そこから、川の工事用のトロッコのレールが、うねるように続いています。
中洲の上には草のようなものがまばらに生えていて、その端に流刑囚の小屋と、監視人の小さな家がありました。
二人ずつ鎖でつながれた八人の流刑囚たちは、トロッコに座ったり、地面に直接座ったり、シャベルを突いて立ったりして、首を垂れ、モローゾフ教授の話を聞いていました。
苦しみが額に刻まれています。
誰もが鉛のような顔色をし、ぼんやりと焦点の合わない目をしていました。
裸足。
むっとするような獣の匂い。
剃り上げられた不気味な頭。
足を引きずるような歩き方。
感情を失った、沈んだ態度。
酷使されすぎて、どんなことにも何も感じなくなった家畜のような、ぼんやりとした様子でした。
はだけた胸の上には、いくつもの光る横縞がついています。
その痛々しいムチ打たれた跡が、長い流刑生活の証でした。
日本人。
これこそが、十年前にカムチャッカで、船ごとオホーツク海の鉛色の海へ沈んだと思われていた、篁(たかむら)栄二郎たち八名だったのでした。モローゾフ教授の後ろで、婦人速記者のナターシャ・イワーノヴナが、高く積み上げられた線路のレールの上に小妖精のような格好で腰をかけ、陰気に指の爪を噛みながら、じろじろと八人の様子を見下ろしていました。
ナターシャは、日本とロシアのハーフでした。
父はウクライナ人。
母は、ほっそりとしていて、眼差しの美しい日本女性でした。
長崎の山の風景や、屋根の低い灰色の家並みがぼんやりと記憶に残っていましたが、それもすぐに忘れてしまいました。
五歳の時には、もう父と二人だけでペトログラードに住んでいました。
ところがその父も、商用でシベリアのノヴゴロードへ行くと言ったきり、帰って来ませんでした。
捨てられたのです。
ナターシャは、日本の港町の風景をぼんやりと思い出します。
この八人は、そこから来た人たちです。
ソ連の荒々しい辺境で、足を鎖で結び合わされながら、ソ連の川の治水工事をさせられている。
ソ連のために!……なにか屈辱に似た感情が、心をかすめました。
この獣のような人間たちのために、なぜ自分が屈辱を感じなければならないのか。
彼女は想像の中で、美しい英雄的な生活をいくつも味わってきました。
愚かなものや、悲惨なもの、敗北したものなどを見るのを好まなかったのです。
たぶん、そのせいだろうと思いました。
心の中では、また別のことを考えていました。
モローゾフ教授の丁寧な言葉遣いが、ナターシャをいらだたせます。
こんな獣たちにあんな回りくどい言い方をして聞かせている。
モローゾフ教授は尊敬に値する人ですが、やはり部分的には間違っています。
ナターシャはモローゾフ教授を尊敬しています。
それに、いくぶん愛の感情も混ざっていました。
「冷淡な人間だけが間違いを犯さない」。
ナターシャは、教授のその冷淡なところに惹きつけられていたのです。
ナターシャは、教授がシルーキンを撃ち殺したことを、自分の個人的な利益のためにやったのだとは思っていません。
確実に、モローゾフ教授のような天才的な頭脳は、博士のいまいましい間違いの犠牲になって、ロバトカ山のマグマ地帯の中でなど滅びてはいけないのです。
モローゾフ教授がようやく説明を終えて、ゆっくりと煙草に火をつけながら、自分の話がどれほど響いたかを確かめるように、代わる代わる八人の顔を眺めはじめました。
何の効果もありませんでした。
八匹の家畜たちは、物憂そうに首を垂れたきりで、もぞりと身動きひとつしません。
この男たちは、もうどんなことも感じる力がなくなってしまったのです。
教授の提案の意味を理解できたなら、歓喜のあまり飛び上がるはずなのに、喜びどころか溜息ひとつ吐こうとしません。
恐ろしいほどの鈍さです。
モローゾフは舌打ちをしました。
(獣め!)
そして、ナターシャの方へ振り返りました。
二人の心はすぐに通じ合いました。
ナターシャは、キュッと唇の端を歪めて見せました。
一番近くに座っていた男が、ようやく顔を上げました。
どんよりと濁った魚のような目をしています。
鼻筋の横を、ハエがいそがしそうに這い回っています。
「……すると、なんですか……その、火山の噴火口へ入ると地面の下を通って、日本まで行けるというのですか……」
モローゾフ教授は愛想よく笑いました。
「そうですよ。樺太の西海岸の恵須取山(えずりやま)へ出られるんです。ひょっこりとね」
「……そこを、歩いてさえ行けば、ひょっこりと……ひょっこりと……」
そこまで言うと、急にぐっと口を閉ざしてしまいました。
モローゾフが付け足しました。
「日本へ出られるんですよ。……つまり、私は諸君を日本へ帰してあげようと、そう言っているのです」
また、深い沈黙が訪れました。
長い沈黙。
一番向こうの端にいた小柄な男が、足を踏み替えました。
鎖がガチャンと鳴りました。
「……恵須取といえば……おらが家のすぐそばだ……おらが家の……」
これがきっかけでした。
獣たちは一斉にわめき出しました。
叫びとも唸りともつかない、腹の底から絞り出すような声で、
「あー、あー……」
と、犬の遠吠えのように呻きつづけるのです。
「あーん、あーん」
そうこうするうちに、涙がゆっくりと流れ落ちてきました。
どこからこれほど涙が出てくるのかと思われるほど、目からも鼻からも溢れるように流れ出し、顎から喉へ、喉から胸へと滴り落ちました。
ぞっとするような、狂気じみた興奮が一同を包み込みました。
それぞれが地面の上に身を投げ出すと、両手の爪を蟹のように曲げ、すさまじい号泣を続けながら地面をかきむしります。
向こうでは、地面の上をごろごろとのたうち回りながら、手で土をすくっては、泣きながら自分の頭にふりかけています。
お互いに反転し合うので、鎖が絡み合って、二人の身体をひとつに引き締めていました。それからというもの、彼らは互いに抱きつき、まるで相手を押しつぶしてしまうのではないかという勢いで、ごろごろと転げまわりました。
トロッコの上に腰をかけていた一組の男たちは、シャベルを手に取ると、「わう、わう」と獣のように吠えながら、ゆっくりと土をすくっては、トロッコの中へ投げ込みました。
高低さまざまな泣き声が、惨めなハーモニーを奏でながら、いつまでも響き続けます。
そのうちの一人が、まるでうがいでもしているような苦しげな声で叫びました。
「ああ、どんなだべな……どんなだべ」
恵須取山の火口を抜けて、十年ぶりに日本の景色を一目見たとき、自分たちは一体どんな気持ちになるのだろう――そう言いたいのでしょう。
それを聞いた途端、皆の感情は崩壊しました。
少し落ち着きかけていた号泣の声は、これで以前にも増して凄まじいものとなりました。
その泣き声の合間を突き抜けて、突然、けたたましい笑い声が響き渡りました。
痩せこけて、大きな目ばかりがぎょろりと光る、影のような老人でした。
右足は膝のあたりまでしかなく、そこに木の副木をあてています。
火がついたような笑い声はしばらく続いていましたが、やがて低いすすり泣きに変わり、彼はこう言いました。
初級翻訳・地底獣国 第5話
久生 十蘭
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