飢えきったロンドンの浮浪児の少女が、夢中でパンをひったくり、貪り食っているのを見捨てて、セーラは「さようなら」と言いましたが、少女は食べることに夢中でしたから、礼儀を知っていたとしても、セーラに一言お礼を言う暇もなかったに違いありません。
まして彼女は、礼儀などというものは少しも知らない、野獣のような存在だったのです。
セーラは車道を横切って向こう側の歩道に辿り着いたとき、もう一度少女の方を振り返ってみました。
少女はまだ食べるのに夢中でしたが、かじりかけてふとセーラの方を見て、ちょっと頭を下げました。
少女はそうしてセーラが見えなくなるまで、かじりかけのパンを噛み切りもせず、じっとセーラを見守っていました。
ちょうどその時、パン屋のおかみさんが窓から外を覗きました。
「おや、こんなことってないわ。あの娘はくれとも言わないのに、この乞食にパンをやってしまったんだね。しかも、自分は食べたくないどころか、あんなにひもじそうな顔をしていたのに」
おかみさんは窓の奥でちょっと考えていましたが、何でも様子を訊いてみたくなったので、乞食の少女がいる方へ出て行きました。
「そのパンは、誰にもらったの?」
少女はセーラが行った方に頭を向けて、こっくりと頷きました。
「あの子は、何と言ったの?」
「ひもじいかって」
「で、何と答えたの?」
「その通りだと言ったの」
「すると、あの子はパンを買って、お前にくれたのだね」
少女はまたこっくりと頷きました。
「で、いくつくれたの?」
「五つ」
おかみさんは考え込んで、小声で言いました。
「自分のためには一つしか残しておかなかったのだよ。食べようと思えば、一人で六つ残らず食べてしまえるくらい、お腹が空いていたのにね」
おかみさんは、向こうの方に消えて行くセーラの小さな後ろ姿を見送りながら、いつになく心の乱れるのを覚えました。
「もっとゆっくりしていてくれればよかったのにねえ。あの子に十二個もあげておけばよかった」
それから、浮浪児の少女に向かって言いました。
「お前、まだひもじいの?」
「ひもじくない時なんてありゃしない。でも、いつもみたいに、ひどくひもじくはないわ」
「こっちへおいで」
おかみさんはそう言って、店の戸を開きました。
そして、奥の暖炉を指して言いました。
「さあ、温まるといいわ。いいかい、これから一かけらのパンも得られない時には、ここへ来て『ください』と言うんだよ。あの娘のために、私はいつでもお前にパンをあげるから」
セーラは残った一つの甘いパンで、どうやら自分を慰めることができました。とにかく、それは温かかったし、ないよりはましでした。セーラは歩きながら、小さくちぎって、少しずつゆっくりと食べました。
「このパンが魔法のパンで、一口食べると、お昼ご飯を食べたぐらいお腹が膨らむといいな。そうすると、これだけみんな食べたら、食べすぎてお腹がはちきれそうになるはずだわ」
日はもう暮れかけていましたが、大屋敷の窓にはまだ鎧戸が下ろしてありませんでしたので、内部の様子をちらと覗くことができました。
いつもは父親が椅子に座って子供たちに取り囲まれているのですが、今日は旅にでも出るらしく、母親や子供たちとお別れのキスをしていました。
玄関の戸が開いたので、セーラはいつかお金をもらった時のことを思い出し、見つからないうちに逃げ去ろうとしました。
が、こんな会話は聞き漏らしませんでした。
「モスクワは、雪で包まれているでしょうね。どこもかしこも、氷ばかりなのでしょうね?」というのはジャネットの声でした。
「お父様、ロシアの馬車にお乗りになる?」もう一人の娘が言いました。
「皇帝にもお会いになる?」
「そんなことは手紙で知らせるよ。農民やなんかの絵葉書も送ってやろう。さあ、もう家にお入り。いやにじめじめしているね。お父さんは、モスクワなんかへ行くのはやめて、みんなと家にいたいんだけどな」
彼はそれから「おやすみ」を言って、馬車へ飛び乗りました。
「お父様、その娘さんに会ったら、よろしく言ってくださいね」
ガイ・クラレンスは、靴脱ぎのところで跳ね回りながら言いました。
戸を閉めて室内に戻る道々、ジャネットはノラに言いました。
「あの『乞食じゃない小さな女の子』が通って行ったのを見た? ずぶ濡れで、寒そうな顔をしていたわ。あの子は振り返って、肩越しに私たちの方を見ていたわ」「お母さんのお話だと、あの子の着物は、誰か大変なお金持ちの人からもらったものみたいよ――きっと、もう傷んで着られなくなったから、あの子に回したのね」
セーラは通りを横切って、ミンチン先生の学校の地下室へと入っていきました。
体中がぞくぞくして、今にも倒れてしまいそうでした。
「ギイ・クラアレンスが言っていたあの娘というのは、一体誰のことかしら?」
十四 メルチセデクの見聞記
ちょうどこの日の午後、セーラが使いに出かけて留守にしている間に、屋根裏部屋では不思議なことが起こりました。
その一部始終を目撃したのは、ネズミのメルチセデクだけでした。
彼はセーラが出かけた後を追って、何か食べ物でも落ちていないかと嗅ぎ回っていたのですが、ようやくパン屑を一つ見つけたそのとき、屋根の上で何かがガタガタと鳴る音を耳にしました。
物音はだんだんと天窓に近づいてきたかと思うと、不思議なことに天窓が押し開かれ、そこから黒い顔が一つ、部屋の中を覗き込みました。
続いて、もう一つの顔がその背後に現れました。
その黒い顔の主はラム・ダスでしたが、メルチセデクにそんなことが分かるはずもありません。ただ、黒い男が音もなく軽々と窓から降りてくるのを見ると、尻尾を巻いて自分の巣穴へと逃げ帰ってしまいました。
彼は穴の入り口に平たく座り込み、目を皿のようにして、部屋の様子をじっと見守っていました。
若い秘書役の男性も、ラム・ダスと同様に音も立てず天窓から滑り込んできました。
彼はメルチセデクが尻尾を隠すところをちらりと見て、小声でラム・ダスに尋ねました。
「あれはネズミかい?」
「はい、ネズミでございます。壁の中にたくさん住み着いております」
「へえ、あの子が怖がらないなんて不思議なことだね」
ラム・ダスはその言葉を聞くと、手を上げて少しポーズを作り、慎ましやかに微笑みました。
彼はまだ一度しかセーラと話したことはありませんでしたが、セーラのことなら何でも詳しく語ることができました。
「子供というものは、何とでも友達になれるものでございますよ。私がそっと忍び寄ってここから覗いておりますと、あの子は雀やネズミまで手なずけているのでございます。この家の奴隷のように扱われている娘も、毎日あの子を慰めに来ます。こっそりとあの子に会いに来る小さな子もおりますし、その子よりは少し大きくて、あの子の話を飽きもせず聞いている子も一人おります。女主人などはあの子をまるで人間扱いしておりませんが、それでもあの子は、まるで王族の血でも引いているかのような振る舞いをしております」
「君は、ずいぶん詳しく知っているようだね」
「あの子の生活なら、何でも毎日見て知っております。出かけて行くのも、戻ってくるのも存じ上げております。
コメント