お客さんが来ると、垢で真っ黒に光るあの長い袖で、おわんのふちをグイッと拭いて、「さあ、お茶をどうぞ」とすすめてくれるのです。
「世界中にこれほど不潔な人たちがいるだろうか」と智海さんは思いましたが、すべてはチベットに入るという願いを叶えるためです。わざと汚いままでいる修行だと思って我慢しているうちに、4ヶ月もたつと、智海さんの顔も体も、古い仏像のように真っ黒になり、どこから見ても立派な「高原の人(チベット人)」に見えるようになりました。
村の周りの山々は、いつも吹雪や雪雲に包まれていて、暗くてどんよりしていました。ところが、5月の半ばをすぎると、モヤモヤしていた雲がいっぺんに晴れて、いきなりダウラギリの山の全体が姿を現したのです。
ギザギザの尾根がいくつも重なった向こう側に、首を思いっきりのけぞらせないと頂上が見えないような氷の峰が、信じられないほどの高さでそびえ立っていました。
今まで「あれがダウラギリのてっぺんだ」と思っていたのは、実はふもとにある小さな山の尾根にすぎなかったのでした。
5月の終わりごろ、ギャルツァン(慧憧)がやってきて言いました。「もしトルボ・セーへ行くつもりなら、そろそろ準備を始めたほうがいいよ」
トルボ・セーはダウラギリの向こう側、歩いて10日ほどかかる谷の中にある聖なる場所です。そこにあるお寺には、智海さんが探しているお経の写しがあります。でも、ダウラギリの山は5月までは吹雪で通れず、6月の終わりからは雪がやわらかくなって、これまた通れなくなってしまうのです。
7月の終わりにはもう雪が降り始め、それが次の年の5月まで続きます。つまり、ダウラギリを越えられるのは、5月の半ばから6月の終わりまでの、一年のうちでたったの4週間だけ。もし行ったら、来年の4月までは帰ってこられないということでした。
「それでもいいなら、山の案内人を探してあげよう」と彼は言いました。山の頂上の平らなあたりに、雪のない岩の出っ張りがかすかに見えます。「あそこを越えていくんだよ」とギャルツァンは教えてくれました。
今いるこの村でさえ、すでに標高5000メートルほどあります。ダウラギリの頂上は、少なくとも8000メートル以上はあるでしょう。そんなに高い場所を人が通れるなんて、不思議でならないほどでした。
一週間ほどすると、ダウラギリを越えてカンプゥタンの村に降りてくる人たちの姿が見られるようになりました。彼らは、こっそりと仏教を信じている人や、何か罪を犯して逃げている人など、訳ありの人たちばかり。どっちにしろ、普通の関所はとても通れないような、あぶない身なりの人たちばかりだったのでした。ラサという町から来た人がいたので、そっと様子を聞いてみました。すると、ラサから北へ向かい、チャンタンという高い原っぱを100日くらい西へ進みます。それからマナサロワールという湖のほとりを回って南へ下り、チベットとネパールの境目にある高い山々を越えて、さらに20日くらい南へ歩くと、このダウラギリの山に着くのだそうです。
いろいろな話を合わせると、だいたいそんな道のりになるようでした。
「見張りの兵隊さんはいないの?」と聞いてみると、兵隊どころか、40日に一度くらい羊を飼う人のテントに出会えればラッキーな方で、人間の姿なんてまず見かけることはない、という答えが返ってきました。
どちらにしても、いつかはダウラギリの山を越えなくてはなりません。
山を越えるための言い訳を考えるのは大変だろうなと心配していましたが、これは旅に出る最高の理由になります。堂々と食べ物の準備ができるのは、本当にありがたいことでした。
さっそく準備に取りかかりました。食べ物として小麦粉、炒ったアワ、干しブドウ、塩、トウガラシの粉、カヤの油。それに木のおわんとスプーン、羊の長い毛を内側にして作った「ツクツク」という寝袋、火を起こす道具、薬など、全部で30キロくらいの重さになる荷物を、テンバという山のガイドさんに背負ってもらいました。地図と方位磁石はこっそり靴の中に隠して、カンプゥタンの村を出発したのは、明治33年の6月12日のことでした。
村のはずれにある氷の河(氷河)を渡り、雪が固まった山のひだをたどって歩き、その日は早めにキャンプをすることにしました。
2日目はよく晴れて、やわらかな風が吹いていました。
3つほどの氷河を越えたところで、いよいよダウラギリの険しい斜面に取りかかり、日が暮れるまで一度も休まずに登り続けました。
3日目は、北東の方へと山を回り込むようにして、ひたすら上へ上へと登っていきました。
越えなければならない東側の雪の峰は、まだ2キロくらい高い場所に、見上げるような高さでそびえ立っています。
手早くお昼ごはんを済ませると、岩の割れ目がある切り立った崖に挑みました。
ものすごく高い場所にいるので、ちょっと体を動かしただけで肺がパンパンになり、心臓が口から飛び出しそうになるほど激しく打ち鳴らされます。
雪まじりのものすごい嵐が正面から吹き下ろしてきて、まつ毛に雪の結晶がついて、目が開けられなくなってしまいます。
帽子の耳当ての中で自分の吐いた息が凍って、氷の殻ができ、それが針のようにチクチクとほっぺたに突き刺さります。
そうしてやっとの思いで山の「肩」と呼ばれる高さまで這い上がりましたが、去年の大雪崩で崩れた雪が山のように積み重なっていて、目指していた通り道は通れなくなっていました。
風が当たらない場所を探して、寝袋のツクツクをかぶり、岩の陰に身を寄せましたが、あまりの寒さと、まるでお化けが泣き叫んでいるような風の音で、一睡もできません。
じっと座って、眠っているのか起きているのかわからないような状態でウトウトしていると、夜中ごろ、大雪になってカミナリまで鳴り始めました。
ゴロゴロという雷と吹雪の中で、智海さんは「世界が新しく生まれる音を聞いた」と感じたほどでした。
空が明るくなるのを待って、今度は反対側に山を越えられる場所がないか探しに出かけました。
鉛のように重くなった足を引きずりながら1時間ほど登ると、凍りつくような薄い空気のせいで、山に慣れているはずのテンバさんまで激しくせき込み始めました。
ふと見ると、テンバさんの唇がなくなっています。
顔も唇も同じような土の色になり、唇がアサガオのつぼみみたいに、ギュッと口の中にすぼみ込んでしまっているのです。
なんとも言えない不気味な顔つきでしたが、それを変だと思う気力さえもう残っていません。
空気が足りなくて、今にも息が詰まって死んでしまいそうです。
一歩歩くたびに、4回から10回も呼吸をしなければなりません。たった5歩も歩けば、一度立ち止まって休まないと、心臓が爆発しそうになるのです。
考える力も判断する力もなくなり、夢の中にいるような気分でロボットのように登っていると、テンバさんが何か言いながら上の方を指さしました。
目の前にある氷河から450メートルほど登ったところに、吹雪でボロボロになった岩が2つ並んでいて、その間にザラメのような雪に包まれた通り道らしいものが見えました。
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