娘は、高野の別所にあるという菩提の友を訪ねようと言って、風のように飄然と旅立っていったのだ。その後のことは私も知るよしもない。
ツバメが忙しく飛び回り、ウサギが自らの毛を剥ぎ取るように、親というものは皆、自分を犠牲にして苦しむのが世の習いである。だからこそ、我が子を思わない親などいるはずがない。しかし、物質的な欲に満たされた満足を与え、世間的な栄華の限りを味あわせることは、まるで木切れを与えて泣いている子どもをあやすようなものであり、それ以上に愚かなことなのだ。世を捨てる人間が、果たして本当にすべてを捨てているだろうか。いや、むしろ俗世間にしがみついている人間こそが、本当の意味で大切なものを捨てているのだ。
だから、どうか幾重にも仏様を心から頼りなさい。もうこの世には、心を残すべき未練など何もないのだから」
西行はそこまでハッキリと言い切ると、ピッと口を結んで、もう二度とそれ以上は何も語りませんでした。月はやがて沈もうと西の方へ傾き、御堂の戸口から差し込むその光はまるで水のように冷たく、ただまっすぐに座して合掌する二人の姿を、まるで闇の中に浮かび上がらせるかのように、御堂の暗がりの中へと明るく照らし出したのでした。
(明治三十四年一月「文芸倶楽部」)
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