初級翻訳・海豚と河豚 第2話

佐藤 垢石

牛肉とマグロの味の中間のようなものだ。
かつて食べた缶詰にも、晒し鯨にもこんな上品な味はなかったが、一体鯨はどこの肉でもこんなに上品なものなのだろうか。
そう尋ねると、船長は「いや、どこの肉でもというわけにはいかない」と答えた。
この刺身にしたのは「腰肉」といって、鯨の尻尾の少し上の方にある肉で、鯨一頭からほんの少ししか取れない。
市場に出しても、かなり高価なものだという。
さて、今度はカツレツが運ばれてきた。
鯨カツだ。
私は少し歯が悪いのだが、カステラを噛むように口の中でホロリと砕ける。
時局柄のトンカツやステーキを食べて、上顎と下顎を駆使して顎を痛くするのとはわけが違う。
おかげさまで、ビールが最高にうまい。
その時、突然、船橋から「見えた! 見えた!」という水夫たちの激しい叫び声が聞こえてきた。
船長は、さっと立ち上がった。
私たちもカツを噛んだまま、惜しい洋食の箸を放り出して立ち上がった。
船橋に駆け上がってみると、前方十五、六町(約1.6キロメートル)の沖、波の上に三、四頭の鯨がシュッシュッと潮を前方に吹いている。
絵画のように、頭から背中まで丸出しにして、公園の噴水のように美しく四方に水が散るのではない。
シュッシュッと、斜めに短く、自動車の排気管から出る煙のように吹いているのだ。
船は全速力で追跡を始めた。
次第に鯨へと迫っていく。
海の中へ潜ってはまた浮かび、潜っては背中を出す鯨たち。
ついに、船の舳先から四、五十間(約70〜90メートル)のところまで追い詰めた時、一頭の鯨がむっちりとした大きなお尻を波間に見せた。
だが、その時、鯨は自分が船に追いかけられていると気づいたらしい。
全速力だ――鯨は一時間に十五マイル(約24キロ)も走る力がある。
それほどの速さで逃げられたら、最高速度十三マイル(約21キロ)のキャッチャーボートでは追いつけない。
結局、鯨の群れを、まだ晴れきらない霧の中へ見失ってしまった。
「美味しいのは、あのむっちりした腰の肉なんですか?」と船長に聞くと、「そうです。あれは例のイワシクジラで、腰肉が素晴らしく美味しいのですが、あんな処女のように丸々とした腰を持っていながら、なかなかの薄情者ですよ」と言う。
「雌雄で寄り添って泳いでいる鯨を、まず雄の方から先に撃つと、雌は雄の苦しむのを見捨ててまっしぐらに逃げてしまう。それまでは随分と仲睦まじくやっていたはずなのに、身に危険が迫ると恋人も何もない。まあ、モダンガールといったところでしょうか」
「ところが雄鯨は情愛が深いのです。雌鯨が銛を打たれると、決してその場を離れません。心痛と悲哀の様子を真っ黒い背中に浮かべて、雌の傷口から流れ出した鮮血で真っ赤になった海の上を、おろおろと徘徊するのです。そこで砲手は情けをかけてはいけません。続いてズドンと、雄にもう一発食らわせる。まず雌を撃ち取ってさえおけば、一回の漁で二頭を獲るのが定石となっています」
「鯨の鼻の下の幅を測ったことはありませんが、人間の男と大差はないようですね。また、実にもののあわれを感じさせるのは、『離れマッコウ』というやつです」
「マッコウクジラというのは、一頭の雄を二、三十頭の雌が取り巻いて、大群をなして洋上を泳いでいるものですが、一つの群れと別の群れが遭遇したら大変なことになります。双方の群れの中から、巨大な雄が躍り出て死闘を始めるのです」結局、一方が負けると、それについていた二、三十頭の雌たちは、ことごとく勝ったほうの抹香鯨の群れへと移ってしまうのです。
負けた雄鯨は、たった一人ぼっちになってしまいます。
なんとも情けない雌たちでしょう。
こうして一人ぼっちになった雄鯨を「離れ抹香」と呼ぶのですが、同じように雌から嫌われた雄たちがほかにもいるようで、大きな雄ばかりが七、八頭で群れをなし、雌を交えずに仲よく泳いでいることもあります。

四

 夕飯の時間がやってきました。
大変お行儀の悪い話ですが、私は早く夕飯の時間にならないかと待ちわびていたのです。
またしても、食卓には山海の珍味が並んでいます。
捕鯨船というのは、実におそろしく豪華な食事が出るところです。
カツオのたたき、アイナメの煮付け、船内で作った絹ごし豆腐の冷奴、大根の風呂吹き。
これだけあれば食べきれないほどなのですが、次に出てきた鯨肉の水炊きが、私の食欲を俄然かき立てます。
具材にネギ、新菊、豆腐が入った鍋の中を、賽の目に切った鯨肉が泳いでいます。
食べました、食べました。
額からも胸からも、汗が滝のように流れ出しました。

翌日は、早朝から濃霧がからりと消え去りました。
乗組員全員が、一斉に緊張感を高めます。
金華山と鮫の港を結んだ線の百三十マイル沖で、ついに一頭のイワシクジラを仕留めました。
長さ五十二尺(約十五メートル)、重さは六十トンもあろうかという雌です。
このお祝いを食堂で始めることになりました。
まず出てきたのが、ひき肉で作った鯨のメンチボール、そして酢味噌と醤油漬けの焼き物です。
これでもか、これでもかという勢いです。
ですが、私はなかなかへこたれません。
晒し鯨の酢味噌和えとは違って、生鯨には肉そのものに清々しい風味があります。
メンチボールは、温かい上に柔らかく、なんと素晴らしい料理でしょう。
このイワシクジラ一頭で、乗組員全員の一ヶ月分の給料と食費は稼げた計算になります。

今回の漁は、これで終わりにすることになりました。
そう決まって鮎川を出て四日目の夕方、私たちは沖から帰港の途につきました。
最後の夕飯ですから、別れの鯨を味わいましょう。
というわけで食堂に集まったのは、船長をはじめ、一等運転士、機関長、水夫長、無電技師、そして私です。
給仕が最初に運んできたのは、鯨の味噌漬けを焼いたものと、鯨ステーキでした。
これは、ほんの前菜のようです。
本番は、鯨のすき焼きです。
狭い食堂が、鍋の下の火気で暑くなってきました。
みんな上着を脱いで、鍋と真剣勝負を始めました。
本当によく食べるものです。
牛のヒレ肉よりもずっと柔らかいのです。
そして、薄い脂肪がほんのりと唾液を誘います。
肉片がちょうどよく火の通ったところを狙うその味付けは、昔の料理書にある「熟しても煮すぎず、脂が乗っていても喉に詰まらない」という、まさに絶妙な頃合いではないかと思います。
ひどく、鯨ばかりを食べたものです。
これで堪能しました。
本当に、鯨肉に対する認識を改めた思いです。

東京へ帰ってから一週間ほど経つと、あの味が思い出されて舌に唾液が絡みつき、なんとも耐えられなくなりました。
そこで、築地の魚河岸へ行って探してみると、確かに「鯨の腰肉」というものがありました。
値段を聞いてみて驚きました。
百匁(約375グラム)で四円五十銭です。
店主は吹っかけておきながら、少し手が出せないだろうと言わんばかりの顔をしています。
これでは、東京に鯨肉が普及しないわけです。
欲張りなこととは承知の上で、鮎川港の生鯨解体作業場へ手紙を出しました。
ありがたいことに、腰肉を大樽に一樽贈ってくれたのです。

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