初級翻訳・四葉の苜蓿 第1話

四葉の苜蓿

1

 夏がやってくる少し前、村の集会所の広場では、こぶしの木に真っ白な花が咲きます。
 まだ集会所は閉まったままですが、花が咲いている間は、日曜日になると村の子どもたちがその木のまわりで楽しそうに遊んでいます。
 その花が散って、すっかり青葉におおわれる頃になると、夏を過ごすためにやってきた人たちが、集会所を出入りし始めます。
 ちょうどその頃から今度は、村の古いホテルの裏塀に沿って、村で一番美しいと言われるさるすべりの木が、これまた真っ白な花を咲かせます。
 ホテル側は「この木は昔からうちのものだ」と言い、道ひとつ隔てた隣の便利屋は「いや、昔からうちの家のだ」と言い張って、お互いに譲ろうとしません。そのせいで、もう十年もの間、ホテルの塀の外側で、便利屋の目の前という、どっちつかずの目立たない場所にその木はあります。村で一番美しいさるすべりなのに、人々にあまり気づかれることもなく、だからこそかえって、そのつつましい美しさをいっそう深めながら、いつも夏のはじめになると花を咲かせ続けていました……。

2

 イギリスの田舎にでもありそうな、古い家具が鈍く光っているような、そんな村の古いホテルが、ついに廃業して人手に渡ったという話を聞いたのは、去年の夏のはじめのことでした。
 買い手は、ベッドや他の家具をすべて競売にかけて、建物だけをどこかへ移して工場に建て替えるつもりだそうです。
 それも、仕方のないことでしょう。
 ですが、それにしても、少し惜しいホテルでした。
 私はそのホテルでひと夏お世話になり、『麦わら帽子』という小説を書いたこともありました。また、そのときの日記を短編風に書き留めたりもしました。
 その翌年の夏も、私はよくそのホテルへ食事をしに行きました。その際、仲良くなった年配のボーイさんから、「冬になって村が雪に埋まり始める頃、外国の方たちがクリスマスを過ごしにやってきて、このホテルはまたいっぱいになるんですよ」という話を聞き、少しうらやましく思ったものです。
 そこで私はその年の冬、わざわざクリスマスの前日に東京からやって来ました。
 しかし、その年の冬は暖かかったのか、こんな山の中だというのに雪は少しもなく、ホテルに着くと人影もなくてひっそりとしていました。
 それでも声をかけてみると、ようやく奥からおかみさんが出てきて、「今は休業中ですから」とぶっきらぼうに断られてしまいました。
 本当に休んでいるのは確かなようだったので、私は仕方なくホテルを出ました。雪がなくても寒さは一人前の村の中を、つまらなそうに歩いてみたあと、夕方の汽車に乗って隣のO村へ行き、仲の良い宿屋に泊めてもらいました。
 そこで聞いた話では、その村では最近、不正事件が起きていて、村長をはじめとする顔役たちが何人も捕まっている最中だということでした。
 なんと、あのホテルの主人もその一人だったのです。
――
 楽しそうなクリスマスの話を聞いて、わざわざ東京から出てきたのに、その年はそんなわけで自分も馬鹿を見たものです。ですが今考えると、その頃からこのホテルの影は薄くなっていたのでしょう。
 今日からそのホテルで家具の売り立てがあるという噂を耳にしたので、私はつまらなそうにパイプをくゆらせながら、村の真ん中にありながら今はすっかり見捨てられたようなホテルの中へ入っていきました。
 またしても、私は騙されたのでしょうか。
 ホテルは売り立てどころか、まったく人気がありません。留守番をしている男たちも、今はホテルにはいないようでした。
 ただ、その男たちがそこで寝起きしているのか、昔、私が人生のドラマの一部を見て楽しんだホテルの広間には、ベッドや台所道具が足の踏み場もないほど散らかっていました。
 何度呼んでも返事がないので、私は構わず、勝手知ったる食堂のほうへ、食器類をまたぎながら歩いていきました。
 大きな食堂は、あんなにあったテーブルも椅子も一体どこへ片づけてしまったのか、ひとつも残っておらず、気味が悪いほどがらんとしていました。
 なんだかどこか暗いな、と思ったら、西の窓を覆っていた藤棚がすべて崩れ落ち、建物に倒れかかったまま窓をすっかり塞いでいたからでした。
 私はその空っぽの食堂の中を、かえって明るい北向きの窓に沿いながら、その先へと通り過ぎていきました。
 この食堂では、昔はよく土曜日の夜になると、踊りが好きな外国の方たちが中心となって自分たちのテーブルを片づけさせ、蓄音機をかけて質素なダンスパーティーを催したものです。
 年老いた外国人の夫婦が抱き合いながらいつまでも踊り続けたり、母と息子らしい二人がゆっくりと踊ったり、姉妹らしい二人が軽やかに舞ったりしていました。
 時折、簡単なワルツのような曲が始まると、日本人の若い人たちがそれに遠慮がちに参加することもありました。
 その中にはいつも、真っ白な服を着た少女がいました。その少女の踊る姿は、まるで楽しそうに散歩をしているかのように軽やかでした。私はいつも藤棚の下のテラスに出て、その頃はまだ少し気取ってパイプをふかしながら、そんな和気あいあいとしたダンスの様子を眺めていたものです。
テラスの下まで攻め寄せてきている雑草の群れの中では、もう秋の虫たちがすだいて鳴いていました。
ときどき、レコードから流れるワルツの曲がまったく聞こえなくなってしまうほど、虫の声が騒がしくなることさえありました。
……そんな瞬間、窓の内側では踊っている人たちが一組ずつ、音もなく、まるで心に浮かぶイメージのように現れては消えていきました。そんな窓の中に、真っ白な服を着た少女が、上気したような顔をして立ち現れるときは、私は思わずその少女の姿から目を離さずにはいられませんでした。
彼女はあまりにも幸福に輝いているように見えたからです。
そしてそれが、気の小さい私を、なんだかはらはらさせるほどでした。
……
 そういえば、その白い服の少女ばかりではありません。私の知っていた昔の少女という少女が、今の少女たちとは比べものにならないくらい「少女そのもの」であって、それ以上でもなく、以下でもなく、ただ少女だけが知ることのできる幸福を、みんなそれぞれに知っていたような気がします。昔の少女たちよ、君たちはどう思うか? ……。
昔の少女の一人を思い出すと、それと一緒に、昔私の知っていた少女という少女が残らず浮かんできます。――そうした少女たちを一人だけ切り離して思い出すことはできないので、私はその少女たち全員に呼びかけながら、昔は得意そうにしていたパイプを、この頃はいかにもつまらなそうにくわえたまま、倒れている藤棚の下をくぐり抜けて庭の中へ下りていきました。
ひどく草が茂っていました。
ひどいときには私の胸元くらいの高さまで伸びているので、私はパイプを口から外し、草をかき分けて進んでいかなければなりませんでした。
ようやく、一面にクローバー(苜蓿)だけが生えている小高い場所に出ることができました。
四葉のクローバーは
人の近づく足音に
耳を傾けている

 そう、四葉のクローバーの側からすれば、本当にそんなもどかしさでしょう。

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