初級翻訳・恐竜島 第17話

恐竜島

ダビット技師は、撮影機を大事そうに頭の上高く差し上げながら、怖々(こわごわ)と下っていきます。

「深い穴だ。木や草がなぎ倒されているぞ。間違いなく、これは恐竜が出入りする穴だ!」
ケンは興奮して叫びました。
玉太郎も伯爵をうながして、穴の中へと下り始めました。

「ふむ……このにおいだ。これが恐竜のにおいなんだ」
伯爵が首を振って立ち止まりました。
何か独特のにおいが、さっきから玉太郎の鼻をついていました。生臭いような、鼻の中を刺激するような嫌なにおいです。

「はっくしょい!」
伯爵が大きなくしゃみをしました。
するとそのくしゃみがケンとダビットにもうつりました。最後に玉太郎も「くしゅん」と、可愛らしいくしゃみをしました。

「くしゃみの競争か? これは一体どうしたことだ」
監督のケンが苦笑いしました。
「思い出したぞ。このにおいは、近くに恐竜のメスがいるという証拠だ。警戒したほうがいい」
伯爵が顔をこわばらせて言いました。
「えっ、恐竜にもメスがいるのかい?」
ケンが調子はずれな声を上げました。
「あはは、当たり前のことを。あははは」
ダビット技師が吹き出して笑います。
「笑いごとじゃない。先へ行く人は、大警戒をしなされ。はっくしょい」
伯爵は後ろで、また大きなくしゃみを一つしました。

穴を下へ行くほど砂が崩れ、枯れた草木が道をふさぎ、前進するのに苦労しました。それでも、この辺りで引き返そうなどと弱音を吐く者は一人もいませんでした。
それもそのはずです。怖いとか危険だとか言いながらも、荒れ狂う大海原を乗り越えて恐竜探検のためにここまでやってきた一行なのですから、一刻も早く恐竜に会いたくてたまらない人ばかりだったのです。

「おや、こんなものが引っかかっているぞ。カーキ色の上着の袖らしい」
監督のケンが、岩と倒れた木の間を抜けようとしたときに、木の枝にそれが引っかかっているのを見つけました。
玉太郎はそれを聞くと、ギクリとしました。すぐにケンのそばへ滑り降りていって、それを見ました。

「あ、これはラツールおじさんの服だ!」
袖のところにペンとフランスの三色旗を組み合わせた刺繍があったので、疑う余地はありませんでした。
「ラツールおじさんは、やっぱりここを下りていったんだな」
下りていったあと、どうなったのでしょうか。その消息は不明ですが、玉太郎は安否を知りたい人のあとを追っているのだと確信し、勇気がわいてきました。

【恐ろしい発見】

下へ行くほど穴の直径は大きくなりました。確かに噴火口の跡です。しかし、下りるほど空気は冷え冷えとして、この島のどこよりも涼しく感じられました。古い火口跡であることに間違いありませんが、かなり大昔のものらしいのです。
やがて火口の底らしき場所が見えてきました。この穴はまっすぐではなく、直径が大きくなり始めたあたりから横へ伸び、大きなトンネルのようになっていました。そのため、ロープを使ってぶら下がらなくても、火口の底へ下りることができました。

あたりは急に薄暗くなりました。穴の奥は真っ暗で、いよいよ気味が悪くなってきます。四つの探検用ライトの光が交差し、それがかえって不安を大きくします。

「いよいよ、この奥に恐竜夫人が寝ているはずだ。みんな準備はいいか?」
いつの間にかリーダー格となった監督のケンが、一同を振り返りました。
「オーケー!」
「注意しておくが、ピストルも銃も、いよいよというとき以外は撃たないことだ。恐竜を驚かせることは、できるだけ避けたほうがいいからね」
「よし、わかった」
伯爵隊長の注意は素直に聞き入れられました。そして一行は、冷え冷えとした土の壁に体をこすりつけるようにして、前進していきました。

「おや、どこからか風が吹いてくるぞ」
玉太郎が重大な発見をしました。
「おお、そうだ。確かに風が通っている」
「やっぱり生臭い風だね」
「いや、さっきの生臭い風とは少し違うようだ」
監督のケンが首をひねりました。

「恐竜の呼吸がここまで届いているんじゃないかね。だとすれば、我々は恐竜夫人が大きく開けた口の前へ出ていて、食べられる直前にいるんじゃないのか?」
ダビット技師が震える声を出しました。
「大丈夫でしょう。ポチがおとなしくしているから、まだ危険は迫っていないようですよ」
玉太郎は自信を持って言いました。
「そうかな。あの犬ころの頭脳は、本当に信頼できるのかね?」
技師は真面目な顔をして、玉太郎に尋ねました。「まあ、信頼するに足りますよ」
「『まあ』とは、気に入りませんね。あの犬は、気が変になることもあるのかね?」
「そうですね……このごろ、時によると急に騒ぎ出すんです」
玉太郎は、この前、汽船の上でポチが見えない何物かに向かってほえ立てたことを思い出していました。

「おーい、早く来い! 光が差し込んでいるところが見つかったぞ!」
前方で監督ケンの声が、強くこだまして聞こえてきました。
今まではそれほど大きな反響はなかったことを見ると、監督ケンが立っているあたりは、壁の性質が急に変わっているのだろうと玉太郎は考えました。
冷たい空気が、少年の頭脳の働きを久しぶりにすっきりとさせてくれたように感じられました。
快報です。この噴火口の途中に横穴があり、それが外まで抜けて、日の光が差し込んでいるのだろうと誰もが思いました。一同は足を速めて、監督ケンのいる場所へと急ぎました。

「うわあッ……すごい……」
悲鳴にも似たケンの叫び声に、一同は驚かされました。
「おーい、来るのはちょっと待て!」
ケンがそう言いました。
「どうしたんだ?」
ダビット技師が、おそるおそる聞きました。
「どうしたって、恐竜がたくさんいるんだ。ええと五頭、いや六頭もいるぞ! 目を回さない覚悟ができていないと、ここまで来て下を覗いてはいけないよ」
六頭の恐竜がいるというのです。それらが白日の光を浴びて集まっているのでしょうか。
「えええッ!」
「うーむ……」
続く三人は恐怖に青ざめ、思わず互いにすがりつきました。果たしてその向こうには、どんなすさまじい光景が待っているのでしょうか。

【恐竜の洞窟】

何がすごいといっても、これほどすごい光景を見たことは、玉太郎にとって初めてのことでした。いや、玉太郎だけのことではないでしょう。大胆なアメリカの映画監督ケンやダビットも、すっかり顔色を変えてしまい、しばらくその場に立ちすくんで一言も口が利けなくなったことからもそれがわかります。
年老いたセキストン伯爵に至っては、もう立っていられず、四つんばいになって岩にかじりつき、わなわなと震えています。しかし伯爵は、震えながらも岩の向こうを熱心に覗き込んでいます。怖いもの見たさとは、まさにこの場の伯爵のことを言うのでしょう。

四人の探検者の心を、かくも恐怖のどん底に突き落としてしまったすごい光景とは、いったいどんなものだったのでしょうか。それは一言で言い表すなら、彼ら四人は突然「恐竜の洞窟」を見下ろせる場所へ出たのでした。
四人が固まっている足元には岩がありましたが、その向こうは大きな空間が開けていて、明るく光線が差し込んでいました。それは巨大なる洞窟でした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました