初級翻訳・豆自伝 第1話

堀 辰雄

私が四歳の五月の端午の節句のとき、お隣から出た火事で、私の五月のぼりも五月人形もみんな燃えてしまった。
その火事のあまりの恐ろしさが、私にものすごく強いショックを与えたせいで、それまでのいろんな記憶が、跡形もなく消えてしまったらしい。
子供のころをテーマにした作品は、「幼年時代」「三つの挿話」「花を持てる女」などに書いた。
昭和二年、二十四歳のとき、「ルウベンスの偽画」の最初の原稿ができた。
二十七歳の秋、「聖家族」を書き上げたあとに血を吐いて、次の年の春まで、向島の家で寝て過ごし、それから夏まで信州の富士見高原にいた。
八月に軽井沢へ行って「回復期」を書いた。
私はそれより前、第一高等学校に通っているころから、室生犀星さん、萩原朔太郎さん、芥川龍之介さんたちと知り合いになり、そのころから、佐藤春夫さんの作品と人柄をとても好きでいた。
昭和八年の夏、軽井沢で一人の少女と巡り会い、次の年の夏の終わりに、その病気を患った少女と婚約した。
しかしその年の冬に、少女は富士見の療養所で、短い一生を終えた。
昭和十三年、三十五歳のとき、前の年の夏に信濃追分で知り合った女性と鎌倉で結婚し、住まいを軽井沢に決めた。
いま私は信濃追分のかりのまいにいる。
この浅間のふもとで、病気を療養するようになってから、もう五年の年月が過ぎ、また凍てつく雪の冬を迎えようとしている。

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