初級翻訳・夢十夜 第4話

夏目 漱石

誰かがかがり火を足したので、遠くの空が薄明るく見えます。
馬はその明るい光を目指して、闇の中を飛ぶように走ってきます。
鼻から火の柱のような息を二本も吐き出しながら飛んできます。
それでも女性は細い足で、絶え間なく馬の腹を蹴り続けています。
馬は蹄(ひづめ)の音が空中で鳴るほど速く飛んできます。
女性の髪は、まるで吹き流しのように闇の中に尾を引いていました。
それでもまだ、かがり火のある場所まではたどり着けません。
その時、真っ暗な道の脇で、突然「コケコッコー」という鶏の声が響きました。女は体を空中に浮かせるような勢いで、両手に握った手綱をぐっと引きました。
馬は前足のひづめを、硬い岩の上に火花を散らすような勢いで突き立てました。
コケコッコーと、鶏がもう一度鳴きました。
女は「あっと」声を上げ、きつく締めていた手綱を一度に緩めました。
馬は両膝を折り、乗っていた女と一緒に、真っ正面へ向かって前のめりに倒れ込みました。
岩の下は、深い淵になっていました。
馬のひづめの跡は、今でもその岩の上に残っています。
鶏の鳴きまねをしたのは、天探女(あまのじゃく)です。
このひづめの跡が岩に刻まれている間、天探女は私の敵なのです。

第六夜

運慶(うんけい)が護国寺の山門で仁王像を彫っているという噂を聞いたので、散歩がてら見に行ってみると、私より先にもう大勢の人が集まって、あれこれと評判を言い合っていました。
山門の手前五、六間(約10メートル)のところには、大きな赤松があり、その幹が斜めに伸びて、山門の屋根を半分隠しながら、遠い青空へと突き抜けています。
松の緑と門の朱色が互いに映え合って、見事な眺めです。
そのうえ、松の位置が絶妙でした。
門の左端が邪魔にならないよう、斜めに切り落とされていて、上に行くほど幅が広くなって屋根まで突き出している様子は、なんだか古風です。鎌倉時代のものでしょうか。
ところが、それを見ている観客は、みんな私と同じ明治の人間ばかりです。
その中でも、車夫(人力車の引き手)が一番多いようです。
客待ちで退屈しているから立っているに違いありません。
「でっかいもんだなあ」と誰かが言っています。
「人間を作るより、よっぽど骨が折れるだろうな」とも言っています。
そうかと思うと、「へえ、仁王様か。今どき仁王を彫るのかい。へえ、そうなのか。私はてっきり、仁王様はみんな古いものばかりだと思っていたよ」と感心している男もいます。
「どうも強そうですね。なんだって言いますぜ。昔から誰が強いって、仁王ほど強い人はいないと言いますからね。なんでも日本武尊(やまとたけるのみこと)よりも強いって言いますからね」と話しかけてくる男もいました。
この男は着物の裾をたくし上げ、帽子もかぶっていません。ずいぶんと教養のなさそうな男に見えます。
運慶は、見物人たちの評判など少しも気にすることなく、のみと槌を動かしています。
まったく振り向きもしません。
高い足場に乗って、仁王の顔のあたりを一心不乱に彫り抜いています。
運慶は頭に小さな烏帽子のようなものを乗せ、素袍(すおう)なのか何なのか、大きな袖を背中で括り上げています。
その様子がいかにも古臭く、わいわい騒いでいる見物人たちとは、まったく釣り合いが取れていないように見えます。
私は、どうして今どき運慶が生きているのだろうと不思議に思いました。
なんて変なことがあるものだと考えながら、それでもやはり立ち止まって見ていました。
しかし運慶のほうは、不思議とも奇妙とも全く感じていない様子で、一生懸命に彫り続けています。
見上げてこの様子を眺めていた一人の若い男が、私の方を振り返ってこう言いました。
「さすがは運慶だな。我々など眼中にない。天下の英雄は、ただ仁王と自分だけだと言わんばかりの態度だ。あっぱれだな」と褒め称えました。
私はこの言葉を面白いと思いました。
それで若い男の方を見ると、男はすかさずこう言いました。
「あの、のみと槌の使い方を見たか。大自在の境地に達しているな」
運慶は今、太い眉を一寸(約3センチ)の高さに横へと彫り抜くと、のみの刃を縦に返すやいなや、斜めに構えて上から槌を打ち下ろしました。
堅い木を一刻みで削り取り、厚い木屑が槌の音に合わせて飛んだかと思うと、小鼻が大きく開いた怒り顔の側面が、たちまち浮かび上がってきました。
その刀の入れ方が、いかにも迷いがありません。
そうして、少しの疑念も抱いていないように見えました。
「よくあんなに無造作にのみを使って、思い通りの眉や鼻ができるものだな」と、私はあまりの感心さに、独り言のように言いました。
すると、さっきの若い男が言いました。
「なに、あれは眉や鼻をのみで作っているんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、のみと槌の力で掘り出しているだけさ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだから、決して間違えるはずがないんだ」
私はこの時初めて、彫刻とはそういうものかと思い至りました。
本当にそうなら、誰にでもできることだと思い、急に私も仁王を彫ってみたくなりました。そこで見物をやめて、さっそく家へ帰りました。
道具箱からのみと金槌を持ち出して裏へ出てみると、この間の暴風で倒れた樫の木を、薪にするつもりで木挽きに挽かせた手頃な丸太がたくさん積んでありました。
私は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始めてみましたが、不幸なことに、そこには仁王がいませんでした。
その次の木にも、運悪く掘り当てることができませんでした。
三番目の木にも、仁王はいませんでした。
私は積んである薪を片っ端から彫ってみましたが、どれもこれも仁王を隠し持っているものはありませんでした。
ついに私は、明治の木には、どうあっても仁王は埋まっていないのだと悟りました。
そして、運慶が今日まで生きている理由も、なんとなく分かったような気がしました。

第七夜

何にせよ、私は大きな船に乗っています。
この船は毎日毎夜、少しの休みもなく黒い煙を吐き出しながら、波を切って進んでいきます。
ものすごい音です。
けれども、どこへ行くのか分かりません。
ただ、波の底から焼き火箸のような太陽が昇ってくるばかりです。その太陽は高い帆柱の真上まで来ると、しばらくそこに止まっているかと思いきや、いつの間にか大きな船を追い越して先へ行ってしまいます。
そうして最後には、まるで熱した火箸を水につけたときのように「じゅっ」と音を立てて、また波の底へと沈んでいくのです。
そのたびに、遠くの向こう側で青い波が、まるで蘇芳(すおう)という赤紫色の染料のように沸き返ります。
すると船は、ものすごい音を立ててその跡を追いかけていくのですが、決して追いつくことはありません。
あるとき、私は船の乗組員を捕まえて聞いてみました。
「この船は西へ向かっているのですか」
船の男は不思議そうな顔をしてしばらく私を見ていましたが、やがてこう問い返しました。
「なぜそう思うんだい?」
「沈んでいく太陽を追いかけているようですから」
船の男は「からから」と笑うと、そのまま向こうの方へ行ってしまいました。
船のどこからか、こんな囃子歌が聞こえてきます。

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