哲学者ニーチェが、ワーグナーの音楽に飽き足らなくなった時、ふと田舎の劇場で「カルメン」を見つけて狂喜したという話は、実にもっともなことです。
ビゼーの人生は決して幸せとは言えず、若くして亡くなったため「カルメン」が世界中で喝采を浴びる姿を知らずに世を去りましたが、芸術家としては決して不幸ではなかったはずです。
歌劇「カルメン」は、これまで全曲に近いレコードが5、6回発売されています。
古いレコードの時代、私たちの血をたぎらせたフランス・パテー社の「縦振動」という特殊な方式のレコード(27枚組)は、ずっと後になって私も手に入れ、思い出深く大切に持っています。録音は非常に悪いのですが、歌い手がとても素晴らしいのです。
電気録音になってからは、コロムビアにコーエン指揮のパリ・オペラ・コミック座盤(J7361-75)、ビクターにコッポラ指揮の同じくパリ・オペラ・コミック座盤(9540-56)がありますが、どちらが優れていると決めるのは難しいところです。ただ、どちらも録音は古いです。
他にポリドールに抜粋版が5枚入っています。
一枚もののレコードは数え切れないほど出ていますが、不思議なことに古い時代のファーラーやカルーソーが歌ったものの方が良く聴こえます。
それでも、コロムビアのニノン・ヴァランが歌う「ハバネラ」や「セギディリア」などは、さすが昔の大カルメン歌手らしく、優れた出来栄えです。
カルメンと同じスペイン人で、若くして亡くなったスペルヴィアが歌う「ハバネラ」や「セギディリア」も個性的で良いですね。
ホセ役は、近頃評判のビクターのビョルリンクと、古いテナー歌手のジーリはどちらも素晴らしいです。
「闘牛士の歌」は、ティベット以外に良いものはなかなかありません。
それから、ビクターに入っているストコフスキー指揮の「カルメン」組曲は、ストコフスキーらしい要領の良さと豪華さで目立っています。
歌劇「真珠採り」は全曲盤がなく、一枚もののレコードが少しあるだけです。
「アルルの女」組曲は、ビゼーの作品の中では「カルメン」に次いで愛されていますが、飛びつくほど良いレコードはまだありません。
第1、第2組曲をすべてレコードしたのは、コロムビアのアンゲルブレック指揮、パリ交響楽団のものだけです。抜粋で聴きやすいのは、ストコフスキーが指揮したビクターの盤でしょう。
ブルッフ
(マックス・ブルッフ 1838―1920)
ユダヤ的な哀愁と、瞑想的な音楽が特徴です。ドイツ・ロマン派の中では少し変わった存在です。
「ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調(作品26)」は、雄大で美しい曲です。ビクターのメニューインによる演奏が名盤として知られています(7509-11)。ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲 第2番」も良い曲ですが、残念ながらレコードはありません。
「コル・ニードライ」はユダヤ教の礼拝歌から採られたもので、ブルッフの代表作のように思われている曲です。
宗教的で、この上なく優雅な響きを持っています。
レコードではカザルスの演奏が名演として知られており(ビクター愛好家協会第二集)、愛好家協会の全レコードの中でも一番の人気をさらったと言われています。
カザルスによるこの曲の古いレコードは、音のコロムビアから出ていますが、雑音だらけの録音であるにもかかわらず、若々しくて何とも言えない素晴らしい味わいがあります。
ムソルグスキー
(モデスト・ムソルグスキー 1839―1881)
ロシア国民楽派の「五人組」の中でも、最も個性的で変わった天才です。
作曲の伝統を無視したために、生きている間は報われませんでしたが、その近代リアリズムの強烈な表現は、後に続く音楽家たちに非常に大きな影響を与えました。
歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」は驚くべき傑作で、滴るような現実感は、それまでの嘘八百を並べたような歌劇を完全に過去のものにしてしまいました。
シャリアピンがロンドンのコヴェント・ガーデン歌劇場で実演したものを録音したレコードが、ビクターから三枚出ています(JD1518―20)。
録音状態は良くありませんが、緊迫感は凄まじいものです。
同じくシャリアピンの歌唱で、「時計の場」と「俺は最高権威者だ」が一枚(ビクターJD226)、「ボリスの別れ」と「ボリスの死」も一枚になっています(ビクターJD862)。
他にも「革命的なシーン」の合唱が二枚ありましたが、それは廃盤になりました。
素晴らしい出来栄えでしたので、惜しいことです。
「ホヴァンシチナ」は「ボリス・ゴドゥノフ」に劣らず良い歌劇ですが、レコードは極めて少なく、クーセヴィツキーが指揮した序曲が、ビクター愛好家協会に入っているだけです。
ムソルグスキーの独立した歌曲もまた、素晴らしいものです。
シャリアピンの「蚤の歌」(ビクター6783-A)と「トレパック」(ビクターJD723)は有名なレコードですが、まとまったものとしては、コロムビアから不思議なテナー歌手ロージングによる「ムソルグスキー歌曲集」二巻(J8610―12、J8614―16)が出ています。
独特で物凄い表現力を持った歌手ですが、技巧も非常に巧みです。
管弦楽では、山の妖精たちの夜宴を描いた「禿山の一夜」が面白いですね。
非常に怪奇な曲ですが、聴きやすい交響詩です。
コロムビアから出ているパレー指揮のレコードが優れています(J8365)。
「展覧会の絵」は、原作のピアノの方が面白いのですが、ラヴェルが管弦楽に編曲したものが、クーセヴィツキーの指揮でレコード化されています(ビクター7372―75)。
これは少し気の抜けた演奏です。
シャブリエ
(アレクシス・エマニュエル・シャブリエ 1841―1894)
フランスらしい特色を持った作曲家で、近代音楽の先駆けとなりました。
「スペイン狂詩曲」がよく知られています。
ピエルネ指揮のコロムビア・レコードが挙げられるでしょう(J8356)。
歌の作品では、ビクターの「フランス歌謡曲集」の中に、ベルナックが歌ったものが一つ二つ入っています。
マスネ
(ジュール・マスネ 1842―1912)
19世紀末のフランスらしい、最も妖しく華やかで、退廃的な美しさを持った歌劇を書いた作曲家です。
歌劇「マノン」の「夢の歌」は、昔のクレーマンの演奏に勝るものはありません。また、歌劇「タイス」の「瞑想曲」は、昔のファーラーの演奏を超えるものがないというのは、何とも皮肉なことです。
「タイス」はフランスのソプラノ、ファンニー・エルディが素晴らしい歌唱を聴かせてくれます。その「鏡の歌」もフランス・グラモフォンに入っていますが、日本盤はありません。
歌劇「首領」と「ウェルテル」は一、二枚ずつはレコード化されていますが、ビクターの「ウェルテル」は子供の合唱が入った面白いレコードです。
他にも「夢の歌」ならスキーパの盤を聴いてみるのも良いかもしれません。
「悲歌」は歌でもチェロ編曲でも有名ですが、甘すぎて少々胸が悪くなるほどです。
どうしても聴きたいという人は、コロムビアのヴァランなどを選ぶべきでしょうか。
コメント