申すまでもなく、当上さま(家光)の血を分けた兄弟であり、将軍の跡継ぎを争ったと思われ、乱行の悪名を負わされて六年前の寛永十年、高崎城に幽閉されて、肉親の兄である家光将軍から、無残な死を賜りました」
「それが、それが、お前たちの父上か」
「兄、駿河太郎は、千代田城に忍び込み、当代の将軍・家光公を親の仇(かたき)と狙って捕らえられ、今日の真昼を期して『稀代の凶賊』という悪名のもとに、錆びた槍で貫かれて殺されることになっております。お願いでございます、道人さま」
月子は、またも泣き伏すのでした。
「よし、よし、救ってやるぞ。心外道人、確かに貴様の兄、駿河太郎の命を引き受けた。私はもはや浮世を絶った物外心外の世捨て人だが、駿河大納言の忘れ形見と聞いては捨て置けぬ。私も昔は、少しばかりゆかりがある」
「道人さま、それは本当でしょうか? ありがとうございます、道人さま!」
心外道人が白衣のまま、膝のチリを払って立ち上がると、月子はもう、飛び上がってその先頭に立ったのです。
穴の外へ出て日差しを見ると、もう昼に近い様子。駿河太郎の命は風前の灯火(ともしび)です。
「さあ、急ぐのだ」
白衣の道人と花のような乙女は、鈴ヶ森まで飛ぶように駆けていきました。
仕置場あらし
駿河太郎はこのとき十六歳。将軍・家光の命を狙うという、世にもたくましい心の持ち主とは似つかわしくないほど、見たところは真に花のような美少年でした。
それが裸馬に乗せられ、鈴ヶ森の仕置場へと引き出され、今日の真昼を合図に、磔柱(はりつけばしら)の上に押し上げられ、錆びた槍で命を落とさなければならないのです。
裸馬に乗せられた駿河太郎は、伝馬町の牢屋から鈴ヶ森まで引かれていきました。
いつもならば、詳しく罪状を書いた高札を立てて、諸人への見せしめに江戸の町々を引き回すのですが、「将軍の命を狙った曲者」とはさすがに書けなかったのか、その高札も省略されました。しかし、もしや仲間の者がいて囚人を奪い去るのではないかと警戒したのか、裸馬を取り囲んだ警備はおそろしく厳重で、町々の野次馬も、うっかりそばへは寄りつけそうもありません。
それでも、将軍・家光の命を狙った曲者の処刑という噂は早くも江戸中に伝わったので、見物の群衆は道の両側を埋め尽くしました。しかし、馬上にて高手小手(たかてこて)に縛られた、前髪姿の美少年の顔を見ると、人々は思わずどよめき、涙に濡れた人々の顔が波のように揺れたのも無理のないことでした。
駿河太郎は、気高い心を持った少年でした。将軍の命を狙うというのに、駿河太郎は決して小泥棒のようなみすぼらしい姿ではありませんでした。曙色に染まった立派な小袖に、精好(せいごう)の袴(はかま)を身にまとい、青白い顔をキリリと上げ、天地の神々に恥じぬその精神は、まるで美玉のように清らかで、後光が差しているかのような威厳を放っていました。
鈴ヶ森の仕置場には、十三間四方の竹矢来(たけやらい)が組まれ、その中央に立てられた磔(はりつけ)柱に、息をつく暇もなく駿河太郎が縛り上げられました。
竹矢来の外側には、十重二十重(とえはたえ)に数千数百の群衆が詰めかけ、思わず「ワーッ」という悲しみの声を上げましたが、続いて警護の役人たちが怒鳴り散らし、頭上で槍や刀をギラリと光らせて威嚇したため、皆は肝を冷やして、水を打ったように静まり返りました。
「さあ、邪魔が入ってはならぬ。急いでやれ」
上役人のひとりがそう命じると、錆びた槍を持った不浄役人(ふじょうやくにん)がふたり、ズカズカと歩み寄りました。「アリャ、リャ!」という掛け声と共に、駿河太郎の胸元へ、二本の槍を十文字にチャリンと合わせました。
