少し越えたばかりでした。また、幼い子どもを手放した時は、その子がまだ六歳という、何をとってもかわいそうでならない時期でございましたよ。年老いてから夫に先立たれる場合であっても、人は泣いて泣き足りるということは聞きません。まだ言葉も話さない赤ん坊を失った時でさえ、気が狂うほど悲しむのは母親の情というものです。それなのに、これから先も長く続く人生の中で、あなた様とは何の方の因縁もなしに突然お別れすることになり、一番可愛い盛りに幼い子どもまで見捨ててしまったその悲しさが、どれほど途方もないものだったか、あなた様にもご想像いただけるでしょう。
けれど、それほどの筆舌に尽くしがたい悲しみさえも、女の胸の奥で歯をくいしばって耐えに耐え、まるで鬼女や蛇神のように激しい心でここまで生き延びてこられましたのは、私自身の悲しみを悲しみと思わず、ひたすらにあなた様の喜びを我が喜びとしてきたからでございます。あなた様とお別れしてから十年以上が経った今の今になって、今さら終わった昔のことをグチグチと蒸し返すようなことを口にしてしまったのは、私のなんと愚かで、情けないことでしょうか。あなた様はすっかり私のための導き手(知識)となってくださいましたから、私はあなた様を恨むどころか、かえってこのように再会できたことを心から嬉しく、ありがたく思っております。あの世でたとえどうなろうとも、もし再びあなた様にお逢いできたなら、あなたが家を出て行かれた後の私のこれまでの暮らしぶりもすべてお話しして、心から立派にこの浮世への執着を断ち切ることができましたね、というあなた様からの温かいお言葉をいただきたいものだと、これまでずっと心に思い描いておりました。
あなた様とお別れした当時は、この人生の中で二度とお言葉を交わす機会など二度と訪れるまいと諦めきっていたのに、まるで夢の中の出来事のようにはかない今宵のこの不思議な逢瀬は、長年の心労も少しは報われたような心地がして、本当に嬉しゅうございます」
女はそう言って、細々と身の上を語りました。

ちょうどその時、吊り灯籠の中の灯りの油は、今やもうすっかり使い果たされて、まさに消えようとする最後の一瞬の明かりが、パッと明るく強い光を放ちました。その一瞬の光の中で、朧げながらにお互いの姿が見えました。極彩色ではない、地味な修行僧の衣に身を包み、ぼんやりと寂しげに座っている姿や、厳しい修行によってすっかりやつれ老け込んだ顔立ちは、昔の華やかさはもうどこにも影もありません。
「これが、かつての我が妻なのか、それとも夫なのか……。ああ、なんと健気で、心根が可愛らしく、そして懐かしいことだろう」
西行が我を忘れて思わずぐっと近寄ろうとしたその瞬間、ふっと灯りが完全に消え去り、再びすべてが真っ暗闇の元の世界へと戻ってしまいました。
すると西行は、もう一度しっかりと座り直し、このように語りかけました。
「よくぞここまで、この浮世への執着を思い切って断ち切られたものだね。出家して仏の道に入る縁というものは実にさまざまであり、順調な時も逆境の時も、正しい道もそうでない道もいろいろとあるものだが、ただひたすらに極楽浄世への往生を遂げることが最も尊いのだよ。昔の私たちは世間一般の夫婦の絆で結ばれていたけれど、今の私たちは、この世を超えた真の仏の道の交わりを結んでいる。お前は私にとって、悟りへと導いてくれる大切な菩提の善友であり、浄土へ共に向かう尊い旅の仲間だ。本当に喜ばしいことだ。

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