ジム・ブラック、ジム・ブラウン、ジム・スミス……実は、「ジム」という部分が彼の本当の名前であるというケースは少なくありません。
理由は簡単だからです。呼び名はたいてい一般的なものを使うのが普通ですから、慣れ親しんだ名前を使っておくほうが都合もよく、正体がばれる危険も少ないからです。
さて、この二人の女性の氏名を照らし合わせてみましょう。
どちらも「夫人」であり、名前は「F」で始まっています。
おまけに、姓の一つは「フランシス」です。
すると、この「フランシス」が姓ではなく、下の名前ではないかと仮定できないでしょうか。
「フランシス某夫人」――この頭文字のFを取って、二つの名に「F・フランシス夫人」「F・デイヴィス夫人」と、その場ですぐに思いついて書いたものだと考えても、あながち見当違いではないはずです。
とにかく、看護師は全員が州の名簿に登録されています。
その中から探していくと、「フランシス」という名の夫人が三人載っていました。
この三人の看護師の写真を手に入れて、問題の家の隣に住む主婦、ハイランド通り六二一番のシュワイツア夫人にそれを見せると、彼女は迷うことなく、そのうちの一人を指さして「隣の六一五番の家で見かけた女だ」と証言しました。
その看護師の名は、フランシス・メイスン夫人。
Mrs. Frances Masen。
猟場はどんどん狭まっていきます。
獲物は案外、目と鼻の先に潜んでいるようです。
すると、聖マテオのノース・ファースト通り九十四番地という場所に、パセコという牛乳配達の少年が住んでいることがわかりました。
六一五番の台所に転がっていた牛乳の空き瓶から、ガフ刑事がこの少年を突き止めて尋ねていき、万が一にもという期待を込めて被害者アイネ・リィドの写真を見せたところ、エディ・パセコは言いました。「この女」なら確かに「あの家」にいて、自分は彼女に牛乳を売っていた、と。
しかし、それも二日限りのことで、三日目には裏口のいつもの場所に置いてきた瓶が、何日経ってもそのままになっていたそうです。
思わぬ確証を得て小躍りしたガフ刑事は、次に六一五番の家に出入りしていた荒物屋を突き止め、アイネとフランシス・メイスン夫人の二人の写真を見せました。するとそこでは、はっきりとは覚えていなかったものの、先頃あの家にいた二人の女と一人の男のうち、「その二人の女」に違いないと言います。
ここで初めて、一人の医師の名前が浮上しました。
「男は、君たちの知らない人物でしたか?」
大した期待もせずにガフ刑事が尋ねると、
「いえ、男のほうは、ノウスカット先生でしたよ」
という返事です。
意外な好転に勢いを得て、サンフランシスコのマテスン主任の部下から、フレッド・ラットセイ、ウィリアム・ミリキャンの二人の刑事と、女性巡査キャザリン・オコナアの三人が、ガフの応援として聖マテオへ急行しました。
ノウスカット医師の専門技術、信用度、素行、女性関係などについての調査報告も、本人が知らない間に、立ちどころに一通り揃いました。
早速、ノウスカットにはミリキャン刑事が、看護師のフランシス・メイスンには女性巡査キャザリン・オコナアがつき、昼夜を問わず厳重な尾行が始まりました。
捜査がここまで解明されてくると、鈍重だと思われがちなアメリカの警察も、事務処理に関してはなかなかの速さを見せます。
医師ノウスカット。
一八九四年、ミシガン大学医学部を卒業。
一九一五年までカリフォルニア州オークランド市で開業し、傍ら同州カルファックスで個人療養所を経営していました。
しかし経営に失敗してプレイサー郡へ移り、まもなくサンフランシスコに出てホイットカム・ホテルの客室で診療に従事していました。
その後、聖マテオ市サン・イネス・アベニューに住み、同市の西部製糖会社の嘱託医も兼ねていたのです。
二度結婚しており、逮捕時、妻はホイットカム・ホテルに残されていました。
以前からたびたび非合法な手術を手がけており、昔のオークランド時代にもアンダスンという女性を同じように堕胎手術で死なせた事実などが、かつてノウスカットに雇われていた看護師エレン・フレイザアの口から漏れ、これが決定的な証拠となりました。
同時に、サンフランシスコのジャクスンという医師が、アイネ・リィドの状態についてノウスカットから相談を受け、手術への立ち会いを求められて拒絶した事実も判明し、もはやノウスカットの運命は決まりました。
今までは野放しにしながらも目を光らせていましたが、もう容赦はできません。
聖マテオのウイスカッチル料理店で食事をしているところへ、ガフ、ラットセイ、ミリキャンの三刑事が踏み込み、食卓からそのまま連行しました。
秘密裏に捜査を進めていたため、世間がすでに迷宮入りの事件の一つとして忘れかけていた時の、突然の犯人逮捕でした。
これには新聞記者たちが大慌てです。
暴動のようにマテスン主任の部屋へ雪崩れ込みました。
鉛筆の包囲網、カメラの襲撃。その時発行された新聞の特別版には、「赤十字美人看護師の復讐、ついに成る」といった見出しがでかでかと掲げられ、まるで自分たちが捕まえたかのように大見得を切る新聞社まであるのでした。一体どんな騒ぎだったことか。そして、警察と協力し合うふりをしながら、実は激しく競い合っていた憲兵隊や軍部が、まんまと警察に先を越されてどれほど悔しがったか、想像に難くありません。
捕まったノウスカットは、色黒で大柄な男でした。
身長は五フィート七インチ。体重は百七十ポンド。きれいに髭を剃り落とした、鋭い顔つきをしています。写真で見る限り、アメリカ人によくあるタイプの容貌です。
だいぶ着古した黒のツイードのスーツに、黒いソフト帽を深くかぶり、その瞳はまるで酔っ払いのように充血しています。数々の修羅場をくぐり抜けてきた経験と、わずかな良心が残っていることをうかがわせる、血走った眼です。それは、ギャンブラーや頭の切れる犯罪者、競馬狂といった連中に見られる、どんよりと冷たい光を宿した眼でした。どこかラテン系か、あるいはアメリカ先住民の血がうっすらと混じっているのではないか、そんな印象を与えます。
写真班の一団が「写真を撮るぞ」と殺到すると、ノウスカットは英雄気取りで手を挙げて制しました。
「待ってくれ。今、髪を整えるから」
そう言って内ポケットから櫛を取り出すと、悠々と髪を分け直します。
「後に残るものだからな、できるだけいい男に撮ってくれよ」
カチリと、カメラのシャッターが鳴りました。
「その写真代はどこで払えばいいんだ?」
ノウスカットはズボンのポケットに手を突っ込み、金を出す真似をして笑いました。
「代金は現金係へ願います」と写真班の一人が言い返すと、
「ああ、裁判長が決める刑罰という形でね」と返しました。
これがノウスカットという男の正体です。
この逮捕の少し前、看護師フランシス・メイスン夫人の告白によって、ノウスカットの罪はすべて明らかになっていました。
彼は、妊娠五ヶ月のアイネ・リィドから非合法な手術を依頼されたのです。
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