初級翻訳・漁師とそのおかみさんの話 第2話

グリム ヴィルヘルム・カール

ところが、戻ってみると、そこには見上げるほど大きな石のお城がそびえ立っていました。
おかみさんはちょうど階段の上に立っていて、今まさに中へ入ろうとしているところでした。
おかみさんは漁師の手をとって、
「さあ、中へお入りよ」
と言いました。

二人が中へ入ってみると、お城の中には大理石を敷き詰めた、広々とした玄関の間がありました。
そこには召使いたちが大勢いて、大きな扉を次々と開けてくれました。
壁という壁はぴかぴかと輝き、美しい織物が飾られていました。
部屋の中の椅子やテーブルはすべて金でできていて、天井からは水晶のシャンデリアがまばゆい光を放っていました。
どの部屋にも、どの小部屋にも、ふかふかの絨毯が敷き詰められていました。
しかもテーブルの上には、ごちそうや最高級のブドウ酒が、いまにもテーブルが壊れてしまうのではないかと思うほど、山のように並べられていました。

それから、お城の裏手には大きな庭があり、馬小屋や牛小屋まで整えられていました。
立派な馬車も何台も並んでいます。
また、世にも美しい草花や、おいしい果実のなる木が植えられた、広大で素晴らしい花壇もありました。
それに加えて、たっぷり半マイル(約3.75キロメートル)もある広大な遊園まであり、そこには大きなシカや小さなシカ、ウサギなど、人がほしいと思うものなら何でもそろっていました。

「どう、最高じゃない?」
とおかみさんが言いました。
「まったくだよ」
と、漁師は答えました。
「ずっとこのままで暮らしていけたらいいなあ。おれたちはこのきれいなお城に住むんだ。これでもう、十分じゃないか」
「まあ、それはどうかしら。よく考えてみましょうよ」
とおかみさんは言いました。
「とにかく、今日はもう寝ることにしましょう」

こうして、ふたりはベッドに入りました。
次の朝、おかみさんが先に目を覚ましました。
ちょうど夜が明けたばかりの時でした。
おかみさんはベッドの中から、目の前に広がっている素晴らしい土地を眺めました。
漁師はまだ手足を伸ばしてぐっすり眠っていました。
すると、おかみさんはひじで漁師の横っ腹をぐいっとつついて、言いました。

「おまえさん、起きて。窓の外を見てごらんよ。
ねえ、あたしたち、ここらじゅうの王さまになれないもんかね。
ヒラメのところへ行ってきなよ。
あたしたちは、王さまになりたいんだもの!」
「いやになっちゃうなあ、おまえ……」「なんだって王さまになんなんか、なりたいんだ。おれは王さまなんぞ、ごめんこうむるよ」と、漁師は言いました。

「へえ、そうかい」と、おかみさんは言いました。「おまえさんが王さまになりたくなけりゃ、あたしが王さまになるよ。ヒラメのところへ行ってきておくれ。あたしゃ、王さまになりたいんだよ」

「おどろいたなあ、おまえ」と、漁師は言いました。「どうしてまた、王さまになんかなりたいんだ。おれは、そんなこと言うのは、いやだよ」

「なにが、いやなのさ」と、おかみさんは言いました。「ぐずぐず言わずに、さっさと言ってきておくれよ。あたしゃ、どうしたって王さまになるんだから」

そこで、漁師は出かけていきましたが、おかみさんが王さまになりたいなどと言うものですから、すっかり弱りきっていました。(こいつはよくねえ。よくねえこった)と、漁師は思いましたので、本当は行きたくはありませんでした。しかし、どうにも仕方なく、出かけていきました。

海辺へ来てみますと、海はすっかり黒ずんでネズミ色をしていました。水は底のほうからブツブツと湧きかえっていて、腐ったようないやなにおいが、ぷんぷんしていました。漁師はそこに立って、言いました。

「小人さん、小人さん、出ておくれ。
海にいるヒラメさん。
おれの女房のイルゼビルが、
おれの思うようには動いてくれないんだ」

「どうしたのですか。おかみさんは、いったい何がほしいのですか?」と、ヒラメが言いました。

「それがなあ……」と、漁師は言いました。「王さまになりたいと言っているんだよ」

「お帰りなさい。おかみさんはもう、望みどおりになっていますよ」と、ヒラメが言いました。

そこで、漁師は帰っていきました。お城のそばまで来てみますと、お城は前よりもずっと大きくなって、大きな門には素晴らしい飾りがしてあります。扉の前には番兵が立っています。そこらじゅうに大勢の兵隊がいて、太鼓やラッパもたくさんありました。

お城の中へ入ってみますと、なにもかもが本物の大理石に金をとり合わせたものばかりでした。ビロードの覆いには、大きな金の房がついていました。大広間の扉が開きますと、そこには宮中のお役人が、ひとりのこらず並んでいました。そして漁師のおかみさんは、金とダイヤモンドでできている高い玉座に座り、大きな金の冠をかぶって、金と宝石のついた笏(しゃく)を持っていました。そして、おかみさんの両側には、若い侍女がそれぞれ六人ずつ、一列に並んで立っていました。そのひとりひとりは、頭の高さだけ順々に背が低くなっていました。

漁師はおかみさんの前まで歩いていきますと、立ち止まって言いました。
「おやおや、おまえは王さまになったのかい」

「そうだよ、あたしゃ王さまだよ」と、おかみさんは答えました。

漁師はそこにつっ立ったまま、おかみさんをじろじろ眺めていました。こうしてしばらく眺めてから、漁師は言いました。
「なあ、おまえ。おまえが王さまたあ、すばらしいこった。もうこのうえ望むのはよそうぜ」

「それがねえ、おまえさん」と、おかみさんはちっとも落ち着かない様子で言いました。「あたしゃあ、すっかり飽き飽きしちまって、もうどうにも我慢ができないんだよ。ヒラメのところへ行ってきておくれ。あたしゃ王さまだから、こんどは、どうしても皇帝になりたいんだよ」

「冗談じゃないよ、おまえ」と、漁師は言いました。「どうしてまた、皇帝になんかなりたいんだ?」

「おまえさん、ヒラメのところへ行ってきておくれよ。あたしゃ、皇帝になりたいんだもの」

「だがなあ、おまえ」と、漁師は言いました。「ヒラメだって、皇帝になんかすることはできない。おれは、ヒラメにそんなこと言うのはいやだ。皇帝と言やあ、国じゅうにひとりっきりしかいないもんだ。いくらヒラメだって皇帝をこしらえることはできない。どうしたって、そんなことはできない。できやしないよ」

「なんだって!」と、おかみさんが言いました。「あたしが王さまで、おまえさんはただの、あたしの夫なんだよ。すぐに行ってくれるね。さあ、すぐに行ってきておくれよ。ヒラメは、王さまだってこしらえたんだもの、皇帝だってこしらえられるさ。あたしゃ、どんなことをしても皇帝になりたいんだよ。すぐに行ってきておくれ」

漁師はどうしても行かなければなりません。それで、出かけるには出かけましたが、なんだか心配で心配でなりませんでした。そして歩きながら、ひとりで考えました。(こいつぁあ、よくねえ、よくねえことになるぞ。皇帝になんてなったら、きっとあとでひどい目にあうにちがいない。ヒラメだって、いつまでも我慢してはくれないだろうからな)「皇帝だなんて、欲張りすぎだよ。

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