初級翻訳・原子力の切手 第1話

中谷 宇吉郎

いま、アメリカでは「原子力の平和利用」をテーマにした切手が売られています。
アメリカ大陸が描かれた地球と、ユーラシア大陸が描かれた地球。二つの地球を並べて原子核に見立て、その周りを電子が回る軌道の輪で囲んだデザインです。
この種の記念切手としては、なかなか素晴らしい構図だと言えるでしょう。
(ちなみに、実物の切手は青色で印刷されています)

切手の真ん中には「原子を平和のために」というスローガンが掲げられ、その周りには「人間の創造力は、人生を豊かにするために捧げられるべきだ」という意味の言葉が添えられています。
この標語のセンスはそこまで洗練されているわけではありませんが、アメリカ人はこういったキャッチコピーを作るのがとても上手です。そして、さまざまな人種が混ざり合って暮らすこの国で、世論をひとつにまとめるのに、それが一役買うことがよくあるのです。

今さら言っても仕方のないことですが、第二次世界大戦が始まる直前、アメリカの世論は日本との戦争に対して、決して前向きではありませんでした。
ところが、真珠湾(パールハーバー)への奇襲攻撃がきっかけとなり、アメリカ政府はすかさず「真珠湾を忘れるな(リメンバー・パール・ハーバー)」という標語を掲げました。これによって、国内の世論を一気に戦争へと突き動かしたのです。
この標語は、戦争が終わってからも、長い間郵便物の消印として使われていました。

話を元に戻しましょう。こうして原子力平和利用の切手まで発行しているということは、アメリカ政府が今回の原子力プロジェクトに、相当本気で取り組んでいる証拠だと言えます。
日本政府は国内の「アメリカの言いなりになるのか」という批判に悩まされていますが、アメリカ政府にもまた別の悩みがあります。
それは、国民の大切な税金を使って研究した成果や資材を、外国へ無料で分け与えるのはおかしい、という国民の声を抑え込まなければならないからです。
民主主義の国というのは厄介なもので、何をするにも国民にいちいち説明して、納得してもらわなければ物事が進みません。
だからこそ、こうして切手などを発行して、「原子力は平和な目的のために使うんだよ」と国民に宣伝しているのでしょう。

もちろん、やっていること自体は良いことなので、新聞なども積極的に政府を応援しているようです。
漫画にも、そういったテーマが時々登場します。
例えば、労働者が鉄板を溶接している絵があって、そこから散る火花が「原子力を平和に」という文字になっているもの。
その横には西洋風の鬼がしゃがみこんでいて、すぐそばには「原子力」と書かれた刀の鞘(さや)だけがポイと捨てられている……といった具合です。
まあ、非常に分かりやすい、原始的な漫画ではあります。
ですが、伝えたいメッセージは誰が見てもすぐに理解できます。

最近の科学の進歩は、アメリカに限らず世界の主要な科学先進国において、ものすごいスピードで進んでいます。
原子力の平和利用についても、これらの国々が本気で取り組めば、私たちが思っているよりもずっと早く、実用化される日が来るかもしれません。

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