「やつがいましたか?」
署長が目を大きく見開いて尋ねた。
「いや、ここまで登ってくることはできませんよ。
念のために撃ったのです」
ドスン……と階下で、木の鎧戸(よろいど)を力任せに叩き破る音が響いた。
続いて、窓ガラスが派手に破られた。
しかし、一階の窓にはすべて頑丈な鎧戸が取り付けてある。
そう簡単には侵入できないはずだ。
「警察犬を連れてきましょう。
もう用意してあるんです。
十分とかかりませんよ」
署長はケンプ博士からピストルを借り受けると、外へと飛び出した。
ところが、アダイ署長が芝生の上を門の方へ向かって歩きだし、ちょうど中ほどに差し掛かったときだった。
目に見えない怪物が、突如として署長に襲いかかった。
はじめに、いきなり殴り倒された。
署長はピストルで必死に応戦した。
いったん起き上がったものの、激しく蹴り倒されてピストルを奪われてしまった。両手を上げて家の方へフラフラと歩き出したものの、奪われたピストルを取り返そうと飛びかかったところを撃ち倒されてしまったのだ。
ついにピストルは透明人間の手に渡ってしまった。
二人の警官が、事態を察して駆けつけてきた。
博士は用心深く二人を家の中に迎え入れた。
その時にはすでに、建物の裏手に回った透明人間が、物置から探し出してきた手斧(ておの)で、ガンガンと台所のドアを叩き壊している最中だった。
「あれは?」
「透明人間だ。
ピストルを持っている。
残りの弾は二発……署長は撃たれてしまった」
驚愕する警官たちにそう説明すると、博士は火かき棒を手に取り、台所へと向かった。
二人の警官もそれぞれ火かき棒を握りしめ、その後を追った。
ガンガン……バリバリッと、頑丈なドアが容赦なく叩き破られ、見えない手が突き出したピストルから、博士めがけて二度、火を噴いた。
博士と二人の警官は広いホールへと逃げ込み、ホールへと踏み込んでくる透明人間を包囲するように身を構え、火かき棒を前につき出して敵を待ち構えた。
そこへ、手斧が頭上の高さで恐ろしい勢いですさまじく回転しながら、ホールへと飛び込んできた。
凄まじい大乱闘が始まった。
「ケンプ! きさまとの勝負だ!」
怒りに震える声が響きわたった。
警官の一人が、狂ったように回転する手斧を火かき棒で見事に叩き落とした。
もう一人の警官は、見えない足に足をすくわれて激しく蹴り倒された。
その混乱の隙を突いて、ケンプ博士は窓から庭へと飛び降り、町に向かって必死に走り出した。それに気がついた透明人間は、警官をなぐり倒すと、「ちくしょう!」とさけんで、ケンプ博士のあとを追った。
別荘がつづく高台をかけ抜けると、町へ下るながい坂になっている。
町へにげれば、追ってくる透明人間を、そこで捕えることができると博士は考えていた。
はだしの足音が、すぐうしろに追っている。
博士は走って走って、まっ青になって走った。
砂利や石ころが、ごろごろしている道をえらんで走った。
透明人間との間が少しはなれた。
やっと、町の入口に走りついた。
「透明人間がきたぞーっ!」
さけびながら博士は、町の大通りを、鉄道馬車の駅のほうへ走った。
駅の前に広場がある。
その広場には砂利の山があり、シャベルを持った工夫がはたらいていた。
「透明人間だ、にがすな!」
手に手に棒をにぎりしめた町の人が、わっと飛びだしてきて、博士のゆくての道をふさいだ。
「裏切りやがったな!」
透明人間がま近にきたな、と感じた瞬間、ケンプ博士は、したたかに顎に一撃をくらった。
倒れたところをわき腹をけられ、つづいて胸を重いものがおさえつけ、のどをしめつけられた。
工夫の一人が、博士の上になっている透明人間のせなかを、シャベルでなぐりつけた。
手ごたえがあった。
また、なぐった。
すると、こんどは博士が上になり、警官もくわわって、透明人間の手や足をおさえつけた。
姿を見せない透明人間が、ぐったりとなった。
博士のあいずで、みんな手をひいて立ちあがった。
「あっ……!」
群衆に囲まれた広場の、博士の足もとの地上に、はじめはかすかに、それから少しずつ……半透明の人の形をした物が姿をあらわし、まもなく、若い男の裸の傷だらけの体がよこたわっているのが、見えてきた。
透明人間グリッフィンの最期である。
初級翻訳・透明人間 第27話
海野 十三
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