そこで私は、非常に疲れていてもう一歩も動きたくないほどでしたが、激しい好奇心に駆られて、再び家を出たのです。
私の家は向島にありました。
向島から駒形までは歩いて行くよりほかありません。
それに、その方が一番早かったのです。
私は、人の気配のない川岸の、真っ暗なサッポロビール会社の建物の横を通り過ぎながら、ふと思いました。――さっき受け取った無名の手紙は、実は夜の呼び出しではなく、ただのいたずらではないか。宿屋の名前など使っているけれど、もともとそんな宿屋はこの世に存在しないのではないか、と。
……そうして駒形のあたりを散々探し回ったあげく、どうしてもそんな名前の宿屋を見つけられなかったとき、私は危うくその考えを信じそうにさえなりました。
まさに諦めかけたその瞬間、二つの大きな商店に挟まれた、ひどく小さな宿屋を見つけたのです。――門の上に「すみれや」という小さな看板がなければ、普通の家と区別がつかないような建物でした。
私は何か間違っているのではないかと思いながら、その宿屋に入りました。
中に入るために体を横にしなければならないほど、入り口は狭いものでした。
すると、一人の年老いた女が私を迎えました。
枯れた花束のような、薄気味悪い微笑を浮かべながら。
「お友達がお待ちですよ。二階の五番のお部屋に」
「なんていう人だい?」
「お名前は存じません」
そしてその女は、私を部屋へ案内しようともしませんでした。
私は一人で階段を上っていきました。
「連れ込み宿」というものを、私はそれまで知りませんでしたが、たぶんこんな家のことを言うのだろうと思いながら。
私は返事を待ってから、五番の部屋に入っていきました。
するとそこには、意外なことに、私の友人の秦(はた)が一人きりでいたのです。
秦はなんだか泣いているように見えました。
秦は私よりもずっと年下でした。
まだ二十歳になったばかりだったのです。それにもかかわらず、彼は私たちと一緒にカジノへ通い、お酒を飲み、平然と女の話にも加わっていました。
そして彼は稀にしか、私に自分たちの年齢の隔たりを意識させることはありませんでした。
ところが、今、彼は私の前で、二十歳という自分の本当の年齢の姿をさらけ出していたのです。
今、私の前で彼を正体もなく泣かせているものは、私自身がすでに失ってしまった、初恋の言いようのない苦痛であると、私は一目で理解しました。
果たして彼は私に、自分の恋を打ち明けました。
その恋の相手とは、カジノ・フォリーの踊り子の一人でした。
それこそが、私たちの賛美の的である小松葉子だったのです。
彼は私に、自分が彼女を欲しがるようになったのは、実は私が彼女を欲しがっているのを知ったからだ、と言いました。
自分の欲望というものは、私の欲望というランプに照らされて、初めて輪郭を現したものだと言うのです。
そして彼は、そうした欲望を私には少しも悟らせず、こっそりと一人で彼女を手に入れようとしていたことを、泣きながら私に詫びました。
そこで私が、自分はその踊り子を素晴らしいとは思うけれど、決して彼が考えているような欲望は抱いていないのだと、いくら言い聞かせても、彼はそれを信じようとはしませんでした。
そして彼は、話を続けました。
その夜の十二時過ぎ、彼はほとんど通行人の途絶えた、冷たい影に満ちた水族館のあたりを、一人でぶらぶら歩いていたそうです。
彼は、すっかり閉め切られた水族館の二階の窓から、かすかな灯火のようなものが漏れ、さらには音楽のような音まで聞こえてくるので、まだ踊り子たちが稽古をしているのだろうと思いながら、そこをなんとなく立ち去りがたく感じていました。
彼は、水族館の裏口に近いトタン塀の陰に身を隠すようにして、あちらこちらに一人、あるいは二、三人で佇んでいる男たちの影を認めました。
彼らは踊り子たちが稽古を終えて出てくるのを待ち伏せているらしかったのです。
十二時を過ぎたことを告げるように、ひやりとした空気の流れが、絶えず彼の間を行ったり来たりし始めました。
やがて、水族館の裏門が静かに開きました。
そしてそこから、青いマントにくるまった、長い髪の少女が出てきたのです。
小松葉子だ、と彼はその少女をはっきりと確認できたわけではありませんでしたが、直感的にそう思いました。
それと同時に、彼は塀の陰に隠れていた幾組もの人影が動き出すのを認めました。
そのとき、他の誰よりも早く、突然一つの木陰から現れて、彼女のそばへ進み寄った一人の男がありました。
男はその少女に何か二言三言話しかけたようでした。
少女もそれに何か答えました。
そして、闇の中からたくさんの目に貪るように見つめられているにもかかわらず、二人は実にもっともらしく平然と肩を並べて、そこを立ち去っていったのです。
秦は二人の後を追いました。
そして、これから二人がどこへ行くのか、それを突き止めたいと強く願いました。
彼は、自分のひそかに愛する少女が、ただその男に家まで送らせているだけなのだと信じようとしました。
それにもかかわらず、彼女を送っているのが自分ではないという不幸が、彼の心臓を締め付けました。
彼は注意をその男の方へ向けました。
男は彼と同じくらいの年齢の少年らしく、滑稽なくらい大きなハンチングをかぶり、わざと大股で歩くような歩き方をしていました。
その少年は間違いなく、彼が友人たちと「あれは男装した女ではないか」と噂し合っていた、あの少年に違いありませんでした。
そして彼の心の中に新鮮に生き生きと蘇った、その謎の少年に対する好奇心は、自分の心臓を締め付ける苦痛のあまり追跡を諦めようとする弱気な心に、打ち勝ったのです。
そして彼は、なおも彼らの跡をつけて行きました。
彼らは全く人影のない仲見世を風のように通り抜け、雷門のところから吾妻橋の方へ曲がっていきました。
しかし彼らは橋を渡らずに、材木町の通りを厩橋(うまやばし)の方へ向かって行きました。
彼らは一体どこへ行こうとしているのか。
彼はその辺りの地理をあまり知りませんでした。
そして、二人の跡を追いながら、すっかり寝静まった両側の見知らぬ町を、まるで深い眠りそのものの中を通り抜けていくようにしか感じられませんでした。
彼は少し勇気がくじけるのを感じました。
思わず立ち止まり、背を向けようとしました。
しかし、彼はそのつまらない決心をすぐ後悔しました。
彼は再び追跡を続けようとしました。
しかし、彼はもはやそこに彼らを見出すことはできませんでした。
彼らはどこへ消え去ったのか。
彼は夢中になってその辺りを探し回りました。
そして、ようやく彼らがそこへ入ったのだろうと思われる一軒の家を、その二階の窓にだけ灯光がパッとついていることによって見つけ出しました。
彼はその家へと近づいていったのです。それは、外見からは普通の家とほとんど見分けがつかないような、小さな宿屋でした。
彼はそこに長く立ち止まってはいませんでした。
彼は、自分もその宿屋の中へ入る決心を固めたのです。
彼は宿屋の女主人の心付けを弾んで味方にし、先ほどの二人が入った部屋の、隣の部屋を手に入れました。
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