この二本の槍を引いて、今度は駿河太郎の両脇からブスリと突き刺せば、槍の穂先は互い違いに左右の肩先から突き抜け、駿河太郎の命は一瞬で断たれるはずでした。その時です。
「待った――その槍、待て!」
声を上げたのは、東側の矢来の外でひときわ目立っていた、総髪で白衣をまとった道者(どうしゃ)でした。
「あッ、心外道人(しんがいどうじん)だ……!」
矢来の外の群衆が、もう一度どよめきました。
「それ、早く、早く!」
邪魔が入ることを恐れた役人が、もう一度急かしました。槍持ちが槍をサッと引き、狙い定めた駿河太郎の脇の下へ槍を突き出そうとした瞬間です。
「待てと言っておるのに!」
二つの礫(つぶて)がどこからともなく飛んできて、ふたりの槍持ちの顔を打ちました。その隙に、白衣の心外道人は竹矢来をメリメリと突き破り、仕置場の真ん中へと飛び込んだのです。
「おのれ、無礼者め! 捕らえて押さえろ!」
役人が立ち上がって声を振り絞ると、数十人の下役人や不浄人足が一斉にどっと押し寄せ、白衣の心外道人を取り囲みました。しかし、その時です。
「や、や、や、あれは何だ?」
周囲の竹矢来が一斉にメリメリと音を立てて破れ、心外道人とそっくりな白衣の道者が七人、禅杖(ぜんじょう)を振りかざして仕置場の真ん中に飛び込んできたのです。
「それッ、ひとりも逃がすな!」
白衣の道者七人の出現に役人たちは驚きましたが、彼らはその三倍、五倍の人数を誇り、万が一に備えた人足まで合わせると、とてつもない数になります。八人の白衣の道者を囲んで争いは八カ所に広がり、しばらくの間、磔柱の上の駿河太郎のことさえ忘れ去られたかのようでした。
「あ、火だ、火だ!」
仕置場の周りからメラメラと炎が燃え上がり、それと同時に煙がわき上がると、あっという間に仕置場全体が、白衣の道者も、役人たちも、そして磔柱の上の駿河太郎の体までをも、すっぽりと包み込んでしまいました。
竹矢来の外でこの光景を見ていた何百何千という群衆の中には、徳川幕府に好意を持つ者ばかりでなく、今は滅びてしまった豊臣家の恩を受けた者もいました。紅顔の美少年・駿河太郎が、世にも無惨な磔に処されるのを見かねて、誰が投げ始めたともなく、大量の礫の雨が八方からバラバラと、慌てふためく役人たちの頭上に降り注いだのです。
その夜、品川沖に浮かぶ一艘の釣り船に、白衣の心外道人と駿河太郎、そして妹の月子が乗っていました。釣り糸を垂れるでもなく、網を打つでもなく、潮の流れに身を任せて、沖へ沖へと船を流しておりました。
もっとも、船頭がひとり同乗してはいましたが、頬かむりをして後ろを向いており、闇の精のように黙り込んでいます。
「道人さま――危うい命を助けていただき、お礼の申し上げようもありません。この上の願いですが、どうかお名前を明かしてはいただけませんか」
駿河太郎は船底に手をつき、白衣の道人を見上げました。心細い灯火が、船いっぱいの荷物と人影を、真っ黒な夜の波の上に描き出しており、遠くから見れば、ただの釣り船にしか見えないでしょう。
「いやいや、私はなすべきことをしただけのこと。本名などと、とんでもない。名乗るほどの者ではないわ」
心外道人は「とんでもない」と手を振りますが、駿河大納言の忘れ形見であり、将軍家光の甥にあたる者に対して、これほど堂々と話せるのは、ただの人間ではないことがあまりにも明白でした。
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