初級翻訳・楽聖物語 第37話

楽聖物語

要するに、ショパンの円舞曲のレコードは、特別なこだわりがない限り、コルトーの「円舞曲集」で十分に満足できることでしょう。

練習曲(エチュード)

「練習曲」という名のもとで、不思議な詩の世界を描き出したショパンの天才には驚かされるばかりです。
作品10の12曲、作品25の12曲、ともにバックハウスの(練習曲集 6971-6)とコルトーの(JD299-301およびJD431-3)がビクターに入っています。
鍵盤上の獅子王と呼ばれたバックハウスの技巧の冴えと、情緒豊かなコルトーの温かさは、はっきりと対照をなしていて面白いものです。
前者の透明で堅実な味わいか、後者の豊かな情愛か、好みによってどちらを選ぶかは分かれますが、どちらも素晴らしいものであることは間違いありません。ただ、録音が新しいコルトーの方に、より強みがあることは疑いようのない事実です。一枚物で言うと、五番目の「黒鍵=変ト長調(作品10-5)」は、ビクターのパハマンの演奏が面白いですね。彼独特のつぶやき(独り言)まで入っていて、なんとも言えない不思議な雰囲気をまき散らしています(JF55)。
パデレフスキの演奏は、まるで全く別の曲かと思わせるような重々しい表現ですが、今となっては形見のレコードとなりました(JE192)。
他にホロヴィッツの演奏もあります。これは、テクニックの冴えという点では一番見事です(JD1494)。

第八番のヘ長調(作品10-8)は良い曲ですが、新しい録音ではホロヴィッツのものだけですね(ビクターJE84)。
ワルシャワが敵に攻め落とされたことに怒って書いたと言われるハ短調の「革命練習曲(作品10-12)」は、やはりコルトーのものが良いでしょう。ただ、パデレフスキの演奏は、同じポーランドの愛国者としてショパンと心がつながっているような、非常にドラマチックで面白い響きがあります(ビクターJE192)。
この演奏は決して教科書通りではありませんが、ショパンの魂が、かつてポーランドの大統領でもあったパデレフスキという人物を通してどう映し出されるのか、という点において、音楽以上の興味深さがあります。

「練習曲=変イ長調(作品25-1)」は「牧童(ぼくどう)」という愛称で呼ばれる美しい曲ですが、これについてはコルトーが二度もレコードに残しており、どちらも詩情にあふれていて美しいものです。
他に「蝶々」と呼ばれる21番目の練習曲、「木枯らし」と呼ばれる23番目の練習曲などがありますが、どれをとってもコルトーを超えるものはありません。
ポリドールのブライロフスキーや、ビクターのレヴィンが弾いているものを一、二聴くことができる程度です。

前奏曲(プレリュード)

この自由な形式を借りて、ショパンは24曲もの素晴らしい傑作を書き残しました。
レコードでは、電気録音になってから二度吹き込んだコルトーのものが代表的です。最初の吹き込みは1927年頃(ビクター6515-8)、後の吹き込みはその約5年後くらいに行われました(ビクターJD387-90)。
この二つの前奏曲のレコードのどちらが良いかは、繰り返し議論されてきました。録音状態が悪くても、若さと夢がたくさん詰まった古い方を、多くの日本人は好んでいるようです。
新しい方は少し冷たく、繊細で、客観的すぎるのかもしれません。
この中の一曲、「雨だれ」と呼ぶ15番目の「前奏曲=変ニ長調」を聴き比べると、その違いがよく分かると思います。
昔の録音の重々しくもドラマチックな盛り上がりに対して、新しい録音はあっさりしていて冷徹です。一人の人間が、同じ曲をこれほど違った気持ちで演奏した例は、他にはないでしょう。
一枚ずつのレコードとしては、ここでもパハマンとパデレフスキが光ります。
とりわけパデレフスキの「雨だれ」(ビクター6847)や、17番目の「前奏曲=変イ長調(作品28-17)」などは、記念品という以上の、本当に素晴らしい価値があります。

即興曲

自由気ままな即興演奏に、高い芸術性を与えることにかけては、ショパンの右に出る者はいません。
三つの即興曲と幻想即興曲については、やはりビクターにあるコルトーの名盤(JD264、JD265)が、何といっても他の追従を許しません。
ただし、コルトーの演奏は思ったよりも淡々としているので、もう少ししみじみとした情緒を求めても良いかもしれませんね。
「幻想即興曲」はショパンの作品の中でも有名で、あまりに華やかすぎるという理由で、ショパン自身は出版を好まなかったと言われています。
この曲の演奏に関しては、コルトーとは違った意味で、女性ピアニストのタリアフェロ(コロムビアJ8369)やロン(同名盤集)、シャーラー(同JW128)の演奏に面白さがあります。

スケルツォ

ショパンの「スケルツォ」には、人生の苦しみがにじみ出ています。
ビクターから出ているルービンシュタインの「スケルツォ曲集」(JD191-4)というまとまったレコードがありますが、彼は見事なテクニックの持ち主であるものの、どこか物足りなさを感じさせます。
もう少し冷徹で、素直な演奏でも良いのかもしれません。
しかし不思議なことに、スケルツォには他に良いレコードがありません。
わずかに3番の「スケルツォ」をモイセイヴィッチが弾いたものや、4番の「スケルツォ」をホロヴィッツが弾いたビクター・レコードが注目される程度です。

バラード

4曲の「バラード」は、まるで4つの物語詩のような作品です。
3番目のバラードが最も美しく、最後のバラードが最も高く評価されています。
コルトーが弾いた「バラード集」は二度レコード化されています(ビクター7333-6およびビクターJD1589-92)。
この場合も前奏曲と同じことが言えますが、一般的には吹き込みが新しいJD番号の方を選んで問題ありません。
コルトーのバラードにおける出来栄えは、ワルツ以上に見事で、その颯爽(さっそう)としたかっこよさと、深みのある美しさは、名人芸の極みと言ってよいでしょう。
私は3番目のバラードに、いつも憧れと愛着を感じているほどです。
他に、コロムビアのカサドシュスによる4枚組があります。
彼のフランス風の、クセのないリアリズムは、ショパンのバラードを少しあっさりしたものにしていますが、彼なりの主張はうなずけるものです。廃盤にしてしまったのは、早まった決断でした。
他にもフリートマンやモイセイヴィッチの演奏がありますが、それほど大したことはありません。マズルカ

ポーランドの伝統的な踊りの形を借りて、ショパンは世にも美しい曲を50曲以上も書き残しました。
これについては、コロムビアから出ているフリートマンによる、お国柄を存分に発揮した4枚組(J8010-3)と、ビクターから出ているニーヅェルスキーというポーランドのピアニストによる一枚物(JA134)があります。
フリートマンも同じポーランド人としてショパンには自信を持っている人ですが、実際に聴いてみてもマズルカが一番合っていたようで、この手一杯に弾きまくる感じは、少し野暮ったいものの、賑やかで聴いていて面白いものです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました