初級翻訳・汽船の中の父と子 第2話

小川 未明

船に戻ってから、二人はようやくそのオルゴールを鳴らすことができました。
おじいさんは鳥の歌だと言いましたが、その音色はどこか悲しいような、それでいて楽しいような、さまざまな感情を呼び起こす不思議なものでした。

そのときです。どこからともなくアマツバメの群れが飛んできました。
そして、船のまわりでしきりに鳴き騒ぎました。
アマツバメがこれほど騒ぐことはめったにありません。オルゴールの音を聞いて、どこからか飛んできたのでしょうか。

すると、たちまち天気が変わりました。
いままで輝いていた太陽は隠れ、ものすごい雲が湧き起こり、海の上は恐ろしい暴風となって、波が狂ったように荒れ狂ったのです。
不思議なことに、そんな嵐の中でもアマツバメたちは、船のまわりや岩角に集まって、ひっきりなしに鳴いていました。

とうとうその夜のことでした。
大波が襲ってきて、船の上のものをすべて洗い流してしまいました。
そのとき、父親が大事にしていた真っ黒な鉄の金箱が転がり落ち、海の底深くに沈んでしまったのです。
それだけではありません。小さな汽船は、砂浜の上へ打ち上げられてしまいました。

夜が明けて海が静まると、小さな汽船は半分ほど土の中に埋まり、まるで海岸に建てられた小さな小屋のように見えました。
「ああ、もうこの船の寿命も尽きた。私も航海をやめることにしよう」
父親はそう言いました。

子供は、ついに自分の願いがかなって陸の上で暮らせるのかと思いましたが、さて自分は野原へ行くべきか、それとも街へ行くべきか、どちらで働けばいいのだろうと考えをめぐらせました。
そのとき、父親は子供に向かって言いました。
「私はおまえに、たくさんの宝を残してやりたいと思っていたんだが、今では金箱と一緒にすべて海の底へ沈んでしまった。もうおまえにやるものはない。ただ、このオルゴールひとつだけだ。これをやるから……」」といいました。
「いいえ、お父さん。私は、なにもいりません。
あなたがこれまで海の上で働いてきたように、今度は私が、この広々とした陸の上で働いていきます。
けれど、私の仕事はけっして、あの鉄の箱の中にあった宝物のように、最後には形も残らず、むだになってしまうことはないと信じています」

子供は、自分の仕事を探しに出かけていきました。
あとに一人、父親が残されました。
海辺に横たわったままの船は、月日を経て古く朽ちていきました。
煙突から煙が立ちのぼる曇りの日には、あのオルゴールが鳴り響いています。
そして、その船のまわりには、アマツバメたちが飛び交う、どこか寂しい景色が広がっているのでした。

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