「鞘もまだ十分に使えるし、刀の柄についている笄(こうがい)や目貫(めぬき)なんかは、それなりの値段で売れるでしょう。
もういっそ、全部バラバラにして売り払っちまおうかと思っているんですよ」
すると、平五はふいに「ちょっと待て」と言って、その刀を脇に置き、先ほどの短刀をふたたび手に取った。
今度はすっと鞘を払い、じっくりと念入りに刃の反り具合を眺め、それから目釘(めくい)を抜いて刀身の根元である中心(なかご)をしげしげと調べ始めた。
「いったいどうなされたんですか」と清兵衛が不思議そうに訊ねた。
平五は何も言わずに、ただ黙って鋭い刃先を見つめ、中心の刻印を確認した。
「こいつは……焼身(やけみ)だな」と平五はひとりごとのようにつぶやいた、「まちがいなく、昔どこかの火事に巻き込まれて火で焼けたものだ。一度焼き直されていることに間違いないが、地鉄(じがね)もしっかりしているし、刃の構造もしっかりしている。実際に研いでみないと断言はできないけれど、刃文(はもん)のこの絶妙な様子だと、鎌倉時代あたりの相州(そうしゅう)の古刀にそっくりだぞ」
「まさか、本物ってわけじゃないでしょうね?」
「まさか、そんなわけないだろ」と平五は苦笑いした。「だけど、相州物の古い刀にそっくり似せていることはたしかだ。うん、もしかすると、こいつを使えば十分に狙いがいがあるかもしれないぞ」
「ということは……伝説の正宗、ってことにするんですか?」
「それはさすがにムリがあるが、正宗の弟子である『貞宗(さだむね)』か『義広(よしひろ)』あたりにしておこう」平五は満足そうに言った。「銘(めし)が彫られていないのは、修行中の若いころに打った作だということにしておけばいい。この刃の潤んだような色合いや、刃文のおおらかさは、古い名刀の雰囲気を見事に再現している。よし、これなら『伝・貞宗の傑作だ』ってみんなをあっと言わせておどかしてやれるぞ」
「じゃあ、この短刀を買い取って下さるんですか?」
「よし、三分(さんぶ)で買ってやるよ」
「それはあんまりじゃありませんか! 現に私が細江さんから二分二朱で買い取ったところを、若旦那は目の前でご覧になっていたでしょう。せっかくお役に立つんですから、私にももう少し儲けさせてくださいよ」
平五は首を横に振った。
今回は価値ある本物を適正価格で買うわけではないのだ。ただ単に、刀の寄合の場に持ち出して、まわりの素人どもをびっくりさせるためだけのハッタリ道具なのだから、あとになれば何の役にも立たない。だから、三分がいやなら、この話はきれいさっぱりおしまいにするだけだ、と平五はきっぱりと言い放った。
それでも清兵衛はあきらめずにねばった。
細江の母娘から買い取る品物は、だいたい店の奥でずっと売れ残ったままになることが多く、いつも妻からガミガミと小言を言われている。だが、あの母娘があまりにも不憫でかわいそうだから、つい同情して買い取らずにはいられないのだ。
若旦那だって、あの母娘とは全く知らない赤の他人というわけではないんだし、こういう時くらい、少しは自分に協力してくれてもいいはずだ――。
清兵衛はそう言ってしつこく食い下がった。
「おかしな理屈をこねるもんだな」と平五はクスリと笑って言った。「じゃあ、もう二朱だけ色をつけて上乗せしてやろう。合計で『三分二朱(さんぶにしゅ)』だ。それでもいやだと言うなら、この話はおしまいだ、ごめんだな」
「若旦那は相変わらず値切り方が渋すぎるよ」と清兵衛は自分のハゲかかった頭をポリポリと掻いた。「まったく、お侍さんにしておくのはもったいないくらいの、まるでお店のプロ(玄人)顔負けの腕前ですねえ」
こうして話がまとまり、その翌日、平五はその短刀を大切に包んで田村小路の叔父の家へと届けた。
いったん綺麗に研ぎに出そうかとも考えたが、あれこれ手を加えないでそのままで持っていくほうが、かえって本物らしさのハッタリがきいて安全だと考え直し、そのまま叔父のところへ持参して、この刀のいわれについて細かく説明して聞かせたのだった。「この地鉄(じがね)の艶、刃文の豪放さと、小乱れのまじっているぐあい、これが相州物の古刀によくみる味です」平五は刃文の細部を指し示しながら言った、「身幅のわりに重ねが薄いのは研ぎ減りでしょう。いちど火をかぶって焼き直したものらしい。それでこの中心(なかご)がただれているんです。ただれてはいるが、この中心のざくっとした品のよさ、これは新刀にはない味ですから、ここのところをよく見るように言うといいですよ」
「私にはよくわからないがね」と主殿(ともの)は落ち着かない顔つきで言った、「これを貞宗(さだむね)だなどと言っていいものだろうか」
「貞宗として伝わっていると伝えればいいんです。そしていま説明した要点をうまく並べれば、連中はみんな素人のめくらだからわかりゃしない。きっとびっくりしますよ」
「しかし、もしも偽物だとわかったらどうしよう」
「わかったって貴方の責任じゃありません。新庄家伝来なんですからね。大名の家蔵にだって偽物は幾らもあるし、そんな心配をする必要はありませんよ」
「やってみるか」と主殿は言った、「ではひとつ、やってみるとしよう」
平五は少しも心配していなかった。
――必ずみんなひっかかる。
彼はそう信じていた。
七年あまりも道具屋に出入りをし、焼き物ではしばしば儲けを出した。
これは骨董道楽の父のおかげもあるだろう。けれども刀剣類に関しては、平五自身の勘がものをいった。
もちろん本格的な鑑定をするなどというところまではいかないが、楽しみに見る程度としては、父や親族たちに比べればはるかに目が肥えているという自信があった。
――ただ叔父がへまなことをしなければいい。
いつかの香炉のときとは条件が違うが、小心な叔父のことだから、うっかりすると自分でぼろを出すおそれがある。
それさえなければ大丈夫だ、と平五は思っていた。
九月十日に、彼は聖坂(ひじりざか)へと出かけた。
寄合の様子をこっそり覗いてやろうかと思ったが、さすがに気がとがめるので、この日は講義の日ではなかったが出かけていき、学問所の講堂を覗いたあと、学寮へいって友人たちと雑談していると、森の助三郎がやって来て声をかけた。
「どうしてうちにいないんです」と助三郎は陽気に言った、「今日はおやじといっしょに本阿弥(ほんあみ)がいったんですよ」
八
平五はまじまじと相手を見た。
すぐにはその意味がわからなかったのである。
助三郎はこっちへ来て、平五が刀剣に興味をもっているなら今日の会には出席すべきであったのに、どうしてこんなところへ来ているのか、と不思議そうに言った。
「本阿弥がどうしたって」と平五が聞き返した。
「本阿弥といっても京の多賀だ」と助三郎が答えた、「多賀の勘右衛門(かんえもん)という人で、四五日まえから逗留しているんだが、今日の会は刀を持ち寄るのだと聞いたものだから、ぜひ拝見したいとやってきたんだよ」
「行ったのか」と平五がつかみかかるように訊いた、「その人が木挽町(こびきちょう)へ行ったのか」
「行ったよ。
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