初級翻訳・小公女 第26話

小公女

音を通さないように、壁がもっと厚く造られていればいいのに、とも思いました。
セーラは、そのインドの紳士のことがだんだん好きになりました。大屋敷の家族が好きなのは彼らが皆幸福そうだからでしたが、インドの紳士は不幸そうに見えたので、余計に惹かれたのでした。
紳士は、何か重い病気がなかなか癒えきらない様子でした。台所の人たちの噂によると、彼はインド人ではなくインドに住んでいたイギリス人で、大きな事業の失敗により、一時は命まで失いかけたというのです。彼の事業というのは、鉱山に関わることだそうでした。
「その鉱山からダイヤモンドが出るんだとさ」と、料理番は言いました。「鉱山なんてものは、そう簡単に当たるもんじゃないさ。特に、ダイヤモンドの鉱山なんてものはね」彼は横目でセーラをじろりと睨みました。「わしらは、誰だってそんなことぐらい知っているさ」
「あの方は、お父様と同じ目にお会いになったのだわ」と、セーラは思いました。「それから、お父様と同じ病気にかかっていらっしゃるのね。ただ、あの方は生き残ったというだけのことだわ」
こうしたことから、セーラの心はますますインドの紳士の方へ惹き寄せられていきました。夜に使いに出される時など、窓からあのお友達の姿が見られるかもしれないと思うと、何となしにいそいそとした気分になりました。
そこらに人影のない時には、セーラは鉄の格子につかまって、彼に聞かせるつもりで「おやすみなさい」と言ってみたりしました。
「聞こえないにしても、きっと何か感じてくださるわ。温かい気持ちというものは、窓や壁のような障害物を越えて、相手の心に通じるものだと思うの。貴方はなぜか、心が和んで温かくなるような気がなさらない? 私が外で、あなたの病気がよくなるように祈っているからよ」私、あなたがお気の毒でならないの。
お父様が頭の痛む時してあげたように、私、あなたの『小さい奥様』になって慰めてあげたいわ。
お休みなさい、安らかに。

セーラはそう言うと、セーラ自身も温められ、慰められるのが常でした。
「あの方は、今あの方を苦しめているもののことを、考えていらっしゃるようだわ。
でも、もう失ったお金は戻ってきたのだし、御病気だってじきによくおなりになるのだから、あんな悩ましい顔をなさっているはずはないのに。
きっと何か、別の御心配があるのよ」

もし別の心配があるとすれば、あの大屋敷のお父さんだけは知っているはずだ、とセーラは思いました。
モントモレンシイ氏は、よくインドの紳士を訪ねました。
モントモレンシイ夫人も、子供たちも、時々紳士を訪問しました。
病人は、上の二人の女の子――あのセーラがお金をもらった時、馬車の中にいたジャネットとノラを可愛がっているようでした。
病人は、子供に対して――殊に小さい女の子に対して、やさしい気持ちを持っているようでした。
ジャネットとノラも、非常に病人になついていました。
「小父様は、お気の毒な方なのよ。
私達が行くと、小父様は元気が出るのですって。
だから、静かにしていて、元気のつくようにしてあげなければならないわね」

ジャネットは長女でしたので、弟や妹が暴れ出さないように、気をつけていました。
病人の様子を見て、よい時にはインドの話をしてもらったり、疲れたようだと思うと、あとをラム・ダスに頼んでそっといとまを告げたり、そんな気使いをするのもジャネットでした。
子供たちは皆ラム・ダスが好きでした。
ラム・ダスに英語が話せたら、きっと面白い話をたくさんしてくれるだろう、と思っていました。
インドの紳士は、名をカリスフォドといいました。
ある時、ジャネットが彼に『乞食じゃない小さな娘』に出会った時の話をすると、カリスフォド氏はひどく心を惹かれたようでした。
更にラム・ダスが、彼女の屋根裏部屋で猿を捕まえた話をすると、ますます心を動かされたようでした。
ラム・ダスは、屋根裏部屋の中の様子を、目に見えるように話しました。
その話を聞くと、カリスフォド氏は大屋敷の主人に言いました。
「カアマイクル君、この近所には、そんなひどい屋根裏がきっとたくさんあるのだろうね。
そして、たくさんの惨めな少女たちは、そんな堅い寝床に寝ているわけだね。
それなのに、私は枕の上に身を投げて、財産という重荷に押しつぶされ、悩まされぬいているのだ。
しかも、その財産というのは、大部分私のものじゃないのだ」

「いや、しかし」カアマイクル氏は元気づけるように言いました。
「そう自分ばかり責めるのは、早く止めた方が、あなたのためにいいですよ。
たとえ貴方が、全インドの富をことごとく持っていたところで、世の中から災いをなくすわけにはいかないでしょう。
この近所の屋根裏部屋をことごとく改築したところで、他の方面の屋根裏部屋は、やはり惨めな状態にあるということになりますからな。
それまで改築しようっていうのは、無理ですよ」

カリスフォド氏は、炉の火を見つめて座ったまま、爪を噛んでいました。
「どうだね。
あの例の子が――私の忘れたことのないあの子が――ひょっとして――いやほんとに、隣家のその気の毒な娘みたいな境遇におちこむようなことも、ないとはいえないだろう」

「もし、パリのパスカル夫人の学校にいた子が、あなたの探している娘だとすると――」カアマイクル氏は、なだめるように言いました。
「あの子は、何不自由なく暮らしているはずですね。
そのロシア人は、非常なお金持ちで、死んだ自分の娘と仲よしだったというので、あの子をもらい受けたという話ですからね」

「そして、パスカルという女は、あの子がどこへ連れて行かれたかは、ちっともご存じないのだからな」

カアマイクル氏は、肩をすぼめました。
「何しろ、あの女は抜け目のない、俗物のフランス女ですからね。
父親を失って、仕送りの絶えたあの子を、うまい具合に手放すことができたので、大喜びだったらしいですよ。
すると、養父母たちは、あとかたも見せず行方をくらましてしまったわけさ」

「だが、君は、その子が、もし私の探している子であったら、と言うんだろう。
『もしも』とね。
『確かに』じゃないんだ。
それに、名前も少し違うっていうじゃないか」

「パスカル夫人は、カルウと発音したようです。
――が、ちょっと発音を間違えただけじゃないのですかね。
境遇は不思議なほどよく似ています。
インドにいる英国士官が、母のない娘の教育を頼んだというのですからね。
しかも、その士官は破産して死んでしまったというのですからね」カアマイクル氏は、ふと何かを思いついたようで、少しの間口を閉ざしていました。
「ですが、その娘さんは確かにパリの学校に入れられたという話なのですか? 間違いなくパリだったのですか?」
カリスフォド氏は、いら立ちと切なさを隠しきれない様子で口を開きました。
「いや、君、私には確かなことなど何一つないんだ。私はその子も、その子の母親というのも一度も見たことがないのだからね。ラルフ・クルーとは少年時代からの親友だったが、学校を出てからはインドで会うまで、ずっと離れ離れだった。私は巨大な鉱山計画に没頭していたし、彼もまた夢中になっていた。

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