それはまるで、雨に打たれた牡丹の花が、今にも崩れ落ちそうなほど艶やかな風情でした。「その方は、狸であろう」
そう言って、雀右衛門は小みどりを鋭く睨みつけました。
突然の風変わりな問いかけに、小みどりは耳を疑うような表情で、雀右衛門の顔を仰ぎ見ました。
「こら雌狸、正体を現して神妙にしろ!」
「とんでもない、わたしは狸などではありません」
「畜生の分際で、お上の役人をたぶらかすとは僭上至極! すでに、その方の相棒である雄狸は成敗済みだ。今度は、汝の正体を剥き出しにしてやる」
「いいえ、わたしは決してそんな魔性のものではありません。なにとぞ、お許しくださいませ……」
狸扱いを受ける小みどりは、あまりに突拍子もない取り調べに、気も動転せんばかりに泣き伏してしまいました。
「ほざくな、狸! さあ、やれ!」
雀右衛門が一喝すると、数人の武士たちが手に手に棍棒を振り上げ、小みどりの頭から背中、お尻にかけて滅多打ちにしました。かよわい女子の身ではたまらず、間もなく息が絶えてしまいました。
例によって、一人の武士が小みどりの頭から冷水をかけました。この瞬間こそ、魔性が本性を現す時だと考えたのです。一同は固唾を呑んで小みどりを凝視しましたが、一向に太い尻尾は出てきません。
「もっと水をかけろ!」
武士は手桶から滝のように水を浴びせましたが、小みどりはやはり小みどりの姿のままで、死体は伸びきったままです。
「よほど年を経た、しぶとい狸と見える。もっと棒で叩いてみろ!」
死体の骨が折れるほど棒で打ち据えましたが、やはり人間であり、雌狸には変わりませんでした。
「怪しいことだ。あるいは見当違いであったかもしれんが、火をかければ熱さに耐えかねて、大狸となって走り出すかもしれない」
そう判断され、例のごとく小みどりの亡骸へ粗朶(そだ)を積み上げ、油をかけて火を放ちました。しかし、一向に妖物の姿には変わりません。やがて亡骸も粗朶の山も、すっかり灰になってしまいました。
ところが、灰の中をかき回してみると、前回と同じように、ふにゃふにゃとした塊が焼け残っているではありませんか。
すでに東の空に日が昇り、朝の雲は静かでした。
一人の侍が、そのふにゃふにゃとした塊を庭下駄で踏みつけると、前回と同じように、人間の形をした小さなものが飛び出しました。水で洗ってみると、金色に輝く親指大の、紛れもない男の姿です。掌に乗せて日光に透かしてみると、前夜、離れの庭先へ忍び込んだ青年の顔立ちにそっくりそのまま。衣装から髷(まげ)の形まで、同じでした。
雀右衛門は、あまりの珍事の連続に、自分の膝をつねってみました。
「諸君、一体これはどうしたことだろうか。あるいは今、われわれは狸の怪につままれているのではないだろうか。皆も、膝の皮膚をきつくつねってみよ」
と言うと、苦労人である下僚が答えました。
「いやいや、これはありがたい大恵でありましょう。天の神さまは、日ごろ吉野雀右衛門殿の慈悲を賞し、黄金の重宝を下さったに違いありません。藩公に生きた人間を奉るのは失礼に当たるという、神の思し召しかもしれませんぞ」
「もっともな観察だ」
雀右衛門は下僚の言葉に納得し、二つの黄金人形を錦の布に包み、香水を注いで白木の箱に納めました。そして、小みどりの母に対しては「娘が病死した」と告げ、過分の香料を渡して納得させました。
瀧川一益の病気は全快しました。雀右衛門は例の白木の箱を捧げて一益の膝下に伏し、昨夜の狸退治の豪胆な物語から、不思議な出来事が続出し、ついにこの事実を入手した経緯を詳しく述べ、ひたすら一益の怒りが解けるよう願い奉りました。
一益は、「世にも珍しい話だ。それならば貰って愛蔵することにしよう」と鷹揚に答え、白木の箱を受け取りました。
そして、金色に輝くまたとない人形の姿を見ようとして箱の蓋を開けると、ひどい悪臭が一益の鼻を突きました。一益の鼻は曲がらんばかりに歪みました。しかし、耐えて箱の底を覗き込むと、「金色燦爛」などというのは真っ赤な嘘。ただ、ふにゃふにゃした血みどろのような、暗紫色の塊が二つ、鼻持ちならない悪臭を放っているだけでした。
一益の激怒は、言うまでもありません。日ごろの行いも許しがたい上に、主である自分を愚弄して、このような汚物を抱かせるとは憎き下郎。
「直ちに、成敗せよ!」
雀右衛門はその場から利根河原へ引き出され、打ち首となってしまいました。
瀧川一益の厩橋城は、松平家が築造した現在の群馬県庁の敷地とは異なります。利根川の対岸にある、上石倉村の上手にある城跡がそれであるという話です。
話はこれだけですが、水沢観音付近の生まれである仙公狸は、四足動物として桁違いの欲望を抱いた上に、狸特有の洒脱さから外れ、あまりに純情であったがために、ついには儚い最後を遂げました。
それ以来、狸の世界においては、人間を恋人に持つことは固く禁じられるようになったそうです。九十九谷の狸たちは、厩橋城下で起きたあの悲惨な出来事を知る由もありません。ですから、昭和の時代になった今でも、穴の奥にじっと身を潜めながら、仙公狸が故郷へ帰ってくるのをずっと待ち続けているといいます。
また、遠い中国の地には、日本の東條英機大将によく似た狸がいました。その狸は、自分自身の力を過信しすぎて、ついには友を死に追いやり、自分自身もまた狸汁となって、悲しい最期を遂げたという話が伝わっています。
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