初級翻訳・火星兵団 第26話

海野 十三

「はい、ただいま!」

新田先生はそう答えると、自分の席をパッと立って、博士の机のそばへと歩いていった。

博士の大きな机の上は、本とノートで山盛りになっていた。
まるで、本が大好きなどろぼうが入り込んでめちゃくちゃに散らかしたかのように、机の上には、ページを開いた本の上にさらに別の本が重ねて開かれ、そのまた上にノートが広げられているという状態で、実際の机の高さよりも十センチぐらいも高くなっていた。
だから博士は、回転椅子をぐるぐる回して、だんだん椅子を高くしてから座っていたのだ。

新田先生が、机の上の書類をちょっとのぞき込もうとしたその瞬間、博士はまたもや怒鳴りちらした。
本当に困った博士である。

新田先生は、二、三歩うしろへ下がって、ていねいにおじぎをした。
「どうも、失礼いたしました」
「お前はまったくけしからんやつだ。
わしのやっていることを盗み見ようとして、いつもどろぼう猫みたいに目をギラギラ光らせておる!」
「どうもすみません……」

新田先生は、博士が病気のために神経がピリピリしているのだろうと思い、できるだけ逆らわないようにしていた。
それを見た博士は、また少し機嫌をなおして、
「せっかく、わしがお前をえらい人間にしてやろうと思っているのに、お前は……」と言いかけて、あとは口をもごもごと動かし、「あのな、お前がずっと知りたがっていた、地球とモロー彗星とがぶつかる日のことじゃが……」と続けた。

新田先生は、思わず全身に電気を流されたような衝撃を受けた。
ついに、蟻田博士が、地球とモロー彗星が衝突するその日について、話してくれようとしているらしいのだ。

「は、はいっ!」
「なんだ、その『はあはあ』というのは。
もう教えてやろうかと思ったが、やっぱり教えるのをやめておこうか」

博士はどこまでも意地悪で、ひねくれ者だった。
こんな人に付き従っている新田先生の気苦労といったら、大変なものだった。
行方不明になった教え子の千二少年を助け出すため、そして、博士だけが知っている「今まさに地球に迫りつつある恐ろしい運命」の秘密を突き止めるため、新田先生はがまんして、この天文研究所に寝泊まりしていたのだ。

「教わりたくないのか?
だまったままでは、わからんじゃないか。おい、新田!」
「は、はい!」

返事をすれば怒るし、かといって返事をしなくても怒る、それが博士だった。
「どうか、教えていただけますよう、お願いいたします」
「ふん、ではかんたんに、わしの研究結果だけを話してやろう」

博士は白いあごひげをつまみながら、こう言った。
「モロー彗星と地球とがぴたりと接触するのは、来年の四月四日、十三時十三分十三秒のことである!」

「えっ……来年の四月四日の、十三時十三分十三秒ですか?」

四月といえば、今からまだ半年ほど先のことである。
明日や明後日ですぐにというわけではなかったので、新田先生はひとまず胸をなでおろした。
十三時というのは、午前や午後で区別せず、一日は二十四時間として表したもので、ちょうど午後一時にあたりのことだ。
つまり、来年の四月四日の午後一時十三分十三秒のことだった。

「どうだ。
四、四、十三、十三、十三――となんとも奇妙な数字が並んでおる。
数字の並びまでが、我々に恐ろしい運命を警告しているのだ!」

来年の四月四日、十三時十三分十三秒に、地球はモロー彗星と激突して粉々になってしまう――それが蟻田博士の言葉だった。
それを博士の机の前で聞かされた新田先生は、自分の耳を疑わずにはいられなかった。
「博士、来年の四月四日に、地球とモロー彗星が衝突するというのは、本当に間違いありませんか?」
「間違いだと? このわしの言葉に、間違いがあるとでも言うのか!
お前は、このわしの言葉を信用しないのか!」「わしの天文学についてのすごさが、まだわかっておらんのか!」
「わからないわけではありませんが……」
「なら、それでいいではないか。わしを疑うような言葉を口にするな。もし疑わしいと思うなら、何でも聞いてみろ。すぐにその疑問をきれいに解いてやろう」

蟻田博士の自信は、まるで大きな岩のように微動だにしなかった。
博士があまりにも自信満々なので、それを見ている新田先生はかえって悲しくなってしまった。
「それでは、四月四日の衝突のあと、我々地球の上に住んでいる人間たちは、一体どうなってしまうのですか」
「そんなことは、わしに聞くまでもないだろう」
「すると――すると、やっぱり我々は一人残らず死んでしまうのですね。すべてが滅んでしまうのですね」
「そうだ、その通りだ」

博士は、まるで他人の天気の話でもするかのように、あっさりとそう言った。
新田先生の胸は、ぎゅっと締め付けられるように苦しかった。
いよいよやってくる四月四日を限りに、地球とともに人間たちもすべて滅びてしまうのだ。
こんなにも長い間、さまざまな苦労を乗り越えて続いてきた人類が、あっけなく滅び去り、その輝かしい歴史のすべてが、完全に暗闇の中に消え去ってしまうというのか。
そんな恐ろしいことがあっていいはずがない。
いや、人間たちが望むと望まないにかかわらず、モロー彗星は刻一刻と地球に迫ってきているのだ。

「何か、助かる方法はないのでしょうか、博士」

蟻田博士は黙ったまま、鉛筆で白い紙の上をトントンと叩いている。
「ねえ、博士。モロー彗星のせいで地球が粉々に壊されても、どうにかして、我々人類が生き残る方法はないものでしょうか」
「ないね。絶対に助かる方法なんかない」

博士はまるで他人事のように言い放った。
では、博士自身はどうなるのだろうか。
博士だって一人の人間である以上、みんなと一緒に死んでしまうのではないだろうか。それとも、自分だけは生き残るつもりなのだろうか。
「先生は、ご自身の命を全うされるおつもりですか」
「いや、もちろんわしも死ぬさ」

博士は、「新田め、何を当たり前のことを聞いておるのだ」と言いたげな顔をした。
新田先生の最後の頼みの綱も、ついにプツリと切れてしまった。
先生はまるで、千メートルもある深いがけから、ドーンと下に突き落とされたような気持ちになった。
もう自分の足で立っていられないほどだった。

(だが、しかし――)

その時、新田先生は心の中で強くつぶやいた。
(だが、万物の霊長である人間が、こんなに簡単にまるごと滅びてたまるものか!)

人間というものは、もうどうしようもないと絶望したその瞬間に、不思議とそこから立ち向かう力がわき上がってくるものだ。
新田先生も、今まさにそのことを心の底から実感した。
「いいえ、博士。私は死にません!」

新田先生は、きっぱりと言い放った。
「なんだと。お前は死なぬと言うのか。ほほう、地球が粉々に砕け散っても、自分だけは死なないと言うのか。お前、頭がおかしくなったんじゃないのか?」

逆に蟻田博士から「頭がおかしくなったのではないか」と聞き返されてしまった。
世の中の出来事というものは、本当に面白いものである。
(頭がおかしくなったって?)
新田先生自身も、もしかしたら自分はおかしくなってしまったのかと思った。

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