初級翻訳・新西遊記 第11話

久生 十蘭

そうして10日ほど歩くと、最初の大きな川にぶつかりました。

それはチベットで一番大きな川、ブラマプートラ川の上流でした。氷河が溶け出して流れる、標高5000メートル(1万6000尺)もの高い場所にある川です。マイナス10度の凍りつくような寒風が吹き荒れる中、智海さんは胸まで水に浸かって川を渡りました。
さらに北へ20日、高い山の雪を食べすぎて肺が凍傷(とうしょう)になり、血を吐きながら、まるで幽霊のようにフラフラになりながら、ようやく「弟さん」のテントがある河原にたどり着きました。

ヤクを返すと、テントの主は智海さんの様子をかわいそうに思ったのか、今度は山羊(ヤギ)を貸してくれることになりました。
「ギャトーという町の入り口にムヤツォという男がいるから、そこへ置いていけ」と言われました。

次の朝、たいして重くもない荷物を山羊の背中に載せて、また北へ4日。マナサロワール湖はもう近いと聞いていましたが、行けども行けども、草も生えていなければ人もいない荒野が続いています。

氷河が押し流してきた岩や凍った土は、何万年もの間、ものすごい寒さにさらされて、こなごなに砕けて灰のように軽くなっていました。風が吹くと、それが砂の霧となってふわふわと宙に舞い上がります。
動くものといえば、地面の上を流れる雲の影と、砂が風で描く波のような模様だけ。
すべての生き物が枯れ果てて、音ひとつせず、まるで死の世界のようにしんと静まり返っています。

水一滴も、日陰ひとつもないチャンタンの原っぱで、自分が一粒のゴミになったような気持ちでさまよっていると、ある日、猛烈な砂嵐が吹きつけてきました。
見渡すかぎり広がる野原が、荒れ狂う海のように盛り上がり、湧き立ち、うねり、逆巻き……想像もできないような恐ろしい動きをしながら、荒れ狂い始めたのでした。智海さんは、目の前が真っ白で見えないほどの砂嵐(すなあらし)の中で必死にもがいていました。でも、砂の大波が次から次へと押し寄せてきて、あっという間に胸の高さまで埋まってしまいました。

「せめて山羊(ヤギ)だけでも助けたい!」とギュッと抱き寄せると、山羊は悲しそうな声で鳴きながら、智海さんに体を寄せてきます。
智海さんが山羊をわが子のように抱きしめながら、一生懸命にお祈りを唱えていると、不思議なことにふっと風向きが変わり、砂嵐はどこかへ去っていきました。

それから3日後、ようやくマナサロワール湖のほとりにたどり着きました。
向こう岸に「カン・リンポ・チェ」という聖なる山を眺めながら、お坊さんの宿で一晩を過ごしました。そして次の日、いよいよチベットの都、ラサを目指して最初の一歩を踏み出しました。

踏み固められた道を歩き続けること150日。ラサの次に大きなシカチェという町を通り過ぎ、12月27日、ギャトーという町に着きました。
そこには石造りの家がたくさん並び、人々の様子も都会らしく、寂しかった荒野の旅もようやく終わりが近づいてきたと感じました。

ムヤツォという人を探し出して山羊を返すと、代わりにラバという動物を貸してくれました。
ムヤツォさんは、「ゲンバ・ラという山を下りたところにある関所(せきしょ)の前で、私の弟が酒屋をやっているんだ」と言いました。
通行証をもらうには区長さんの保証が必要なのですが、その弟さんは区長も務めているので、頼めばうまくやってくれるというのです。

次の日、ラバを連れてギャトーを出発し、5日目に岩山のふもとにある大弥勒寺(だいみろくじ)という小さなお寺に泊まりました。
そこで、明治33年が終わりました。
そのお寺に3ヶ月ほど滞在し、明治34年の3月18日、いよいよ旅の最後の道のりに出発しました。

その2日後、ゲンバ・ラという急な坂道を登って、峠の頂上に出ました。
目の下には、四方を山に囲まれた広い野原が広がり、ポツンと離れた2つの丘が島のように浮かんで見えました。
ひとつは富士山に似た美しい丘で、もうひとつは、頂上からふもとにかけて、金色の屋根をのせた真っ白な宮殿がぎっしりと並んでいます。

「世界中の探検家がひと目見たいと願いながら、どうしてもたどり着けなかった聖なる都(ラサ)はここだったのか……」。そう思うと、自分が行ける喜びよりも、あきらめていった人たちの悔しさが胸にこみ上げ、思わず涙があふれました。

坂を下りきったところが、関所の最初の門でした。
その門の前には、お酒を売っているお店があります。
お店の主人は顔が赤くて太った、とても優しそうな人でした。智海さんの保証人になってくれただけでなく、ほかに5人も証人を探してきてくれました。

おかげで最初の関所をすんなりと通り抜け、川を渡って、その日のうちに2番目から5番目までの関所をすべてパスしてしまいました。智海さんは不思議に思うこともなく、誰かに仕組まれたとも気づかずに、安心した顔でラサの街中へと入っていきました。

街の家は2階建てや3階建ての石造りで、正面に白い石灰が塗られていて、遠くからはとても美しく見えます。ところが、いざ中に入ってみると、道には汚いものが流れ、泥んこが膝まで埋まってしまうほどでした。
「これが本当に聖なる都なのか?」と、智海さんはびっくりしてしまいました。

大きなお店は「バルコル」という通りに集まっていますが、どのお店にも客引きがいて、にぎやかに通行人を呼び止めています。
そんなごった返した街の中を、黄色い服を着たお坊さんたちが、荒々しい馬を乗りこなして自慢げに走り抜けていきます。

町外れのお坊さん用の宿に泊まることにした智海さんは、さっそく目的の「一切経(いっさいきょう)」という大切なお経の本を探しに出かけました。しかし、道端にお経を並べて売っているような、小さな屋台のような店ばかりです。

「チベットの一切経はありませんか?」と聞いてまわると、「そんな立派なものは、注文する人が紙を用意して、お金を払って特別に刷ってもらうものだよ」と言われました。
しかも、お経を印刷するための「はんこ(版木)」は、学問の種類によっていろいろなお寺にバラバラに保管されています。だから、ひとつひとつお寺を回って、それらを借り集めなければならないのです。
遠くのお寺にある場合は、わざわざ取りに行くための旅費まで払わなければなりません。

3日ほど広場に通って本屋さんを片っ端から探していると、24、5歳くらいの、前にお坊さんをしていたような男の人が近づいてきました。「チベットの大切なお経を探しているそうですね。お望みなら、いい専門家を紹介してあげましょう」と声をかけてきたのです。
紹介料として、銀貨を10枚いただくと言います。

「それくらいのお金ですむなら」と、智海さんが言われた通りにお金を渡すと、「ではすぐに行きましょう。あの人は暇な人ですから」と、男の人は先に立って歩き出しました。
屋根のついた中国風の石の橋を渡り、ニレやヤナギの芽が青々と育っている広い庭を通り抜けて、その奥にある大きなお屋敷の前までやってきました。

「ここは誰のお家ですか?」と聞くと、「これは宗教の仕事をまとめている大臣のお屋敷ですよ。大臣に会ったら、すぐに銀貨を50枚あげてください。

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