初級翻訳・姫たちばな 第2話

姫たちばな

ただ、橘自身の気持ちとしては、最初はなんだかそわそわするような浮き浮きした嬉しさばかりが先立っていたものの、だんだんと「いったいこの二人はどうなってしまうのだろう」「どうすれば自分の立場がきちんとするのだろう」と、そんな重たい気持ちが一日ずつ増えていくような気がしていました。

おかしなことに、二人はどちらにも素敵な良いところがあって、別々に考えることはできても、「一方の男性に従って、もう一方の男性を悲しませる」ということがどうしてもできなかったのです。
ある男性がじっと見つめてくる瞳の中にある美しさは、「人間の命のぎりぎりの熱さって、こんなものなのだろうか」と思わせるほど、どうしようもなく切ないものでした。
なのに、もう一人の男性のまなざしはただ深い悲しみだけをたたえて、橘をじっと見つめ続けるばかりでした。
もしも瞳の裏側まで見ることができたなら、この二人の瞳は本当は一つの瞳であって、どちらも決して外すことのできないものなのだろうと思えました。

橘は、どちらのことも好きであり、どちらか一方だけを引き離すことなどとてもできないと感じていましたが、自分でもそれが大それたわがままな考えだとは思いませんでした。
年齢も背丈も、手つきの華奢なところも、声や顔色も、そしていつも一人が蘇芳色の衣なら、もう一人もそれによく似た衣をきることも、なんてよく似た二人だったことでしょう。それに、こうして橘一人に通い詰めてくるということについても、今となっては、それを冷たい態度であしらうにはあまりにも気持ちが深まりすぎていて、そんな二人の姿を見つめている自分自身の存在にハッと気づかされていたのです。
そのうえ、若者たちのあふれる若さも言いようのないほど魅力的で、どれをとっても愛しく、二人ともそのまま自分の心の中にしまっておきたかったのです。
けれど、「女の子がそんなふうにあれこれ考えるなんていけないことだ」と言う人がもしいたら、二人の命の燃え上がるような熱さはどうなってしまうのでしょうか。
「女性は物思いにふたってはならない」などと、誰に言い切ることができでしょうか。

だが、橘は、ここまで来てしまうと、やはり「一体自分はどうすればいいのだろう、二人とも会わないままでいるほうがいいのかしら、それともいつまでも門のところに二人を通わせたままにしておいてもいいのかしら」と、ここで初めて行き詰まりを感じました。まるで例の重たい荷物にぐっと寄りかかられるように、身動きがとれなくなっていく圧迫感を自分のまわりに感じはじめたのです。
池のほとりに植え替えたアヤメはとうに花を縮れさせ、釣殿(つりどの)の近くで鶯(うぐいす)の声もだんだん老いていくというのに、二人の男たちは通い続けました。

父親の基経(もとつね)は、長い間ほとんど我慢の限界に達していたかのように、ある日、橘を呼んでこう言いました。
「どちらか一人に決めて、お会いになってはどうだ。こんなに見苦しく、いつまでも二人で通い続けさせるというのは、見ていても気持ちのいいものではないだろう」
「一人の方にお会いすれば、もう一人の方がおかわいそうです。ですから、お二人ともお会いいたしません」
「では、いつまでもこうして通ってくるではないか。世間のウワサも悪くなるばかりだ」
「父上によいお考えがおありでしたら、どうかお聞かせくださいませ」

基経は、いつの日か津の国の男と和泉の国の猟師が、刀を交えるようなことになりはしないかと、二人がお互いを狙い合っている息づかいを感じずにはいられませんでした。
行き着いた果てに、ほんのわずかな弾みで刃を合わせるようになることも、もう目に見えて迫っていました。
それは単に「ずるい」とか「恥さらしだ」といった浅薄な考えではなく、二人の男がどちらも純粋な青年の心一筋で向き合っていることを基経も知っていたからこそ、それがどれほど激しい破滅を見せるのかが分かっていたのです。
かといってこのまま、春も過ぎ去ろうとしている今、いつまでも男たちを通わせ続けるわけにもいきませんでした。
塀を隔てた隣のお屋敷の女房たちの口に上る噂だけでも、基経は早くどうにかしなければと気を焦らせていたのです。
基経自身も、娘にここまで夢中になってやって来る若者たちのいじらしさを、自分の娘をいとおしむ気持ちと一緒に感じるときは、「いっそ息を吹きかけて大切に育ててやりたい」とさえ思いましたが、しかし二人のうちのどの人を選んでいいかさえ分からなかったのでした。
父親としての心からすれば、二人とも娘の夫に欲しいと思うくらい見事な青年だったのです。
ここまで来てしまうと、基経にはもう二人を引き離して見ることができなくなっていました。そして、二人の間に漂う妙な宿命的な雰囲気が、かえって基経の中に、二人の若者に対する父親のような愛情を少しずつ芽生えさせていったのです。
「このままででは、父さんが困ってしまうよ」
「わたくしとても、このままではどうにも……何かよいお考えなど、どこにもございません」

お屋敷の門の前では、津の国の男と和泉の国の若者が、じりじりと往来を行ったり来たりしながら、そうせずにはいられない毎夜の通いを続けていました。
めいめいにおしゃれを凝らした二人は鋭い目を中の庭に走らせ、お世話をする女房たちの動きにも心をときめかせましたが、橘は相変わらず姿すら見せませんでした。
和泉の国の人は皮肉とも悲しみともつかない複雑な思いを、津の国の人はどう持っていいか分からない激しい混乱を抱えていました。そしてそれらの感情は、お互いの意地を張ってどこまでも貫き通さなければならない、そんなぎりぎりのところまで追い詰められていたのです。
「橘という一人の女をめぐる問題」という枠組みを超えて、これはもう人間の命と命の真正面からのぶつかり合いが、どこまでも続けられなければならない――そんな無理やりな状態へと突入していったのでした。はじめのうちはお互いに目を合わせないようにしていましたが、日が経つにつれて、ちらりと交わす視線の中にも「お前また来ているのか」という言葉が浮かぶだけで、あとは冷たくて情け容赦のないにらみ合いしかありませんでした。
津の国の男は、和泉の国の男の顔を見るためにここへやって来ているとしか思えず、どちらも珍しくもない仏頂面を突き合わせるだけで、橘姫の心にしみるような優しい顔を見ることはとうとうできませんでした。
二人の若者の間にあるのは、そんな何もない空っぽな空気だけでしたが、いつでもお互いの目にハッキリと見えてくるのは、いつかどんな拍子に、二人の命がぶつかり合わなければならなくなるかという、相殺せずにはいられない不気味な予感でした。
そしてその予感は、不思議なことに一日一日と膨らんでいき、一日ごとに積み重なっていく重たい荷物のように、ふたりの肩に重くのしかかっていったのです。
二人とも、相手のことを「なんてバカなやつだ」としか思えず、そのバカらしさは、どれだけバカにしてもバカにしきれないほどの、救いようのない虚しさそのものでした。

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