初級翻訳・地底戦車の怪人 第6話

地底戦車の怪人

自分が見つけたんです」
「ちょっと見せろ。この林檎はどこにあったんだ」
「軍曹どの、半分ずつ食べることにしましょう。自分にも残してください」
「食べるのは後回しだ。おいピート、この林檎は食いかけだぞ。お前、早いことやったな」
「いいえ、うそです。自分はまだ一口もかじっていません」
「それは本当か? ほら見ろ。ここのところに歯型がついている。お前がかじらなければ、誰がここをかじったんだ」
「さあ? とにかく、まだ自分は決してかじっていません」
「じゃあ、いよいよこれは変だぞ。お前がかじらず、俺がかじらないとすれば、この生々しい林檎の上についている歯型は、一体誰がつけたんだろう?」
 二人はぞーっとして、互いに顔を見合わせました。
 そして、どちらからともなくかすかにうなずくと、次の瞬間に二人はひしと寄り添って抱きついていました。
「わっ、幽霊が、あの林檎をかじったんだ」
「ああ、幽霊の歯型! やっぱりこの戦車の中には、ゆ、幽霊がいるんだ!」
 歯型のついた怪しい林檎は、二人の勇士を震え上がらせました。
 一体、どういうことなのでしょうか?

   林檎の幽霊

 本当に、幽霊がこの地底戦車の中に巣くっているのでしょうか。鼻の下に鉛筆で描いたようなちょび髭を生やしたパイ軍曹は、こんな最新型の戦車の中に幽霊が出るわけがないと、先ほどまで大男のピート一等兵を叱りつけていたのですが、今やその自信は、嵐の中の帆船のように激しく揺らいでいました。
「おい、ピート一等兵」
「へーい」
二人は抱き合ったまま、小声で話を始めました。
「お前、これから戦車の隅から隅まで探して、幽霊がいないか確かめてこい」
「そ、そんな役回りはごめんであります」
「なんだと、お前は上官の命令に背くのか」
「いえ、そんな根性はありません。ですが軍曹どの、自分は生きている敵兵ならたとえ百万人が押し寄せてこようとひるみませんが、死んでいる幽霊だけは一人でも苦手であります」
「お前は本当にあきれた臆病者だな。そんな弱虫とは知らずに、俺は今までずいぶんとお前に目をかけてやったというのに。アイスクリームが一人に一個ずつしか配給されないときだって、俺はひそかにお前に二つ食べさせてやったんだぞ。ああ、損をした」
パイ軍曹はとんだところでピート一等兵をこき下ろしましたが、「アイスクリーム」という言葉を口にしたとき、もうこの戦車の中ではどんな手段を使っても手に入らないその甘美な食べ物を思い出し、知らず知らずのうちに大きなため息が漏れました。
ピート一等兵は軍曹からとめどなく叱られながら、足元に転がっている林檎をじろじろと横目で眺め、生つばを飲み込んでいました。
パイ軍曹は難しい顔をして、広くもない戦車の中をじろじろと見回しました。
幽霊が隠れているとすれば、一体どこにいるのでしょうか。それとも、幽霊というやつは普段は人間の目には見えないのかもしれないから、案外すぐ目の前に立っているのかもしれません。じっと耳を澄ませていれば幽霊の吐息が聞こえるのではないかなどと、いろいろと気を配って幽霊の発見に努めました。
しかし、幽霊がいるらしい気配は一向にしません。
(どうも変だ。俺はどう考えても、こんな新しい戦車の中に幽霊が住んでいるとは思えない)
パイ軍曹はそのとき、こんなことを考えました。
(さっきピートと二人でこの戦車の中に飛び込むとき、船員か戦友がちょうど食べかけていた林檎を、二人のどちらかが靴の先で蹴飛ばして、この戦車の中に転がり込ませたのではあるまいか。するとあの林檎には、歯型のほかに靴で蹴飛ばした跡がついているかもしれない。もう一度あの林檎を拾い上げて、よく調べてみよう!)
林檎と幽霊の関係について、パイ軍曹の悩みは並大抵のものではありませんでした。
パイ軍曹はきょろきょろとあたりを見回しました。
「はて、林檎はどこへ置いたかな」
林檎が見当たりません。
「おい、ピート一等兵。さっきの林檎をもう一度調べたい。林檎はどこにある」
「さあ、どこへいきましたかしら……」
ピートは不思議そうに言いました。
「おい、ピート。そっちへ離れてみろ。猿の子供みたいにいつまでも俺に抱きついていても仕方がないじゃないか。お前がその林檎を尻の下に敷いているのではないか。早くどけ!」
「はい、今どきます」
ピート一等兵は立ち上がりました。
二人は林檎を探しました。ところが、林檎はどこにもありませんでした。軍曹はピート一等兵のポケットの中まで探しましたが、林檎はありません。もちろん、自分のポケットにもありませんでした。
「どうも変だな。今そこらへんにあった林檎が、どうしてなくなったんだろう。これはますます不思議だ」
パイ軍曹の顔が、また一段と青ざめました。
すると、ピート一等兵が手で自分の口をふさぎながら言いました。
「あっ、わかりました。軍曹どの、林檎が見えなくなったわけがわかりました」
「お前にわかったのか? どういうわけだ」
「つまり、あの林檎も幽霊だったんです。林檎の幽霊だから、突然林檎の姿がかき消すように見えなくなってしまったというわけです」
「なるほど、林檎の幽霊か。そういうことがあっても不思議じゃないな。ああ、気持ちが悪い!」
「ああ軍曹どの。林檎の幽霊! ああ、恐ろしいですなあ」
そう言いながら、ピート一等兵は胃袋の中からこみ上げてくるげっぷを、手で必死におさえました。林檎の匂いがするそのげっぷを……。

早業

パイ軍曹が林檎と幽霊の関係について思い悩んでいる間に、ピート一等兵は隙を見てその林檎を失敬し、皮も種もすべて自分の胃袋へ送り込んでしまっていたのでした。
すばらしい味でした。
彼は生まれてこの方、こんなにうまいものを食べたことがないと思ったのです。自分の胃袋が、いつまでも生き物のようにうごめいているのがはっきりと分かりました。おかげで、ピート一等兵はたいへん元気づきました。もう、幽霊もなにも怖くはありません。

ピート一等兵の元気とは対照的に、パイ軍曹は、突然姿を消した「林檎の幽霊」のことで二重の恐ろしさをひしひしと感じ、ますます顔を青くして縮こまっていました。南極の凍りついた海底深く落ち込んだうえに、人間の幽霊のほかに、林檎の幽霊にまで苦しめられるとは、なんという情けないことでしょう。軍曹はしゃがみこんだまま、頭を抱えて考え込んでいました。

それを見ると、ピート一等兵は少し気の毒なような、おかしいような気分になりました。ですが、笑うわけにもいきません。そこで、彼は軍曹に声をかけました。
「軍曹どの、このままじっとしていては、われわれは死ぬよりほかありません。ですから思い切って、この地底戦車を動かして、ニューヨークまで帰ってみてはどうでしょうか」

パイ軍曹は顔を上げると、あきれ顔で言いました。
「ばか。ニューヨークまで、こんな地底戦車に乗って帰れるものか」
「しかし軍曹どの。われわれ軍人は、常にそれくらいの気力は持っていなければならないと思うのであります」
「それは分かっている。しかし、ニューヨークまで帰るには何ヶ月かかるか分からない。その間、重油をどうするんだ。

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